第227話 王国の異変
王国歴165年3月上旬 午後2時 ユラニア王城 定例会議 大広間にて――
「次は首都長官ルドルフ卿から献策が出されております」
いつものようにルドルフは淡々と献策を述べる。
「今回、我が領土からシュトラントまでの定期船便を出すことによって、荒廃したシュトラントの国土を回復できると考えております。そのため、我が領土に船着き場を建設したいと考えております」
ユラニア王国宰相マザリン卿は低い声でその献策を褒め称える。
「シュトラントの復興はよきこと。ルドルフ卿は正しい見識をお持ちだ」
以前のカミソリのような切れ味の答弁はめっきりと減ってきている上に、自分が気に入らない案件に関しては徹底して反対するようになっていた。ヴェルレ公爵オットーも珍しく賛成する。
「シュトラントには早く復興してもらい、ヴァルデック領およびクリッペン村を陥落させてもらいたいものだ」
「最近、ヴァルデック領およびクリッペン村を『ノイエラント』などと自称している成り上がりどもに早く正義の鉄槌を下すべきだな」
憎々しげに言葉を吐き出した宰相マザリンの言葉に逆らわずルドルフは黙って頭を下げ、献策は了承される。
次はオットーの献策である。
「実は我が王国の魔法兵団副団長が反乱の企てておりました。その証拠がこちらでございます」
閣僚に手渡された書類には反乱の企てをした旨の自白が書かれていた。所々、赤いシミが見えるのは恐らく血であろう。周囲の閣僚は一様に眉をひそめる。
「確かに副団長の筆跡だが、これが証拠と言えるだろうか?」
閣僚の一人が疑問を呈するが、宰相マザリンがそれに異を唱える。
「無謀な企てを後悔しオットー卿に自白書を出したとあれば、これ以上の証拠はありませんな」
閣僚たちは互いに顔を見合わせ、眉をひそめている。これでは、えん罪が作り放題ではないか、という動揺が広がっていた。そんな中、首都防衛を担っているルドルフ卿が防衛力の低下を指摘する。
「先月も魔法兵団副団長に粛正が行われ、今月も同様となれば魔法兵団の力が低下しましょう。それは各国からの侵攻を誘発し、対魔族に対しても攻撃力の低下が避けられません。再度、副団長の取り調べを行ってからでも遅くはないのではありませんか」
残忍な笑みを浮かべながらオットーはそれは不可能だと断じていた。
「副団長はすでに自死されておる」
周囲の閣僚からは非難の声が次々と上がる。先月も同じ事案が起こっており、詳細を調べる前に関係者が無くなってしまっている。公平な裁判とは言いがたい。
それまで黙っていたユラニア王が突如、声を上げる。
「副団長の一族は処刑。その処置についてはオットー卿に一任する」
「はっ」
なぜ詳細を調べないのか不思議でならない閣僚たちだが、王が決断してしまっては誰も口を挟めない。一族は処刑されることになり、処置も前回と同じオットー卿である。そのときルドルフ卿はヤスミンの話したことが突然脳裏に浮かんできた。
(ヴェルレ公爵って魔族の手下なの?)
(考えてみれば最近おかしな事が多い。魔法兵団副団長の相次ぐ処刑。どちらも魔族がらみとなれば冷静な判断ができなくなるのは確かだ。疑えば切りがないが、どうにも気になる)
会議が終わってからも、そのことが頭から離れないルドルフだった。
§
その頃、ヤスミンとフリッツはグライフ領の首都の街並みを楽しんでいた。さすがに首都だけあり人の賑わいが凄い。路上にたくさんのお店が出店しており、市庁舎周辺は休日でもないのに人で溢れていた。ヤスミンはお菓子屋を物色するのに余念がない。
シュニーバルやシュトーレンが店先で売られているのを眺めつつ、喫茶店の一つに入り、コーヒーとメニューの一番上にあるイチジクのドライフルーツを注文する。ヤスミンは窓の外の喧噪を眺めながら、その表情はどこか曇っていた。無言のままのテーブルにウェイターがコーヒーとドライフルーツを音も立てずにおいて立ち去った。
いつもとは違うコーヒーの香りをフリッツは楽しんでいた。ヤスミンはといえば、ドライフルーツをつまんで、口の中にぽいっと放り込む。
「……フリッツ。ノイエラントへ帰ろうよ」
窓の外の喧噪を眺めながらヤスミンは小さくあくびをした。町は喧噪で賑やかなのに何がつまらないのだろう。
「ヤスミン。レオンさんに会いたくなったのか?」
「それもあるけど……何だかつまんない。ルカスさんのりんごや葡萄のドライフルーツの方がもっともっと美味しい。ローレさんのお菓子の方が美味しい」
苦笑いをしたフリッツは、少し薄いコーヒーを啜りながらイチジクに手を伸ばす。カリカリとした食感で固く、ルカスがつくっているものよりも甘くない。
「アルベルトの路上パフォーマンスもない。ノイエラントの道は、いきなりマジックやフリーズパフォーマンスが始まるから歩いているだけで楽しい。ここは本屋もないし、マッサージ店もない。お風呂だってない」
いつもより長文の感想を聞きながら、ウンウンとフリッツも同意のうなずきをする。お菓子以外にも好きなものが増えてきたのだ。ヤスミンの目が輝き、遠くを見つめていた。
「私もそう思いましたよ。ノイエラント産のエールが飲みたいですね。みんなに会って肉のパーティーをしたり、誰かの夢を応援したり……」
そこまで話してフリッツはコーヒーカップをテーブルに置く。
「とりあえず再侵攻の兆候があるかどうかだけは掴んでおきたいんです」
「分かった」
少しずつ雪が舞い散るようになった王国は一層寒さを感じられるようになった。
一刻も早く帰りたい2人だったが、王国には様々な異変が起こりつつあった。




