第226話 アラビアンナイトにはまだ遠い
王国歴165年2月下旬 夕方 グライフ公爵ウルリッヒ卿の城 『冬の広間』にて――
グライフ城でも格式の高い『冬の広間』に招かれたフリッツとヤスミンは、気楽な夕食会だからとドレスコードを気にすることなく会場に入っていった。その瞬間、二人は『気軽』の意味を取り違えていたことに気付く。
白と金を基調とした雪景色を模した会場は、三方の窓から外の景色が楽しめ、吊されたシャンデリアも上品に会場を照らしていた。天井には星空や月を楽しむためであろう円形の窓が6つも設置されており、窓と合わせて開放感を感じさせるつくりとなっている。
会場の真ん中には円形のテーブルが置かれ、そこにパン、チーズ、卵料理、肉、魚介の他、各種のフルーツ、そしてケーキが所狭しと並べられていた。しかも、驚くべき事にルドルフ卿の妻と長男、次男、長女、次女の5人が揃って参加しているのだった。
恐縮しながらフリッツとヤスミンは作法通りの挨拶を済ませる。早速ケーキを食べようとしたヤスミンは、ルドルフ卿の長女のゾフィーと次女のエミリアにつかまり、質問攻めにあってしまう。
「ヤスミンさんは、どちらの国のご出身なのですか?」
「今までどんな冒険をしてきたのですか?」
今まで公女と話したことのないヤスミンは、いつも通りの口調でその質問全てに答えていた。
「ヤスミンさんって面白い~」
「それに可愛い~」
公女も十分に可愛いとヤスミンは思うのだが、周囲から見ればヤスミンはさらに美しく見えるらしい。何と言っても褐色の肌はエキゾチックさを感じさせるし、銀色のさらりとした髪が美しさを引き立てている。
「ヤスミンさん、実はあなたに着ていただきたい服があるのですが」
引っ張られるままに別室に連れて行かれるヤスミンを見ていたルドルフは、苦笑いをしながらフリッツに近寄っていく。
「あまり同い年の子たちと交流がないものですから、申し訳ありません」
帝都の貴族学校には通わせていないのだとルドルフは話す。
「普通の学校に通わせたいのです。多様性によって自分の知らなかった価値を得られるし、成長もしていくと私は信じています。そういえば、フリッツ殿の領土では大学を設立中ではありませんか?」
「どうして、それを?」
「バルバトラス教授がいるなら絶対に設立するだろうと思っていたのです。私もバルバトラス先生から法律を学びました。大学で教授に学んだことは私の生涯の宝物です」
ボーイを呼び赤ワインを受け取ったルドルフは、軽く口に含み香りを楽しむ。
「そういえばルドルフ卿に1つお願いがありまして」
「ほう、何でしょう。私に叶えられることであれば良いのですが」
ルドルフの目から柔らかさが消え、次期当主としての威厳が自然に現れる。フリッツも腹に力を入れて、気圧されないように笑顔をつくる。
「実はノイエラントからグライフ領まで交易の船を走らせたいと思っています」
「ほう、交易……ですか」
面白そうな話にルドルフはフリッツに椅子を勧め、自分も近くの椅子に腰掛ける。
「現在、我が領土の近くからヴァルデック領の国境モーリッツまで交易船を走らせています。ただ、それより北側は馬車に頼ることになり効率が悪くなるのです」
「ふむ」
「そこで、グライフ領側に交易船の船着き場を作らせていただけないでしょうか? その代金はこちらで用意します」
フリッツはまっすぐにルドルフ卿の目を見つめていた。
「確かに交易ができれば互いに足りないものを補うことが出来そうです。ただ、コムニッツ領、シュトラント領に関してはどうするつもりですか?」
「その2つに関しては、ルドルフ卿よりお口添えいただけないかと。交渉への対価も用意します。いかがでしょう?」
ノイエラントと交易を持つことは一種の賭だとルドルフは考えていた。即答できずに、口は閉ざしたままだったが、交易の話自体は悪いことではない。今年はユラニア王国が豊作だったため、他地域に食料を売りに行きたいと思っていたルドルフだった。そのことで農民たちの所得も上がるだろう。
話を聞くと、風向きにもよるがノイエラントからグライフ領首都バウツェンまで9日から12日で到着できるとのことだった。グライフ領からノイエラントへは川の上流に行くこともあり、12日から15日ほどかかる。それでも、今までと比べると二分の一か三分の一の期間で到達できる。
問題は、ユラニア王国がノイエラントへの侵攻を企図していることである。ただ、シュトラント領、エッシェベルク領は現在ノイエラントと停戦しており、船着き場づくりは難しくない。コムニッツ領は、もともと交易を増やしたいと常々グライフ領に申し入れているほどであり可能性はある。
「まず船着き場を建設してもらえませんか? そのあと根回しを進めます。すぐには無理ですね」
やや後ろ向きな回答にフリッツは1つの案を示す。
「ノイエラントではなくシュトラントと交易を進めたい、というのはどうですか?」
よほどの監視体制を敷かれなければノイエラントから来ているとは分からない。しばらくはヴァルデック領で積み替えをしてもいいだろう。
「なかなかですねえ」
フリッツの悪巧みを褒め、ルドルフもニヤリと笑う。
「グライフ領はシュトラント領やエッシェベルク領との交易を進めるために、船着き場を建設したいと上奏しよう。もちろん戦で傷ついた領土の回復という名目をつけて」
ルドルフの案を聞きフリッツは頭を下げる。顔を上げるとルドルフが赤ワインを勧めていたため、それを受け取りカチンとワイングラスをぶつける。豊穣な赤ワインの香りが喉を通っていく。
ちょうどそこにヤスミンが戻ってくると、会場が大きなどよめきに包まれた。周りがざわめいたのも無理は無く、彼女は千一夜物語に出てきそうなサーシャーン王国の姫君といった格好になっていた。サーシャーン王国とはユラニア王国の東に位置する大国である。細々と交易はあるものの、国交はどの国ともほとんど結んでいないのが現状であった。
「ヤ、ヤスミン……」
見慣れているフリッツまで言葉に詰まってしまう。上から下までエメラルドグリーンで統一された衣装で、フェイスベールには宝石が散りばめられている。肩とお腹が大きく出た上着と、コインやフリンジがついたヒップスカーフが腰に揺れてシャランシャランと音を立てる。
下はハーレムパンツという上が広がり裾がしまったパンツで異国感が半端ない。けれども、その全てがヤスミンにはぴったりと似合っていた。
「おお~」
歩く度に感嘆の声が食事会場に響き渡る。当のヤスミンは恥ずかしさを我慢しながらフリッツの側まで歩いてくる。
「フリッツ……どうだろう?」
「……お姫様みたいに見えるよ」
「そうか」
サーシャーン王国の姫君だと紹介されてもおかしくない容姿と、みんなの注目を集めてしまう胸。巨乳とまではいかないけれども十分に破壊力のある胸をヤスミンは持ち合わせていた。会場の紳士たちはその胸から目を離せない。
「ねえ、兄様。ヤスミンさんって素敵じゃない?」
長男ユリウス、次男カールは口を開けて見とれてしまい、ヤスミンから目が離せない。当のヤスミンはケーキを置いてあるテーブルに歩いて行くと、遅れたとばかりにケーキを食し始める。フェイスベールを外して、まさに一心不乱に食べ続ける。
「これはシュトーレン? 乾燥フルーツが美味しい!」
口の周りをクリームだらけにしてしまうヤスミンは、王国の姫様には、なれそうもないのだった。




