第225話 王国のウルリッヒ卿
王国歴165年2月下旬 夕方 グライフ公爵の城 応接の間にて――
ユラニア風の大きな椅子にグライフ公爵ウルリッヒは背を伸ばして座っていた。金細工が施された豪奢な椅子は権力の大きさを示し、その傍らには長男であるルドルフが屹立していた。どちらの表情もかなり険しい。
頭を下げて跪いているノイエラントのフリッツだが顔には非難の表情が浮かんでいる。レーエンスベルク辺境伯、シュトラント伯爵、エッシェベルク子爵の三つの侵攻を黙認しているユラニア王国は、まともな統治能力を有しているとは思えない。
「フリッツ卿、言いたいことは分かる」
苦り切った顔でウルリッヒが答える。
「だいたい、兄が弟を攻めるなど好ましいことではない。もともと、シュトラント伯爵はレオンシュタイン殿の領地を攻めることに乗り気ではなかった。王国が討伐を黙認した理由は旧アルプレヒト公爵との因縁といってもよい」
ノイエラントでマーニが話した王国の事件について、ウルリッヒ卿が語り始める。
昔、アルプレヒト公爵が魔族と繋がっていたとされる疑惑と、それによる一族の断絶、ティアナがその一族の生き残りであることが順を追って説明される。今、王国で権勢を振るっているヴェルレ公爵オットーがその疑惑追求の急先鋒だった。
「しかし、父上。ヴェルレ公爵の言い分は当時から疑問視されていました。アルプレヒト公爵は魔族とのつながりを疑われましたが、証拠として上げられたのは怪しい手紙と自白のみ」
「その通りだ。ただ、あの頃は魔族に対する恐怖が理性を上回っていたのだ。多くの貴族が魔族を撃退したアルプレヒト公爵に頼もしさを感じた反面、王国での発言力が高まるのを警戒したのだろう。そのため公爵に魔族と繋がっている疑惑ありという情報に飛びついてしまった……のだ」
ウルリッヒ卿は目を瞑り、深い溜息をつく。
「しかし魔族を撃退したアルプレヒト公爵を排除しては、魔族を防げないのではないですか?」
「その通りだ。だが当時は魔族の脅威が取り除かれ、自分たちの政敵が取り除かれたことで、その心配をする者がいなかったのだ」
その言い分に怒りを覚えたフリッツだったが、ずっと頭を下げたまま控えていた。従者として脇に控えていたヤスミンも悲しさを隠せない。話が途切れたのを見計らい、フリッツは侵攻の件について確認する。
「ウルリッヒ卿、ユラニア王国は3貴族にノイエラントへの侵攻を命じたのですか」
しばらく目を瞑ったまま、ウルリッヒは間を置く。
「……そうだ」
その場の雰囲気が凍り付きフリッツは黙ってはいられなかった。
「王国に何の敵対もしておらず隠し事もしていない我が領土に、何の罪状がついたのですか? 王国に因縁のあるティアナさんがいたことですか? それとも魔族とつながりのある手紙でも出たのですか?」
「フリッツ卿。魔族とつながりのあったアルプレヒト公爵の一族であるティアナを捕縛すべきという論調が支配的だったのだ。ヴェルレ公爵からの提案を宰相が後押しし、王もそれを是としてしまった。反対する貴族が多かったにも関わらずな」
フリッツは最早、言葉の棘を隠すことができなかった。妻を殺した昔ながらの上級貴族の横暴が平然とまかり通っていた。
「疑惑で攻められては堪ったものではありませんな」
「貴様! 公爵に無礼であろう!!」
ウルリッヒの従者がフリッツの言葉を咎める。
「無礼? 何が無礼か!! 我が領土は疑惑などという恣意的な理由で攻められ、83名もの犠牲者を出しているのですぞ! 人の命を何だと心得る!」
ビシリと叩くようなフリッツの言葉の強さに従者は何も反論できず、ただ口を開け閉めするだけだった。
「フリッツ卿、従者を責めないでやってくれ。犠牲者には儂が詫びる。本当に申し訳なかった」
ウルリッヒの態度にフリッツは驚きと感動を覚え、すぐに怒りを収めて頭を下げる。
「ヴェルレ公爵がアルプレヒト公爵の次男の妻マグダレーナに執着していたのは事実だ。そのマグダレーナに勝るとも劣らない美貌のティアナ殿を手に入れたいと考えても、おかしくはない」
「父上、それだけでしょうか?」
「何を言いたい、ルドルフ?」
聡明な眼差しで父ウルリッヒとフリッツを見つめたルドルフは、ゆっくりと話を切り出した。
「私が首都長官に就任したとき、アルプレヒト公爵の事件について、同様のことが起きてはいけないと事件を詳細に調べました。報告書には、マグダレーナは絶世の美女だった上に魔力が比類ないほど高かったとありました。みな、目立つ美貌に着目するのですが、魔力についての言及はほとんどありませんでした」
ふむという表情でウルリッヒ卿は頷くが、その後の展開は予想もつかない。話していいものか戸惑いつつ、ルドルフは自分の推測を述べ始めた。
「ヴェルレ公爵がマグダレーナを手に入れたかったのは、その魔力に着目したからではないかと。魔法軍の一員として取り入れれば対魔族戦でも活躍できるはずです。それともう一つは、……魔族との取引に使うためではないか、と」
後半は信じられないくらいの陰謀だった。すると、後ろに控えていたヤスミンが疑問を口にしてしまう。
「ヴェルレ公爵って魔族の手下なの?」
「何を馬鹿な……。馬鹿……。……いや、まさか」
ルドルフの目が光る。確かにそう考えれば辻褄が合う。けれども、それは恐ろしすぎる想像に他ならず、ルドルフは表情を和らげいつもの優しげな相貌になる。
「これも、やはり証拠がありません。事実を明らかにするために私の部下を情報収集に当てましょう」
ルドルフはフリッツにそう確約した。かなりの好意である。
「無礼をお許しください。ウルリッヒ卿。また、ルドルフさまの寛容にも心から感謝申し上げます」
ウルリッヒは笑顔でフリッツに答礼する。
「フリッツ卿はクールな外交官というイメージだったが、どうして、どうして、熱い思いをもっているのだな」
「……恥ずかしいことです」
「いや、何かを愛するものは、その反対を憎むものだ。フリッツ卿は領民を愛しているのだろう。それは誇るべき事であって、恥ずかしがることではない。ただ、次からはその気持ちを隠した方がよいだろう。怒りは相手につけ込まれる隙を与えてしまうからな」
さすがに王国の知性であるウルリッヒには、懐の深さでも敵わないと思い知らされるフリッツだった。
「さあ、では一緒に夕食をいかがかな。そちらの素敵なお嬢さんも一緒に」
ウルリッヒは優しくヤスミンを手招きする。
「美味しいケーキはある?」
ヤスミンは全く遠慮せずにウルリッヒに聞いてしまう。従者は苦い表情になるがウルリッヒはますます笑顔になる。
「もちろん。我が領内で最高のものを用意しましたよ」
ウルリッヒほどの人物になると気軽に話しかける人が減ってくるのだろう。むしろヤスミンの遠慮のなさが好ましく思われるウルリッヒだった。




