第224話 100の願い
2日後の朝6時、レオンシュタインの小屋の前で2人の女性が叫んでいた。一人はシスター長、もう一人はミリアだった。
「レオン! 起きなさい!」
ミリアの声を聞くとレオンシュタインはノコノコとベッドから降りて、階段を下りドアを開ける。
「お、おはよう。ミリア。……早いね。シスター長まで」
あくびをしながらレオンは答える。でも、ミリアが会いに来てくれたことは嬉しい。残された日数は4日なのだから。
「何が『早いね』よ。2日間、朝の6時から夕方6時まで、私に生きろって叫び続けた人が何言うの。私、早起きの習慣ができちゃったよ」
そう言うと、ミリアは持っていたバックの中から1枚の紙を取りだし、レオンシュタインに突きつける。
「レオン。私、死ぬまでにやりたい100のことを紙に書いてきた。貴方が言ったんだからね。遠慮しないわよ」
ミリアの目は赤かったが顔には少し笑顔が浮かんでいた。
「ミリア、ありがとう。でも、お手柔らかに」
シスター長は、そっと手で涙を拭く。ミリアが笑顔を思い出したことが嬉しいのだ。ミリアはレオンシュタインに「その1 空を飛んでみたい!」という願いを話す。レオンシュタインはミリアを連れて、すぐにワイバーンの飼育場に行く。早朝だったけれども泊まり込んでいるグスタフに事情を話し、すぐにヒメルの準備に取りかかる。
ヤスミンが運転手となり後ろにミリアを乗せると、ヒメルはあっという間に空に舞い上がる。恐怖でヤスミンにしがみついたミリアは眼下に広がる街の景色に目を見張った。遠くには山々が連なり、その向こうには果てしない青空が広がっている。
「凄い……。綺麗だね……」
その言葉はヤスミンには届かない。冬の青空の中、姫ワイバーンは大きく翼を広げ、クリッペン地区の上空を何度も旋回する。教会の屋根や山の上を飛び越して、あっという間に飼育場に戻ってくる。
「空を飛ぶって、空から地面を眺めるって、こんなに素晴らしいんだ。メチャクチャ嬉しい!」
「私も空を飛ぶのは好き」
「ヤスミンさんもそうなの?」
「そう。毎回感動してる」
ミリアは満面の笑みになる。ヤスミンから地面に降ろしてもらうと、すぐにレオンシュタインの側に走り寄る。
「レオン、すぐに2つ目いくわよ。大きなステーキが食べた~い!」
ルカスに伝令が走ると、ルカスはいつものように急ぐことなく、えっちらおっちら牛肉の塊を持って現れた。そして、みんなが集まっていたローレの店の厨房に肉をどかんと置く。
「こいつが食べ頃だ! 絶対に美味いぞ!」
直径40cmくらいの半円状の赤い塊肉は、見るからに食欲をそそる。すぐにルカス直々に、ナイフで食べやすい大きさに切り分け、鉄板に肉を置く。ジュージューという音とともに、牛肉の質の良い油の匂いが室内に充満する。
ミリアはそれを目を輝かせて、じっと見ている。ルカスはその大きなステーキの塊を、ミリアの前にどかんと差し出した。
「本当に大きい!!」
おっかなびっくりナイフとフォークで肉を一口大に切り分ける。口の中に入れると肉が一瞬で溶ける!!
「美味しすぎるう!!」
満面の笑みになり、周りにいるレオンシュタインたちも大笑いになる。ミリアにすすめられて、周りにいた人たちもご相伴にあずかる。確かに、今まで味わったことのないような美味しい牛肉だった。
「ご馳走さま~!」
次の日も、そのまた次の日も、レオンシュタインはミリアのやってみたいことを聞いていった。釣りをしたい、木を切りたい、大金貨に触りたいなど、願いは多岐にわたっていたが、その全てをレオンシュタインは叶えようとする。
(なんで自分はこんなにムキになってるんだろ?)
レオンシュタイン自身、不思議だった。でも自分の中の何かが、それをすべきだと叫ぶのだった。
夕方、ミリアは最後の願いをレオンシュタインに伝える。それは紙には書いていなかった。
「私の最後の願いは、……結婚式を挙げたいの。レオン。夫役をお願いできないかな」
「えええ!」
「無理……かな」
ミリアは無理に笑おうとしたが上手くいかない。
「いや、自分でいいの? 僕、その……」
「ね、レオン。貴方が私に教えてくれたんだよ。イケメンもいいけど、そうじゃない男の人にも素敵なところがいっぱいあるって。自信持ちなよ。こんな若くて可愛い子と結婚できるんだよ。ラッキーじゃない!」
「ま、まあ。その……」
肘でレオンシュタインの腹を突く。
「わ、分かった」
すぐにシャルロッティの店に依頼がとぶ。
「なんやて、明日結婚式? そりゃあ、おもろいな。今あるドレスとタキシードを手直ししよか。さあ、みんな。今夜は徹夜や! 忙しうなるでえ!」
シャルロッティの店はすぐに臨時休業に入り、ドレスの仕立て直しに全力で取り組み始めた。
教会にはレオンシュタインが直々に出向き、アンドレア神父に司式の依頼をする。もちろん、アンドレア神父は新婦の悲しい運命を理解していた。
「神も許してくださると思うのです。ただし誓いの言葉で嘘はダメです」
アンドレア神父はレオンシュタインに釘を刺す。その言葉に悩むレオンシュタインを見て、アンドレア神父は笑顔で助言をした。
「レオン殿。彼女の心を救いたいという気持ち、誠に尊いものだと思います。ですから彼女を本気で救うのであれば嘘はいけません」
夜を徹して、教会に赤いバージンロードの絨毯が敷かれ、会場中に花が飾り付けられる。
温泉を利用した温室栽培が成功しノイエラントでは1年中、花を購入することができる。花火の発注も済み、残るは衣装だけになった。
既に夜の11時を過ぎ、ミリアとレオンシュタインはシャルロッティの店で衣装合わせに忙しい。レオンシュタインの着付けを担当しているシャルロッティは、腹を叩きながらの調整に取り組んでいた。
「レオンはん、あんた最近、また太ってきてるで。以前のシュッとした体型はどうなったんかいな?」
頭をかくレオンシュタインだった。また、ミリアの着付けもお弟子さんの手によって行われる。ミリアの希望で薄いブルーが選択される。
「ブルーって幸せの色だっていうから」
そのミリアの言葉に、ついてきたシスター長は部屋の奥に隠れて泣くのを必死にこらえていた。
ドレスのサイズが決まると、ミリアはほっとしたように椅子に座り込んでしまった。隠そうとしているけれども体調は悪く、こっそり吐いているのをレオンシュタインは何度も見ていた。
「ミリア。もう眠ろうか」
「ん、そうする」
ミリアは素直に頷くとシスター長に支えられてシャルロッティの店を出て行こうとする。
「レオン! 遅刻しないでよ!」
「そっちこそな!」
指さしたミリアが出て行くのと同時にシャルロッティの弟子たちはあまりにも悲しい運命に、嗚咽を止めることができないのだった。
§
ついに結婚式当日がやってきた。
レオンシュタインが迎えに行くと、ミリアは既にブルーのドレスを身に纏っていた。儚げな表情で頬を紅く染めている。
「レオン、何か言ってよ!」
「うん、すごく綺麗だ!」
「ま、月並みだけど嬉しいよ」
「結構、勇気出して言ったんだけどな」
そう言って二人は腕を組んで教会に移動する。どこからどう見ても、幸せそうな新郎新婦にしか見えない。周りを見渡すと、招待客や祝福したい人が教会に入りきらないくらい溢れていた。
「あは。こんなに暇人がいるんだね」
「ミリア、失礼だぞ!」
「ごめんごめん。でも、結婚式ってこんなに華やかなんだね」
周囲に飾られた花を見ながら、二人はゆっくりとバージンロードを歩き始めた。ミリアの顔色は徐々に悪くなるのをレオンシュタインは感じたけれども歩みは止めなかった。
教会の祭壇までゆっくりと進む。
そこには、いつもの笑顔を見せるアンドレア神父が待っていた。祭壇には二人の指輪が小箱の中にそっと並べられていた。
「それでは、誓いを交わして婚姻の証とします」
アンドレアは冒頭の説教を全てとばしてしまった。もう時間がないと見てとったのだ。
「ノイエラント当主レオンシュタイン・フォン・ヴァルデックよ。なんじは、隣に控えるミリアを生涯、愛し続けると誓うか」
「誓います」
一瞬、ティアナの顔が曇る。願いを叶えるためとはいえ、その言葉は辛い。
「それでは、ミリア。そなたはレオンシュタインと結婚し夫と迎え、病める時も健康な時も、豊かな時も貧しくつらい時も、どんな時でも変わらず命の続く限りずっと、愛し、尊敬し、貞操を守り続けることを誓いますか?」
「誓います」
周囲の人たちはみな下を向き、涙を隠す。神が二人を分かつ瞬間がもう、そこまで迫っていた。
「それでは、近いのキスを」
レオンシュタインはミリアのベールを取ると、躊躇せずにキスをする。その瞬間、ミリアの魔物の指輪が溶けるように消えたことをアリカタは見逃さなかった。ミリアの顔が輝き、心からの笑顔になりレオンシュタインに顔を寄せる。
「レオン、ありがとう。でも……ここまでみたい」
「待って! ミリア!」
「みなさん、本当にありがとう!! わたし、本当に嬉しかった~」
「もう少し……、もう少し……。ほら、ブーケトスだってあるし!」
ミリアは少し困ったような顔をすると、アリカタの方を振り向き目で促す。
「アリカタ! まだだ! 止めろ!!」
レオンシュタインが叫ぶ中、ミリアは両手で祈る仕草になり、膝を折る。もう、立っていられない。
「ओं अ मोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं(不空なる御方よ、大日如来よ 偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ蓮華よ、光明を放ち給え)」
アリカタは無表情のまま光明真言を、ゆっくりと唱え始めた。せめて苦しみが無いように一心に祈る。
ミリアは一瞬笑うと、すぐに、ことりと首を垂れた。
そして、二度と目を開かなかった。




