第223話 指輪の少女
王国歴165年2月24日 夜 ノイエラント境界 ナレ砦にて――
魔族に勝利したアリカタと10人のサムライは勇躍して屋外のノイエラント軍に報告に行く。魔族の討伐を祝した後、イルマはナレ砦の接収に取りかかる。ノイエラント軍は次々と砦の中に入り、階段、廊下、休息の部屋など、怪しいものが置かれていないか徹底的に調べていく。
1階を調査していたイルマは特に怪しいものを見つけられなかった。ただ、奥の詰め所に一人の少女が倒れているのを発見する。その傍らにはアリカタが身じろぎもせずに立っていた。
「アリカタさん、その人は?」
「魔族に捕えられていた人だろうな。左手に指輪をしてるのが気になる」
少女に近寄ったイルマは口に耳を近づけ、息があることを確認する。すぐに部下に船へ運ぶよう命令を下す。
砦にはグラビッツを司令官とした第2中隊50名が残ることになった。ナレ砦で捕らた兵士は馬車でノイエラントに運ばれていく。撤収を宣言したイルマは船を使って帰ることになった。
「何だか後味が悪い戦いだったな。お前たち!」
「隊長、犠牲者がいないんですから最高じゃないですか」
冷静な副官にイルマはニヤリと口角を上げる。
「言うようになったな。コンラート」
コンラートと肩を組み、労いの言葉をかける。コンラートは隊長の顔が近いことに動揺を隠せない。
「た、隊長。距離が近いです。もう少し離れてもらわないと」
「隊長。コンラートは疲れたようです。どうか私の肩を使ってください!」
「私は肩と言わず、背中も貸しますぜ!」
寄ってくる部下にデコピンをくらわせつつ、イルマは川下を眺める。
「魔族相手じゃ、犠牲が多くなりそうだな……」
言いしれぬ不安を隠すイルマだった。
§
砦を出て2日後に少女が船の中で目を覚ました。自分の身に何が起こったのか分からず戸惑ったまま、辺りを見回していた。近くで身体を横たえていたイルマがむくりと身体を起こす。
「私はイルマだ。あなたは?」
「ん。私はミリア」
自己紹介をすませ、イルマが優しく聞き出したところによれば、シュトラント領からクリッペン地区へ働き口を求めてやってきたのだと話してくれた。
「シュトラントは貴族もそうだけど盗賊も酷いもんだよ」
治安の悪化を怒りながら教えてくれるのだった。やがてクリッペン地区(元クリッペン村)の船着き場につくと、イルマとアリカタはすぐにミリアを教会へ連れていった。アンドレア神父の教会は最近完成したばかりで、煉瓦が白いところに特徴のある白亜の教会だ。50m四方の教会は尖塔が1つだけで、茶色い屋根で覆われた礼拝堂が繋がっている。
教会に入ったアリカタはアンドレア神父から聖水を分けてもらい、ミリアの手に数滴かける。すぐにミリアの手から白い煙が上がる。
「……ね、すっごく痛い! それ何なの?」
アリカタはそれには答えず、シスター長を呼び耳元で何事かをささやいた。シスター長は一瞬驚いた様子を見せるが、すぐにいつものように笑顔になり少女を別室に案内した。
「さあ、身体の具合をみましょうね」
シスター長に促され、少女はベッドにゆっくりと横たわり目を瞑る。
「ところで、お嬢さんのお名前は?」
「ミリアっていいます」
「可愛い名前ね」
シスター長はミリアの身体を詳細に調べると一瞬だけ顔を曇らせる。けれども、すぐに明るい声でミリアに終わったことを告げる。シスター長はすぐにレオンシュタインとアリカタにその結果を伝えていた。ミリアは気を取り直して、その場にいる人たちに笑顔で挨拶をする。
「ここってノイエラントなんですか? 私、いつの間に来たんだろ?」
ノイエラントだとレオンシュタインが答えるとミリアは働きたいことを元気よく伝えていた。
「私、何でもやるよ。とにかく、お金を稼いで弟や妹たちに送らなきゃね!」
やる気に溢れた瞳を悲しげに見つめながらレオンシュタインは「それはできないよ」とミリアに伝えていた。
「えっ? 何で? 私、身体は丈夫な方だよ」
しばらく部屋を沈黙が支配し、誰も何も言うことができない。
やがて、アリカタが重い口を開く。
「きみが魔族の子を身ごもっているからだ」
ミリアは何を言っているのか分からないといった風に、首を振ってアリカタを見つめた。
「私、魔族なんかと……そんなことしないよ」
「その指輪は、どうした?」
アリカタは無表情のまま、ミリアの指輪を指差す。
「かっこいいイケメンから、この指輪は君に似合うとか言われて薬指につけてもらったの」
ミリアは笑顔でその指輪を見つめる。
「恐らくその後だろう。まず、落ち着いて聞いてくれ。さっき、シスターに君の身体を調べてもらったんだ。……妊娠している」
「は?」
「魔族で間違いない。鼓動が違いすぎるそうだ。魔物であれば10日前後で生まれてくる。今日で3日目。あと7日だ」
「……わたし死ぬの? 私、この前、16歳になったばかりなんだよ? なんで?」
涙が溢れ、頭を振りながらミリアは泣き叫んでいた。シスター長は、ゆっくりと落ち着けるようにハーブの袋を差し出すがミリアの興奮は収まらない。
「どうにもならないの?」
「ならない」
相変わらず冷静な口調のままアリカタは答える。周りの様子を見て、ミリアはようやく夢ではなくこれが現実であることを理解する。顔に絶望の表情が浮かぶ。シスター長は魔法を唱えるとミリアは泣きながら眠ってしまった。
誰にも、どうにもできない事実が、みんなの気持ちを重くしていた。ミリアのことをシスター長に任すと一行はその場を去り、レオンシュタインの丸太小屋へと移動する。けれども、その日は気持ちが重く、それぞれ仕事が捗らないのだった。
§
次の朝、教会から連絡があり、レオンシュタイン、シノ、レネ、ティアナは走って教会まで行き、急いで教会のドアを開ける。教会の窓がいくつも壊されており、今また1つの窓に木の棒が投げつけられる。ガラスの壊れる音が静かな教会に響き渡る。
「やめなさい!」
「うるさい! あんたに私の気持ちなんてわかるわけない!」
そういいながら、また近くのガラス窓にコップを投げつけようとする。レオンシュタインは側に寄ってミリアの腕を押さえる。
「止めようね」
穏やかな声を聞き、ミリアは手からコップを落とし涙を流す。
「どうぜ助からないなら……ひと思いに殺してよ」
「でも、今は生きている。……残された日々を大切にして欲しいんだ」
レオンシュタインの真剣な表情をミリアは鼻で笑う。目に憎しみと悲しみが渦巻いていた。
「かっこいいこと言ってんじゃないわよ! 私はあと6日で死ぬの。だったら……」
そう言うと壊したテーブルの横に落ちていたナイフで、自分の喉を突こうとする。その瞬間、レオンシュタインはナイフの刃を右手で掴んでいた。
「レオン!」
ティアナが叫ぶが、レオンシュタインは意に介さない。右手から鮮血がほとばしるがナイフをぎゅっと握って離さなかった。
「ど、どうして?」
ミリアがナイフから手を離したためレオンシュタインもナイフから手を離す。真っ赤な血が床にぽとりぽとりと落ちていく。すぐにシスターがやってきてレオンシュタインの手を治療を始める。
「あと6日を泣いて暮らすか、笑って暮らすかは君次第なんだ。……格好つけてごめん。でも、ぼくは君に笑っていてほしいんだ」
レオンシュタインは今にも泣きそうな表情になる。少しでもこの少女に生きていてほしい。
「ミリア! 君が死ぬまでにやりたいことを100個、見つけてくれないか! ぼくはそれを全力でかなえる。約束する!」
そのあまりの語気の強さにミリアは圧倒される。でも、感情が納得することを許さない。
「うるさい! 出てけ!!」
結局、その日もミリアはシスターに魔法で眠らされるのだった。




