第219話 襲撃
王国歴165年2月15日 朝 シキシマ国 ヤマトの宿屋にて――
ようやくティアナの熱が下がり一人で歩けるようになってきた。廊下を歩きながら中庭を眺めたり、食堂に行ってお粥を出してもらったりと自由に過ごしていた。それはいいのだが一人で外出しようとするため、フォルカーは止めるのに一苦労だ。
「何で? いいでしょ。少しくらい」
ティアナは久しぶりのヤマトの街並を楽しみたいのにフォルカーは頑として譲らない。身体を張って外出を止めようと立ちふさがる。
「ティアナさん。熱が下がったばかりッスよ。無茶言わんでください!」
フォルカーの困った顔を見るとティアナも出かけたいとは言えなくなってしまう。結局、宿の中を隅々まで見て回ることで好奇心を満足させるティアナなのだった。
ティアナの体調が改善してきたため、フォルカーは一刻も早くノイエラントに戻ろうと考えていた。
(魔族は倒したけど、あの目玉が気になるッス。ノイエラントの方が安全だし王国の出方も気になる)
そもそもティアナを手に入れたいのは王国という認識でいいのか判断がつかない。ティアナに宿から出ないように厳命し、フォルカーはカゲツナの館に向かう。カゲツナの屋敷には魔族に対抗する武器や道具が備えられている。ヤマトの行政長官ともなると対応すべき事が多岐にわたっているのだ。
フォルカーは数日前からカゲツナと打ち合わせをし、封魔香を買い付けられる分を買い付け、魔族に対抗できるものは何でも購入していた。副宰相として、ある程度のお金は自由に使えるフォルカーだった。
今日は今まで案内されていなかった倉庫の奥に案内される。倉庫の壁に一際目立つ朱色の矢が掛けてあり破魔矢だと説明を受ける。魔族の擬態を暴き、大きなダメージを与えることができるそうで数多く購入する。
もう1つ、フォルカーが購入したものは封魔の指輪だった。火を使わなくても付けているだけで封魔香の効果を発揮するらしい。
「効果は約1ヶ月。一度付けたら効果が切れるまで指から取れないです」
大金貨1枚(約1000万円)が相場だとカゲツナはフォルカーに説明する。顎に手をやったフォルカーは、しばらく熟考した後、購入することに決める。
(これにはその価値がある。独断と言われようが購入ッス!)
後払いを約束し1つだけ手に入れる。
必要なものを買い付けて戻ると、ティアナは元気を持て余して今にも街へ出かけそうな雰囲気になっていた。
「フォルカーさん、今日こそ街でマッサージを受けるからね!」
「無茶言わんでくださいッス……」
「ええ? 本当?」
「本当ですから、さあ、早く引っ込んでください」
「はあい」
フォルカーは溜息をつきつつ、明日出発することをティアナに宣言する。ティアナの喜ぶ様子を横目に見ながら、出発の準備をカゲツナに報告に行くフォルカーだった。
翌朝、フォルカーはカゲツナとともにティアナが乗車する馬車と武器・食料等の準備に余念がない。2月中旬の風は冷たく、青空から冷気が降ってくるかのようだ。ノイエラントはシキシマよりも南側で海にも面しているため、時折、暖かい風が吹いている頃だろう。
馬車の周りには屈強のシキシマのサムライ10名が待機しており、ノイエラントまで護衛してくれることになった。サムライは弓を持ち、破魔矢も常備しているとのことでフォルカーはとても心強く感じる。
(心配しすぎか?)
そう思うフォルカーだったが首を振ってそれを否定する。ティアナを巡ってレーエンスベルク伯爵領など3つの国と戦争があり、その後、魔族の襲撃もあったのだ。用心に越したことはないとティアナに封魔香を持たせ、村に着くまで焚いていくことを決意するフォルカーだった。
§
ヤマトからノイエラントまで馬車で4日の肯定だ。寒さはますます厳しくなっていたが晴れや曇りの日が続き、3日間は穏やかに進むことができた。ティアナも熱がぶり返すこともなく元気に食事を平らげている。
4日目の朝は空は青く、寒さも和らいで何事もなく馬車は進んでいった。少しずつ海の匂いを感じられるようになり、ノイエラントに向かう商隊も合流し始め、道は大層賑わっていた。
「フォルカーさま、もう香は必要ないのではありませんか?」
サムライの一人が笑顔で話しかけてくる。確かに周囲の様子を見て安心したくなる気持ちも分かる。けれどもフォルカーは警戒を続けさせていた。
(俺が敵だったら、気が緩むこの日とこの場所を選ぶッス)
そこにナレ砦の交代兵が6名、後ろから追いついてきた。
「フォルカーさま。私たちも同行します」
警護が増えたことでほっとするフォルカーだったが、砦の兵士はそのまま馬車の方へ移動していく。
「フォルカーさま、ティアナさまがいるのはこの馬車ですか? 一言、ご挨拶させてください」
2人の兵士が馬車の幌を開けようとした瞬間、その背中に矢が突き刺さり呻き声が谷に響く。弓を放ったのはフォルカーだった。
「どうして、《《ティアナさま》》がここにいるって分かったッスか? 敵襲!! 馬車を守りながら応戦ッス!! 馬車に近づく者が敵ッスよ!!」
抜刀したサムライは砦の兵士と交戦を始める。交代兵は生気の無い目をしながら驚異的な力で刀を振り回してくる。
(こいつら! 操られてるッス。ということは)
敵に弓矢を放ちながらフォルカーは周囲を警戒する。兵士は既に残り2名となり、その2名はナレ砦方面へ逃走し始める。逃げる二人を倒そうとサムライは追っていくが、フォルカーは大声ですぐに馬車に戻るよう命令する。
が、一瞬できた隙をぬって、馬車の上に大きな物体が落ちてきた。
鳥のような羽のついた、高さ2mほどのトカゲ人間だ。
「ま、魔族!」
サムライが怯む中、魔物は馬車の幌を手で切り裂き、幌の部分を破壊してしまう。そうして中に横たわっている人を掴み上げる。
「ツカマエタZOoooooo」
その瞬間、魔族の胸に弓矢が深々と突き刺さり、同時に火矢が馬車に射かけられる。魔族は動じず、捕らえたティアナを確認しようと顔を見て驚愕する。
「ニ、ニンギョウ……」
次の瞬間、馬車の中の火薬に火がつき大爆発が起こった。谷に大きな爆発音が轟き渡り、魔族は大きな火球に包まれていた。
「GUAAAAAAhhhhhhh……」
燃え盛る馬車から動けない魔族は全身に焼け焦げをつくり、皮膚の鱗もたくさん剥がれていた。立ち上る炎と大きな煙で見えにくいが、魔族はその場によろよろと立ち上がっているように見える。ようやく煙が収まると、サムライブレードを手に持ったフォルカーが魔族を冷たい眼差しで見つめていた。
「ダ、ダマシタ、ナAAAAhhhh」
「騙されるほうが悪いッス」
そう話しながらフォルカーは銀のサムライブレードを構え、魔族の頭から胸にかけて振り下ろす。ぐちゃっという音とともに魔族の身体が大きく切り裂かれ、切り口からは煙が立ち上り、銀の武器のダメージが入っていることが分かる。
「今ッス!」
ドツドツという音と共に10本の破魔矢が魔族の身体に突き刺さる。動きが小さくなった魔族をフォルカーが更に切り払い、魔族はようやく地面に倒れ込んだ。
「第2射! 放て!」
倒れた魔族に、さらに破魔矢が突き刺さり、ハリネズミのようになる。最後に聖水の入ったビンをフォルカーが叩きつけて聖水がかけられると、魔族の身体から煙が立ち上り身体全体がカサカサになる。
ようやく魔族は動きを止めるのだった。
「馬鹿が! ティアナさんはシキシマに逗留中だ! 騙されたな」
大音声でフォルカーが勝ち誇って宣言し、谷間にその声が響いていく。
「さあ、ノイエラントに戻るッス」
その瞬間、後ろの小さな荷車からティアナがぴょこんと顔を出す。
「フォルカーさん、凄いねえ。サムライの皆さんもありがとう!!」
「ああ~ダメッスよ~、顔出しちゃ! 秘密だったのに」
フォルカー渾身の演技が台無しになってしまう。まだ、仲間がいないとも限らないのだ。小さく舌を出したティアナは可愛らしく微笑んでいた。
「だって、命をかけて守ってくれた人にお礼を言わないのはダメだって思って……」
サムライやフォルカーたちの表情が緩み、ようやく魔族との戦闘が終わったことを実感できた。
「村に着いてから、お礼をしてもらうッス。さ、隠れて!」
「はあい」
ティアナを隠しながらフォルカーは砦を睨み付ける。砦は通行できているようだが、どのような罠があるか分からない。
(敵に占領されている可能性もあるッス。ここはすぐに撤退ッス!)
早急に怪我人の治療を済ませ、見張りとしてサムライを4名をその場に残すと、急いでその場を離れるフォルカー一行だった。




