第218話 それが理由ッスよ
王国歴165年2月21日 ノイエラント レオンシュタインの小屋にて――
「ティ、ティアは?」
嫌な予感を感じていたレオンシュタインは派遣隊に真っ先に尋ねていた。
「ティアナさんは熱が出たので、シキシマで療養させています。フォルカーさんとサムライが常駐していますので安心してください」
ハルトマンが報告しグラビッツも頷いたため、レオンシュタインは安堵の溜息をつく。すると、その後ろに魁偉な坊主頭の男が控えていることに気付いた。
「私はアリカタと申す呪禁師です。お初にお目にかかります。レオンシュタインさま」
異様な圧迫感を出すアリカタに全く臆する様子もなく、レオンシュタインは笑顔で握手に応じる。その自然体な態度にアリカタは逆に圧倒されていた。年若いのに、どれだけ悲しい思いを乗り越えてきたのかと、アリカタは想像を巡らせる。
まずは旅行の疲れを癒やすべく、レオンシュタインは一行を温泉と宿泊場所へ案内する。
次の日から、アリカタから魔族についての詳細なレクチャーを受けるノイエラントの面々だった。
§
王国歴195年2月中旬 夜 シキシマ国 ヤマトの宿屋にて――
あの魔族の『目』がずっと自分を見続けている気がすると、宿屋の2階でティアナはうなされ続けていた。熱はなかなか下がらず、フォルカーは心配でたまらない。翌朝は、ようやく熱が下がってきて、朝食にも手をつけることができた。フォルカーとの雑談にも短時間ながら応じられるようになっていた。
「えっ? ノイエラントで働くことになった理由ッスか?」
布団の間から顔を出しフォルカーに話をしてほしいと懇願するティアナだった。
「ちょっと長いッスけど、いいッスかね」
こくんと頷くティアナを見て、気晴らしになるだろうとフォルカーは自分のことを話し始める。
「俺、昔っから両親から期待されること……なかったッス。できの悪い息子だったんで」
フォルカーには3つ年上の兄貴がおり、その兄貴は頭がよくて運動もできるのにと両親から比べられる毎日だったと悲しげに苦笑をもらす。
「耐えられなくなって18歳になったとき、家を飛び出して、ずっと悪い仲間とつるんでました。でも、それも楽しくなかったッス。結局、その仲間とも別れ、乞食同然になりながら3年くらいユラニア王国を放浪してたッス」
その時のことを思い出したのかフォルカーは期せずして目を瞑る。
「ある時、ヴァルデック領を歩いていたら、城で働く人を募集してたんで、そこで働くことになったんです。食べなきゃ、生きていけないッスからね。こんな俺のどこが気に入ったんですかねえ。ヨシアスさまは俺を家宰に任命したんです。生まれて初めて人から期待された瞬間でした。そりゃあ、嬉しかったッス。でも、ヨシアスさまはあんな人なんで領土を手放すことになりましたけど」
布団をずらした隙間から、ティアナは真剣な目をしながらヨシアスの話に耳を傾けている。
「あとは知っての通りです。両親すら見放したこの俺をレオンさんは宰相の力があるって言ってくれたッス。宰相って凄く偉い人でしょう? 俺にはそれだけの価値があるって……。俺、本当に生きてて良かったって思ったッス。ここに、俺を心から必要としている人がいる、期待してくれている人がいるんだって」
照れくさくなったのか、フォルカーはティアナからふっと目をそらしていた。
「それが、俺の働くようになった理由ッス。……ちょっと、ダサいッスかね?」
ティアナはううんと小さく頭を振る。
「いっつも明るいフォルカーさんに、そんなことがあったなんて。度胸だけじゃなく統治と戦も比類ない才能だって、フリッツさんがべた褒めなのに」
「いやいやいや、たいしたことないッスよ。それより、ティアナさんはレオンさんとどうなんスか?」
手を振りながら話題を変えてティアナの気を紛らわせるように心を配る。やはりティアナの具合は良くなっているようには見えない。
「うん……。レオンみたいなタイプって、どんな子に引かれるのか、分かんないんだよね。アプローチしてみても、全然! 何だか、いっつもはぐらかされてばっかり! それにさ、次々と女の子を仲間にするし!」
確かに次から次へと超絶美少女ばかりを引き寄せるレオンシュタインに、思うところはあるに違いない。ティアナも度を超した美少女な上に気立ても優しいのに、あまりスイートな関係を築けているようには見えない。
ただフォルカーにはレオンシュタインの気持ちが分かるような気がした。
「ティアナさん。レオンさんのようなタイプは、あまりグイグイ来られると戸惑うんですよ。それよりも、じっと待つ方がぐっとくるッス!」
「待つ?」
「そうです。キスなんかも自分からいかずに、目を瞑ってじっと待っている姿に弱いタイプッス」
言われてみれば、グイグイ迫るシノをかわし続け、色気で迫るイルマも、さりげなくかわしている。
「そっかあ」
話がとても腑に落ちたようで、ようやく笑顔が戻ってくる。
フォルカーは安心すると、
「もう夜も更けてきたッス。さ、元気になるように早く眠ってください」
眠るようにティアナを促す。
「……ありがと。フォルカーさん」
そう言うと、そのまま、ことりと眠ってしまった。
(こんなにいい子が幸せにならないのはおかしいッス。とにかく今は、元気になるように全力を尽くすッス!)
ティアナから離れて部屋の隅の椅子を持っていくと、そこで寝ずの番を務めるフォルカーだった。




