第216話 魔族とティアナ
王国歴165年2月13日 シキシマ国 朝 ヤクモの宿にて――
ノイエラントから派遣された4人がヤクモに着いたのは、先行したアリカタたちに遅れること5日になる。少しずつ気温が下がり、馬の吐く息が白い。到着するやいなや、2人のサムライがレオンシュタインの馬の前に走り出してくる。2人とも顔に疲労の色が濃く、声に張りがない。
「お待ちしておりました。すぐに中へ」
食堂に案内されると1つの目だけが異様に光るアリカタが真言を唱えていた。ノイエラントの面々が到着するまでの5日間、一睡もしていない。テーブルの上で食べ物と飲み物は口にしていたので、まだ気力を保っていた。
目の前にいる魔族は動けないものの真っ赤な目で周囲を憎々しげに見つめていた。5日間の攻防で魔族の人間の皮は全て剥げ落ち、二足歩行の大きなトカゲのような姿が露わになる。全身が紫の鱗で覆われ、人間のような手足が動いている様子は周囲に恐怖を与えるには十分だった。口から蛇のような舌がチロチロと出ていて、部屋中が生臭かった。
増援が来たことを察したアリカタは必死の形相で叫ぶ。
「魔族を攻撃してくれ! 俺の真言では、まだ倒せない!」
それを聞きハルトマンが銀のサムライブレードを抜いて切りつけると、ボクンという鈍い音とともに2つに折れたブレードが空中に舞い上がる。魔族の鱗は固く、銀の武器でも薄刃では傷つけるのが難しい。それを見たティアナが前に進み出て呪文を唱えようとする。
その瞬間、魔族の目が大きく見開かれる。
「ミツケタAAhhhh……」
そう話すとティアナの方にゆっくりと歩みを進める。
「馬鹿な? まだ動けるのか」
焦るアリカタは不動明王の真言に切り替えることを決意する。不動明王の真言はアリカタにとって最高の真言であり、長時間は唱えることができない。
「ノウマクサンマンダバサラダン……」
その瞬間、魔族は再び歩みを止める。
「時間が無い! 早く!」
もはやアリカタの気力は限界に近いのだが声と気迫は魔族を圧倒していた。ティアナは雷の魔法を放つが雷が鱗で滑り、四方八方へ飛び散っている。魔族を外に誘導できない以上、ティアナは宿ごと吹き飛ばすことを提案する。
「今すぐ宿から人を逃がして!!」
宿には4人の調査員、アリカタ、2人のサムライ、ノイエラントの4人しかいない。調査員は全員昏睡しているため、サムライとノイエラントの面々が背負って外に連れ出した。その間にも、ティアナは『雷の嵐』を唱え始めていた。屋根が吹き飛び、雷が魔族の近くに落ち始める。
「雷の範囲を限定し、威力を上昇」
魔力の操作によって、ティアナは魔族の周りに雷の柱を4つ立てる。大きく口を開けて魔族はティアナを攻撃しようとするが、アリカタの真言で一歩も動けない。アリカタの真言も、強風の中、心に響くような強さで叩きつけている。
「雷の嵐!」
ティアナの言葉と同時に、無数の雷が魔族の身体を貫いていく。魔族は片足をつき、立とうとするが更に雷が身体を貫き、鱗も焼け焦げ、周囲に焦げ臭い匂いが立ちこめる。魔族が倒れて動かなくなるまで、ティアナは詠唱を続ける。
魔族が倒れるのと同時に、アリカタもテーブルの上に崩れ落ちる。気力の限界だった。グラビッツがアリカタに毛布をかけようとした瞬間、近くに倒れていた魔族が微かに動いているのに気付く。
「まだ、生きてるぞ!」
もう1本預かっていた銀のサムライブレードを持ってフォルカーが駆け寄ると、魔族は自分の目をくり抜き、そのまま空へ投げ捨てる。
「待て!」
魔族の身体にブレードを突き刺したフォルカーは、空中の目玉を攻撃しようと目をこらす。魔族は動かなくなり、灰のようなものを残して身体が崩れてしまった。けれども目玉はコウモリのように羽ばたいて北の空へ飛んで行くのだった。
(見つけた、とは、ティアナさんのことだろうか?)
グラビッツは考えを巡らす。何かが引っかかっているフォルカーだが情報が足りないため考えがまとまらない。魔族を倒せたことにティアナは安堵したけれど、魔族の目が自分を見つめていたことは気持ち悪く感じていた。
(少しは仇を討てたかな)
因縁のある魔族を討つために自ら志願して、ここまでやってきたことは誰にも言えない秘密だった。
別の宿屋にアリカタも担架で運ばれるが、一向に目を覚まさずに大いびきだ。次に4人の調査員を部屋に運び、ベッドに寝かせて持参してきた聖水をかけていく。4人の身体から白い煙が出始め少しずつ身体が動き始める。結局、アリカタが目を覚ますまでに4日、調査員の4人が歩けるようになるまで5日かかった。
その間、ティアナたちは犠牲者の埋葬を済ませていた。
「子どもができて幸せだったのに」
土を被せながらティアナは涙ぐみ、他のメンバーもやりきれない思いで埋葬していく。魔族への怒りと恐ろしさが去来する中、手を合わせるのだった。
ティアナは宿に戻り、ベッドの中に横たわるとレオンシュタインのことを強く思う。
(早く会いたいな)
目を瞑っても、しばらく寝返りばかりをうつティアナだった。
宿でさらに治療を続け、8日目の朝、ようやく全員が旅に出られるくらいまで回復した。調査員を馬車の荷台に載せ、ヤクモを出発する。いつの間にか手がかじかむぐらいの風が弱まり、春のような暖かい風が吹くようになっていた。
そんな中、一行はシキシマの首都ヤマトを目指して馬を走らせるのだった。




