第214話 シキシマに魔族が現れた
村長の小屋に「魔族現る」の報告が届く少し前。
王国歴165年1月20日 夕刻 シキシマ北方ヤクモの宿屋にて――
ヤクモに滞在していた調査団が宿屋で夕食を楽しみながら、明日の調査コースを話し合い、食後のコーヒーを注文した時のこと。調査員の一人が、ふとしたことで魔族よけの香を焚いたのが、全ての始まりだった。
焚いてすぐに、妊娠していた宿の奥さんが苦しみ出してしまった。香の匂いがダメだったのかと慌てる調査員のもとへ宿の主人が慌てて走り寄ってきた。
「妻はその香の匂いが駄目なようです。消してもらってもいいですか?」
主人までが青い顔をしている。そのため、消そうと香に手を伸ばした調査員の手をリーダーが止める。
「待て! ……ご主人、どうして香の匂いが分かった? 人間には無臭のはず」
リーダーが香を机の上に置き直した瞬間、主人が乱暴にドアを開けて外へ走り去っていった。2人の調査員がすぐ後を追うと、月明かりの中、翼の生えた人間が空に舞い上がっているのが見える。魔族で間違いない!
「すぐにカゲツナ殿に早馬を出すのだ! 一刻を争うぞ!」
その日のうちに馬を走らせ、山野を駆け抜け、カゲツナに連絡が届いたのは4日後のことだった。カゲツナはすぐにノイエラントのもとへ馬を走らせたが、連絡が届くのは事件発生から1週間後になるだろう。
(間に合わない……)
事件が発生したのを聞いてすぐに、カゲツナは退魔の里から一人の男を呼び寄せていた。
呪禁師のアリカタである。
アリカタは黒髪の身長175cmほどの男で片目に切り傷があり、それを黒の眼帯で隠している。けれども、その残った1つの目が金色に輝いており、神眼と呼ばれていた。
「今回は俺の番か」
大きなジュズを持った坊主頭の男がカゲツナの館に入っていく。年の頃は30才くらいだろうか。二人は昔、一緒の学舎で学んだことのある同窓の友でもあった。アリカタの身体全体から酒の匂いが漂っていた。
呪禁師とは、呪術によって病気の原因となる邪気を祓う役職である。シキシマ国の行政機関である典薬寮の正式な職員でもある。普段は退魔の里で有名な名田の庄で生活をし、魔族などを退魔するとき命令が下るのだ。
「カゲツナ、すぐに出発しないとダメだ!」
アリカタは気色ばんでカゲツナに詰め寄った。墨染めの改良服(簡易の法衣)を着たアリカタは坊主頭の魁偉な偉丈夫だで、どのような化け物でも退治しそうに思える。カゲツナは、とりあえず座れと前のタタミを指差し、自分は手元の資料を確認し始める。
「アリカタ。お前、サムライを2人連れて先行できるか?」
「もちろんだ。封魔香は山ほど持ってくぞ!」
「好きなだけ、持っていけ」
控えているサムライ2名に馬を準備させたカゲツナは、自身で館の倉庫から封魔香を2週間分引っ張り出してきた。その封魔香を背負い袋にびっしり詰めるアリカタを眺めながら、カゲツナは一抹の不安を感じていた。
「アリカタ。無理はするなよ」
「魔族相手に、そりゃ無理だ」
二人は顔を見合わせ、苦笑いをする。
「久しぶりの魔族だ。俺が調伏してやるよ」
そう言うと、サムライを従えてすぐにヤクモに馬を走らせるのだった。
§
2月3日の午後に、カゲツナからの使者がレオンシュタインの小屋へとびこんできた。
「ま、魔族?」
そもそも魔族とは遭遇したことがないノイエラントの面々だった。使者から詳細な情報を聞く。
「マスター。魔族って?」
素直に尋ねるヤスミンにマーニが優しく口を開く。
「魔族はね、人間よりも大きく魔力が強くて、悪魔の一族と言われてるよ。魔族同士では繁殖しづらいから、人間の女をさらいに来るんだよ。上級の魔族は魔力の高い人間の女の子を、下級の魔族は誰でも見境がないみたいだね」
思わずヤスミンはレオンシュタインの横に隠れてしまう。使者を控室に下げ、すぐに対応策が話し合われる。
「すぐシキシマ国へ調査員を派遣ですね。人選をすませましょう」
レネの提案に、まずフォルカーが手を挙げ、続いてティアナも手を挙げる。
「魔族は魔法で撃退できるんですよね?」
マーニはそうだと答え、さらに一言を加える。
「彼らは翼を持っているから、ティアナちゃんの雷は有効だと思う。ただ、気をつけて。奴らは人間に擬態していることがあるから」
「擬態?」
「男の人間に擬態していることが多いね。見破られると、人間の皮を脱ぎ捨てることが多いから、悪魔って言われるんだけどね」
聞けば聞くほど気味が悪い。それでも、ティアナは行く決意を変えなかった。レオンシュタインも行きたかったのだが当然のように止められ、他には第1中隊副長ハルトマン、副参謀長グラビッツが行くことになった。
「師匠が一緒なら百人力ッス」
フォルカーが団長として調査団の救出に向かうことになった。
フォルカーは言わずと知れた知勇兼備の怠け者、ティアナは傾国の美女で雷魔法の使い手、ハルトマンはゼビウス譲りの剛剣使い、グラビッツは知謀並び立つ者なしと呼ばれるほどの知者である。
「事態は一刻を争う。すぐにシキシマに移動し、カゲツナ殿の指揮に入るように」
レネの言葉で4人はすぐに準備し、馬上の人となる。レオンシュタインとマーニは、4人が見えなくなるまで見送るのだった。その姿が見えなくなる頃、マーニが独り言のようにレオンシュタインに向かって呟く。
「レオンくん。ノイエラントには魔法を使える人がいないの?」
「ええ、ティアナが一番で、その他は攻撃魔法を使える人がいないんです」
マーニは、なるほどと頷く。
「それは、多分、自分の能力を知らない人が多いからだねえ。魔力の使い方が分かれば、もっと魔法を使える人は増えそうだけどね」
ふむふむとマーニは頭を振りながら考える。
「最近は魔法無効の結界が強いから下火になってるけど、魔族を相手にするなら魔法使いがいないと大変だと思うなあ。ねえ、レオンくん。私を雇わない? 魔法使いを育成したいんだけど」
「勿論ですよ。そのために、呼んだんです」
「ふふ、そうかい」
その日から、マーニが臨時の魔法院の院長に就任した。魔法院と言っても、まだ施設が出来ていないため、村長小屋の近くの小さな丸太小屋がそれに当てられる。マーニは丸太小屋が気に入ったようで、小屋を花で飾りながら住みやすくなるように片付け始めた。
そうして魔法の才能のある人を探し始めたのだった。




