第210話 ワイバーンを育てる
王国歴164年1月20日 ノイエラント レオンの丸太小屋にて――
レオンシュタインの丸太小屋のテーブルにワイバーンの卵が2つ、姫ワイバーンの卵4つが置かれている。卵の採取に行っていた調査団がついに帰ってきたのだ。ちょうどお昼前の到着でレオンシュタインの他には、シノ、レネがテーブルを上を見つめている。
「意外に大きいんですね」
シノの言う通り、どちらも直径が15cm程ある真っ白な卵だった。調査団団長のグスタフは卵の紹介を手早く済ませ、すぐに飼育小屋に移動する。卵を孵化させるためのワイバーン飼育小屋はディーヴァに発注済みで、グスタフは卵を棚に設置すると小屋に泊まり込むために荷物を取りに宿舎に戻る。
運搬が終わると調査団メンバーの1ヶ月間の苦労話に花が咲いた。影足を使ったヤスミンが大活躍だったこと、とにかくワイバーンは獰猛だったこと、姫ワイバーンは意外におとなしいことなどが語られる。特にワイバーンが襲ってきたときに、ティアナが雷で撃退したことが武勇伝として語られていた。
「それでね、毒を吐く前に翼を目がけて雷をドスンよ。すぐに撃退できて私も役に立ったかな」
長旅の疲れも見せずにティアナは笑顔で語り、ヤスミンも卵の回収で大活躍だったと周りから褒められていた。
§
それから4週間経った王国歴195年2月22日、ついに2匹のワイバーンが孵化する。色は深い緑でよく見かける大人のワイバーンと同じである。ところがワイバーンは生まれた時から攻撃的なうえに毒を持っているため、容易に飼育することができない。人間が近づくとすぐに攻撃を始めるため、観察すら容易ではなかった。
ある日、助手が毒のブレスを受けたことからグスタフは飼育を断念し、ワイバーンはその場で命を絶たれることが決定した。グスタフは無念の思いが胸に去来する。
「ここまで連れてきてこの仕打ちだ。すまんなあ」
グスタフは手を合わせ、すぐに解剖を指示する。その結果、毒を溜めておく部分や尻尾の毒について、今まで知らなかった知見を得ることができた。
姫ワイバーンは、それから1週間ほど遅く2つの雛が生まれ、残りの2つの卵はついに孵化することはなかった。色は紫色で明らかにワイバーンとは見分けが付く。ところが、いくら肉を差し出しても食べようとしない。
「肉の与え方がダメなのか?」
細切れにしたり、豚、牛、鳥などを与えてみるが一向に食べようとしない。牧草を試したときは、一瞬、匂いを嗅いだものの、やはり食べようとしなかった。ついに身体の小さな雛が息絶えてしまう。
「くそう。何を食べるんだ?」
次の日、ヤスミンがりんごを食べながら観察していると、姫ワイバーンがやたらと首を振っているのがわかる。ヤスミンがふとしたことで食べかけのりんごをポトリと落とすと、姫ワイバーンはすぐに口に咥え、それを飲み込んでしまう。
「まさか?」
ヤスミンからりんごをもらい8つに切ってその1つを差し出すと、やはり口に咥え、すぐに食べてしまう。
「もしかして果物か?」
すぐに様々な果物が試され、甘みのある果物は大体食べることが分かった。グスタフは甘さが身体を作ることに何らかの作用を与えているのではと推測する。その日から林檎や梨がたくさん飼育小屋に運び込まれるのだった。
1ヶ月が過ぎ、グスタフがこれまでの研究結果を発表することになった。飼育している姫ワイバーンは全長が50cmほどになり、人間にもだいぶ慣れていた。目を開けた時に近くにいたグスタフとヤスミンには特に懐いていた。村長室には成果を聞こうとたくさんの人が集まり始める。
「この1ヶ月の研究の成果を発表します。まず、姫ワイバーンの主食は果物です。ただ、干し草を時々ついばんでいることもあるので、今後も継続して調べる必要があります」
資料を片手に、大事なところを落とすまいとグスタフはゆっくりと説明する。
「次に姫ワイバーンは毒をもっていません。ただ、調べたのがこの1匹だけのため確定はできません。性格は温順しくて人間を攻撃せず、逆に甘えるような動きをすることもあります」
聞いていた村の人たちはワイバーンといえば毒ブレスだと思い込んでいたので、別の種がいることに単純に感心してしまう。熱心に聞いてくれることに、グスタフの顔が明るくなっていく。
「あと、これは驚くべきことですが、姫ワイバーンは鳥のように羽毛で覆われています。それが細かいため、遠くから見ると爬虫類の皮膚のように見えたのです。このことから、姫ワイバーンは冬でも活動できるものと思います。その際の餌が気になるところです」
「最後に、そろそろ姫ワイバーンは空に飛び立つと思います。その時に空から地上に帰ってくれば人間の役に立つものと思います。帰ってこないときは来年、同じような実験をしたいと思います」
研究成果を聞いていた人たちから自然に大きな拍手が巻き起こり、グスタフも満足できる研究ができて誇らしげな様子になる。姫ワイバーンには毒がないという知見だけでも、かなりの価値がある。これからは姿を見かけた際に隠れるのはワイバーンだけでいいことになる。
姫ワイバーンが鳥によく似た性質があるというのも大きな収穫だった最後、レオンシュタインの一言が報告会を締めくくる。
「初飛行が楽しみです。大空を自由に飛んでほしいですね」
§
3日後の朝、グスタフの助手がレオン宅に飛び込んでくる。
「ついに姫ワイバーンが飛びそうです! 見学にいらっしゃいませんか?」
姫ワイバーンを驚かせないように最小限のメンバーが集まることになった。紫の姫ワイバーンはすでに人間の身体の半分ほどの大きさになっていた。
「では、早速!」
小高く盛り上げた土の上にグスタフと姫ワイバーンが立っていた。グスタフが下へ走っていくと、それを追いかけるように姫ワイバーンも走っていく。翼を広げると走りながら地面を蹴り、空中に飛び上がったかと思うと、そのまま大空へ飛び立っていった。
「おお!」
「やった! 飛んだぞ!」
グスタフの上をグルグルと飛び回った姫ワイバーンは、いかにも気持ちよさそうに鳴き声をあげる。
「何だか鳴き声、かわいいね」
ワイバーンのようなギャーギャーではなく、クルル、クルルという小鳥のような鳴き声が優しく響く。
「さあ、戻ってきてくれよ」
グスタフは両手にりんごをもち、盛んに姫ワイバーンにアピールしたものの全く降りてこないまま時間が過ぎていく。実験失敗を覚悟した時、姫ワイバーンがゆっくりとグスタフの方に下りてくる。そして、ついにグスタフの横に下り立つと、そのりんごをついばんだのだ。
「成功だ!」
みんな姫ワイバーンが驚かないように控えめにガッツポーズをする。姫ワイバーンは甘えるようにグスタフを口でつつき『もっともっと』とりんごをほしがる。
「名前をつけてあげないとな」
果物を食べると、また空に舞い上がっていく姫ワイバーンだった。




