第209話 兵は国の大事
王国歴164年12月20日 午前11時 クリッペン村 士官学校にて――
「A軍が壊滅?」
B軍のハルトマン、C軍のレンドルフへ寝耳に水の情報が飛び込んできた。A軍からは『我、善戦するも壊滅せり』という報告が入る。壊滅した軍からは情報を得ることができなくなるため、それ以降は連絡がぱったりと止まっていた。
(まあ、善戦したということであれば敵軍を半減させているだろう)
そう考えたハルトマンは、A軍が侵攻していたポイントまで急行することに決める。グラビッツはその動きをコンラートから逐一得ていた。
(急ぐという事は……じゃあ、あれだ)
すぐにコンラートに伝令が走る。
「コンラート隊は敵を見たら、ゆっくりと退却するように。勝機が見えたら反転攻勢すべし」
紙にはそのように書いてある。少しずつ自分の裁量権が広がっていることにコンラートは気付いていた。その信頼に応えるべく、広範囲の情報収集に努めるコンラートだった。B軍はA軍より索敵を徹底していたため、川の南側に騎馬隊が400、騎馬隊の西側に歩兵が800展開しているのを確認していた。
(まあ、これが全軍だろう。うちの軍だけで対応できるな)
川の水量を調査すると10cmという報告がくる。これならば2000の兵が同時に渡河可能だとハルトマンは判断する。
「全軍、渡河せよ」
横に広がりながら、ゆっくりとB軍は渡河し始める。すると対岸に歩兵800、騎兵400が現れ、戦闘態勢を取り始めたと情報が入る。
(突撃に気をつけながら包囲戦に持ち込む。騎馬を殲滅させたのちに歩兵を攻撃だ)
そう考えたハルトマンは最初の兵が渡河し終わった頃、別の伝令を出そうとする。ところが、その伝令はついに届くことがなかった。
「B軍は全軍、水に流され戦闘不可能です。情報を出すことはできません」
審判から驚愕の情報が伝わってくる。
「どういうことだ!? 全軍が?」
「はい。敵の水攻めで全滅です。事前に川の水量調査はしなかったのですか?」
慌てたハルトマンは配られた地図を再度読み直してみた。そこには川の水量がしっかりと記載されており、水深1m20cmと書かれてあった。
(完敗だ……)
観戦していた士官たちは驚きを禁じ得ない。A軍とB軍をほぼ無傷で壊滅させ、残りはC軍のみである。B軍の壊滅情報はC軍に知らされなかったため、C軍はゆっくりと南進している。そのころコンラートは北進し、敵の補給隊の位置を掴んでいた。
「補給隊を攻撃しますか?」
それを聞き、グラビッツはやや考えた後1つの決断を下す。
「いや、敵軍を壊滅させる。騎兵隊はC軍にA軍とB軍は壊滅したと流言を流せ。そのあとC軍の足止めをしてくれ。歩兵が到着したら一斉攻撃」
容赦のない命令である。賛同しつつ、コンラートはグラビッツに補給隊を叩いて、勝利を確定した方がいいのではと進言する。グラビッツからの伝令は、たった一言だった。
「命令を徹底せよ」
結局、その後はコンラートが予想できる展開となった。流言によってC軍の士気は下がり、行動にも積極性を欠くようになった。補給隊の所へ戻ろうと行動し始めるが、騎馬隊に翻弄され思うように戻れない。そこへ当然のようにグラビッツの歩兵1400が接近してくる。
「まさか……ほとんど被害がないのか?」
レンドルフは降伏の白旗を上げるものの、歩兵隊は前進し続けて攻撃の態勢を整える。
「白旗だ! もう降参する!!」
けれどもグラビッツは全く無抵抗の相手に一方的に攻撃を開始した。自らも攻撃しつつ、状況を観察していたコンラートへ伝令を飛ばす。
「敵軍は白旗を上げています。攻撃を止めるべきでは?」
グラビッツからは『敵を殲滅せよ』との短い命令が来る。敵軍は壊滅しつつあるためコンラートはさらに進言する。
「司令官。敵は戦意を喪失しています。騎士道に則り、攻撃を止めましょう!」
「馬鹿野郎!!! 敵は白旗を上げるも武装放棄はしていない上、後退を続けている。お前は国際法上の降伏を理解してないのか? もう一度言う。降伏していない敵を殲滅せよ!」
苛烈な返信がグラビッツから返ってくる。結局、C軍を殲滅させて兵棋演習は終了し、士官候補生たちは青ざめたまま一言も声を発しなかった。グラビッツとコンラートがやってくると自然に背筋が伸びる。
「総司令官。敵3軍を壊滅させ、我が領土を守ることに成功しました」
シノはグラビッツとコンラートを大いに賞賛し、同時に降伏の定義を全員に説明する。
「グラビッツさん。何か言いたいことはありますか?」
「山ほどあるが、1つ目は候補生は人物を見た目や行動だけで判断しがちな傾向がある。事実より自分の思いを優先してしまうのは問題だ。2つ目は、簡単に挑発に乗り感情で軍を動かしている。危険極まりない」
グラビッツは全く容赦が無い。
「3つ目は情報の軽視。情報こそ全てを制する。それなのに3軍は情報連携が取れておらず各個撃破の餌食になった。お前たちは戦争を何だと思ってるんだ? 戦争はゲームではないし、自分の作戦を他人に自慢する時間でもない! 自分たちが動かした駒は、現実には生きている人間だと3軍の長は意識していたか?」
苛烈な言葉だが真実だった。静まりかえる中、フォルカーが講義室へひょっこりとと顔を出した。
「レオンさま、ただ今、戻りました。って、グラビッツ師匠! 何ッスか、その真剣な態度は?」
何も知らないフォルカーはプフっと笑ってしまう。グラビッツも態度を改め、言い過ぎたことを謝罪していた。
「みんな、言い過ぎた。……すまん。でも、これは大事なことだなんだ」
ハルトマンが代表して返答する。
「いえ。グラビッツ殿の言うとおりです。私たちは全てにおいて甘かった……。ご指摘、ありがとうございました」
そう言うと全員がグラビッツに頭を下げ、グラビッツは照れたように手を振った。フォルカーはレオンシュタインとシノに向かって疑問を呈する。
「師匠が候補生? グラビッツ師匠は私の戦術・戦略の師匠で、実戦も経験しています。私の推薦状を持たせたのですが」
その推薦状は渡さず士官候補生として参加したというのだ。
「ええ!? じゃあ、グラビッツ師匠。やることないから酒ばっかり飲んでたんじゃないッスか?」
その通りだった。大学生に国民学校1年の問題を出したようなものだ。レオンシュタインはそれを聞き、グラビッツに士官学校の教官になってもらうことを即決する。シノとレネも賛同したため、その場で人事が確定した。
「ええ? 教官?」
その時、レオンシュタインがバイオリンを弾いていた食堂のことが脳裏に浮かぶ。みんなが笑顔で過ごしていた幸せな場所。
(まあ、あの光景のために働くのもありか)
そう考え、敬礼をしながら受託した旨を話す。
「謹んで承ります。でも、休むときは休みます」
「はい、そうしてください」
みんなが笑顔のまま、士官学校が本当の意味でスタートしたのだった。




