第208話 兵棋演習の実施
その翌日から、グラビッツは遅刻せずに士官学校に通うようになった。時々、酒臭いときはあったけれども、あからさまに寝るようなことはなくなった。相変わらず一期生の中では浮いた存在だったのだが。そうして3週間が過ぎた王国歴165年1月11日。士官学校で1つの演習が行われた。
兵棋演習と呼ばれる、限定された地図上で敵味方に分かれての模擬戦である。午前は駒の動かし方等の説明、午後からは実戦が行われることになった。事前に用意された5つの地図に地形が描き込まれている。全員にその地図が配られたが全ての地図に目を通していたのはグラビッツだけだった。
しかも演習が始まる寸前まで地図を眺めている有様で、他の一期生たちには臆病者のように見えるのだった。
「1回戦はグラビッツ殿対第4中隊副長レンドルフ」
グラビッツとレンドルフ以外は地図上の動きを観戦することができる。1回戦は動き方などを実際に見ておきたい。どのように兵を動かすのか全員が注目していた。ところが始まってすぐにグラビッツは要衝に陣を構え、あとは兵站線を守るように動いた。
「おいおい。消極的だな。こりゃあ、レンドルフの勝ちだ」
「つまらん作戦を見てしまったな」
けれどもレンドルフだけは冷や汗をかいていた。
(どうやっても敵陣を落とせない)
要衝を攻撃しても自部隊の損害だけがどんどん積み上がる。兵站線を崩そうと別働隊を出しても伏兵にやられる始末だ。
「……撤退します」
グラビッツの圧勝だった。
その後3連勝したグラビッツだが、さほど嬉しそうな顔をしなかった。ただ、他部隊の演習を真剣に見ている表情には鬼気迫るものがあった。全ての兵棋演習が終了したとき、グラビッツがシノに1つの願いを申し出ていた。
「こちらが2000、敵側が6000の戦いをやってみませんか? あまりにも手応えがないのでハンデ戦が希望です」
参謀候補たちは一様に憤る。勝ったといっても、ただ要衝を占拠し籠もっていただけではないか。まぐれの3連勝をいいことに、のぼせ上がっているのではないか。ただ、そんな怒る同僚の中で一人だけ冷静にこの様子を眺めている男がいた。第2中隊副長コンラートである。
(戦いが始まる前からグラビッツ殿がこの場の主導権を握っている。この恐ろしさに、どうして誰も気付かないのだ)
ハンデ戦は了解され、各2000の兵を率いるのは、第1中隊副長ハルトマン、第4中隊副長レンドルフ、士官候補生ノルトハウゼンの3名である。合計6000名になる。その3名は3つの部屋に別れ、各自の判断で軍を動かすことになる。3人が相談しようとした瞬間、グラビッツは3人に声を掛ける。
「怖いなら3人一緒にかかってこいよ」
「何!?」
シノになだめられながら各陣営はそれぞれの待機場所に移動した。ハルトマンの陣営にほとんどの士官候補生が移動し、中立の観戦者が4名、グラビッツの陣営に行ったのはコンラートだけだった。
部屋に移動すると、グラビッツはコンラートの真意を確かめる。
「よう、なんでこっちに参戦したんだ?」
「だって、もう主導権を握ってるじゃないですか」
「ま、そいつが分かってるなら話は早い。で、お前ならどう戦う?」
グラビッツはニヤリと笑う。地図を前に、コンラートは考えを述べていた。
「私は各個撃破を提案します。もしくは籠城戦ですね」
グラビッツは及第点だとしながらも、戦場の広さが限定されているため各個撃破の状況を作り出すのがやや難しいと話す。じゃあ、どうするのかというコンラートの問いかけに、
「各個撃破の考え方はいいんだ。そのため中央の川を最大限利用する」
と、目を輝かせるグラビッツだった。
「お前は騎馬隊500の担当だ。とにかく連絡だけは、密に、正確に、だ! 指示がないときは自由に動いていい」
コンラートは気を引き締めながら了解し、別室に移動する。
演習が始まるとすぐにコンラートは同じ指示が繰り返されるのに辟易した。地図上の多くの地点に索敵を出せというのが、その内容だった。
「敵がどこにいるか分からないのに動いてもしょうがないだろ」
了解したコンラートは川の近くの森に移動してから、ひたすら索敵ばかりを繰り返す。やがて、コンラート隊が街道沿いに2000の歩兵を発見した。
「いいぞ! それ以外の部隊を探しつつ、攻撃準備もしておいてくれ」
その結果、ハルトマンの陣営はA、B、Cの各2000がバラバラに行動しているのが分かった。しかも、侵攻は地図を3分割し、西側はA、中央はB、東側はCが担当していることが分かる。一番早いAは、既に地図の半分までに達しようとしている。逆にBとCはそれほど、動きを見せていない。
「コンラート。川の北側に前進し派手に索敵しろ。A軍に見つかるようにな。見つかったら、ぎりぎりまで引きつけろよ」
伝令通りコンラート隊は橋を渡り、川を越えて道沿いに北上して派手に動き回る。その結果、A軍はすぐ街道沿いに部隊を移動させる。グラビッツは部隊を2つに分け、750人を川沿いの森に待機させつつ、もう一隊をA軍の後ろに回り込ませる。
「コンラート。B、C軍に動きはないか?」
「ありません。あまり動いていないようです」
「ようです?」
「いえ、動いていません」
「それでいい」
グラビッツは曖昧な報告はすぐに指摘する。大事なのは正確な情報だけだとコンラートに繰り返し教えつつ部隊の移動が完了する。
「じゃあ、コンラート隊は川の南側に逃げて、敵を渡河させてくれ。半分が渡った瞬間、反転攻勢!」
「了解です」
攻撃命令のすぐ後、グラビッツからコンラート隊は索敵を継続せよとの命令が下る。戦いが今、始まろうとする中、情報を重視する態度はずっと変わらなかった。
「敵を見つけたA軍が味方に教えないのはなぜだろうなあ。これは絶対にやったらダメだぞ」
時々、伝令に感想じみたものが入ってくる。その感想こそが自分への指導だとコンラートは気付く。ついにA軍が半分渡河しそうになるのを見て、グラビッツは攻撃命令を下す。
「え? 部隊中央横に750の部隊が展開?」
A軍のノルトハウゼンは予想外の状況にやや混乱する。敵は目の前の騎馬隊だけではないのか?
「コンラートくん、優秀だな」
コンラートの騎馬隊は川の西側に沿って逃げている。敵は渡河した後、グラビッツが伏兵している前に横腹を見せて移動している。
「全軍、攻撃開始」
まず、伏兵750名が姿を現しA軍の横腹を痛撃する。
「騎馬隊も反転! 攻撃開始!」
面白いように敵兵が減っていく。さらに、そこに後背から別働隊750が到着する。
「あ? 後背から?」
すでにA軍の中央部隊は壊滅し、先頭は騎馬隊に後ろは別働隊に攻撃を受けていた。
「掃討戦に移行しますか?」
その伝令をグラビッツはすぐさま拒否する。
「お前、索敵はやってるな?」
「勿論です。B軍が接近しつつあります。距離は15km。3ターン後に到達します。C軍はまだ動きが鈍いですね。30km以上離れています」
「よし、じゃあ、騎馬部隊は最初の森に撤退せよ」
「はっ!」




