第207話 アイリッシュポルカ
王国歴164年12月19日 昼12時 ノイエラント ローレの店にて――
ローレの店に入ったグラビッツが店内を見渡すと、昼時の混雑のためほとんど席が空いていなかった。
(でも、ここ旨いし。酒も出してくれるしな)
少しだけ入口付近で待ち、カウンターが空いたとのことで席に案内される。すぐにビールと豚肉料理を注文する。
(どうしたもんかねえ……)
ビールが目の前に置かれた状態でグラビッツは考え込む。
(窮屈なのは性に合わないし、ま、しばらく様子をみるか)
半分ほどビールを飲んだところで料理が運ばれてくる。豚肉とザワークラウトを煮込んだ皿がどんと置かれ料理から湯気があがる。豚肉だけではなくソーセージもごろんと入っており、ジャガイモや人参もこれでもかというくらい入っている。まずは豚肉を口の中へ運ぶ。
トロッと舌の上で溶け、ザワークラウトの酸味と塩味が豚肉の味を引き立てている。ジャガイモやニンジンも素材の味が強く出ていて濃厚な味だ。ソーセージが入っているのも、がっつり食べたい人にはピッタリだ。
「旨い!」
思わず声が出てビールが進む、進む。すでに3杯目を注文し顔中に笑顔が広がった。
「隣に座っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ!」
機嫌良くすすめると、男女がどすんと席につく。座ったのはレオンシュタインで、横には護衛のイルマが陰のように付き従っていた。それでも華やかさは隠しようがなかった。
「村長……。イルマ中隊長」
もはやクリッペン村ではない(ノイエラント)にも関わらず、レオンシュタインは村長と呼ばれることが多かった。それは親しみも含めてのことだった。グラビッツが挨拶をしようとするのを押しとどめたレオンシュタインは乾杯をしようと提案する。
「乾杯!」
3人とも一気にジョッキを飲み干す。一気にジョッキが空になる。
「くうううう!」
「いつも美味いな、ここのビールは! ねえ主」
「ローナさん、お代わり3杯お願いします」
すぐに追加の注文をし、同時に食べ物も持ってきてもらうことにする。
「グラビッツさん、うちの副長がお世話になってるね。ま、あいつ固い奴なんだけど……。いい奴だから、びしびし頼むね」
近くでイルマを見るとコンラートが崇拝するのも無理はないとグラビッツは納得する。燃えるような赤い短髪とブラウンの目がよく調和し、透き通るような肌が印象的だ。長い睫が美しく、唇は薄紅色で口角が上がり、笑顔と元気の良さを感じさせる。
整った顔立ちに高い鼻筋、頬はうっすらと赤みを帯び、大人の女性を感じさせる色香まで備えていた。しかもグラビッツがコンラートを挑発した胸は強烈な破壊力で、近くにあるとその魅力に抗うのは難しい。
(すまんコンラート。こりゃあ無理ないな)
けしからん事を考えるグラビッツだった。また、横のレオンシュタインは一見したところ村のお兄さんに見える。以前は100kgをゆうに超える巨漢だったという噂だが、今は若干太ってる? くらいの体型でしかなかった。
それでもグラビッツはレオンシュタインに抗いがたいオーラを感じていた。それを打ち消すようにレオンシュタインに勢い込んで話しかける。
「村長、話す機会ができて嬉しいですよ」
「グラビッツさんにそう言って貰えて、こちらこそ嬉しいです。実は以前から渡し守の仕事について聞きたいと思っていて」
その質問から始まり戦史研究に話が及ぶと、お酒の力も入ってグラビッツは饒舌になる。聞き上手を自認するレオンシュタインは、いくら話を聞いても飽きることなく真剣な態度を崩さない。イルマも同様で相づちを打ちながら熱心に話を聞いている。
気がつけば少しずつ外が暗くなり始めていた。そこに店長のローレがやってくる。
「レオンさん、リクエストが入りました。演奏をお願いできますか?」
「OK!」
ローレからバイオリンを受け取り調弦を済ませると、店内からすぐに拍手がわき上がる。軽快なリズムで思わず踊りたくなるアイリッシュポルカだ。太鼓代わりの椅子のリズムに合わせて、レオンシュタインのバイオリンが冴え渡る。仕事帰りの客が集まるローレの食堂は、真ん中に踊るスペースがしっかりと設けられていた。
「ホウ!」
「イヤッハー!」
20名の男女がリズムに合わせて、ぐるぐると踊り回っている。店内は大きな手拍子に包まれ、幸せな笑顔が広がっている。思い思いに乾杯をする者、手拍子で踊り子達を鼓舞する者、意中の異性と初々しくダンスを踊る者、リズムに合わせて大声を出す者。みんな心からの笑顔で音楽を楽しんでいる。その中心にいるレオンシュタインのバイオリンが絶妙の音を響かせている。
「す、凄え……」
信じられないといった表情でグラビッツはアイリッシュダンスの様子を見つめていた。幸せそうなお客を見ているレオンシュタインは、とても嬉しそうにバイオリンを弾き続けている。近くではイルマが一人用の踊りを踊っているのだが、それがまたリズムによく合いニンフが踊っているかのようだ。
男どもはイルマに近寄ってはいくものの、全て笑顔で断られる。それでも満足そうなあの男どもの顔はどうだ。さすがに30分を過ぎた頃、ローレが強制的に終了を宣言する。
「バイオリンは~レオンシュタインでしたあ~」
「ホー!!」
「村長~! 最高!!」
「あんたのバイオリンが一番だよ~!!」
「イルマさ~ん。美しい~!!」
踊りの拍手を超える拍手が店内に響き渡る。みんな笑顔で手を叩き続けていた。嬉しそうに、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げたレオンシュタインは、もとのカウンターへ戻ろうとする。その前に店長のローレは熱い視線をレオンシュタインに送りながら立ちはだかった。
「村長~。相変わらず素敵な音楽でしたわ」
「ローレ! あんた、抱きつくのを止めなよ!」
抱きつこうとするローレをイルマが素早く押しとどめる。
「イルマ、本当はあんたこそ抱きつきたい癖に! 村長の近くて踊って胸のアピール? いやらしいわあ!」
「何を~! お前こそ、いっつもレオンに色目使うの止めろよ!」
まあまあとレオンシュタインが止めに入るのもいつものことだ。ローレはお礼にビールを一杯奢ると話し、厨房へ戻っていった。
「話の途中だったのに、ごめんなさい」
謝るレオンシュタインを信じられないものでも見るような目つきでグラビッツは見つめている。確かこの男は貴族だったはずだし、所有している領土はかなりの広さになっている。それでも村の人のために汗をかくくらい演奏して、しかも笑顔なのだ。
「そろそろ帰らないといけないんで。グラビッツさん、私の分まで飲んでいってくださいね。今日はとても楽しかったです」
笑顔でお礼を言うと、レオンシュタインは去り際にグラビッツの耳元で囁いた。
「隠さなくいていいんですよ、実力。出していきましょ」
レオンシュタインが立ち去るのをグラビッツは呆然と眺めていた。隠していたはずなのに……とグラビッツは軽い戦慄を覚える。今まで死線を乗り越えてきたことは伊達ではなかった、ということか。
(ま、俺は俺だが、しばらくここにいることになるかもな)
目の前にジョッキが3つ、音を立てながら並べられる。それを一気に飲み干すグラビッツだった。




