第206話 お前、真面目にやれよ!
王国歴164年12月19日 午前9時 クリッペン村 軍事学校にて――
その出会いの3日後に幹部候補生が初めて一堂に会した。第1~第4中隊から副長が、それに副長候補の12名を加えて16名が集合する。グラビッツだけが誰も知り合いがいない。所在なさげに周囲を観察しながら、グラビッツは部屋の一番後ろであくびばかりしていた。
シノのもとにはグラビッツがこの3日間、酒ばかり飲んでいたという情報が入っている。
(とんだエセ研究家かもしれない)
素知らぬ顔をしていたシノだったがグラビッツに対する評価はかなり下がっていた。
「それでは幹部候補生の皆さん、今日から皆さんが隊長や参謀になるための学校がスタートします。皆さんが一期生です。ノイエラントの平和を守るために奮励することを期待します」
シノからの挨拶で士官学校が正式に開始される。村長からの一言などはなく、すぐに実技に入る。実技に入る前に、それぞれの自己紹介が始まった。その中でも第1中隊副長ハルトマン・フォン・ヘルドルンゲンと第2中隊副長コンラート・フォン・カステルコルンが注目を集めていた。
ハルトマンはゼビウスから薫陶を受けている剛剣が有名で、すでに戦闘でも結果を出していた。コンラートはイルマから薫陶を受ける……ことなく文武両道を貫いていた。実戦を経験し、ナレ砦の戦いでもイルマを守るために死ねと命令できる忠勇無双の男として知られていた。
眠そうに自己紹介を聞いていたグラビッツだったが、ようやく自分の番が回ってくる。
「あ~。一般枠のグラビッツです。うっ、よろしくね」
酒に酔っていることが一目で分かる。選抜されたメンバーたちは、さすがに軽蔑はしなかったものの呆れた表情を見せていた。呆れなかったのは、コンラートとレオンシュタインだけだった。
「では、早速、実技訓練に移りましょう」
士官学校に訓練所がないため、近くの広場に移動して対人格闘の訓練を行う。素手での戦闘訓練も十分に積んでいる選抜メンバーは練習といえども真剣だ。ただ、グラビッツだけは一方的にやられていた。その後の座学についてもグラビッツは真面目な態度とは言えなかった。それが選抜メンバーの癪に障る。
1週間の訓練が過ぎグラビッツの評価は最低になっていた。対人格闘、剣の技量も低く、作戦などの座学にも熱心ではない。
昼の休憩時間にグラビッツは中庭の木にもたれかかって昼寝をしていた。そこに副長4人がやってくる。
「グラビッツさん、少しいいですか?」
ハルトマンが代表として話しかける。グラビッツは眠そうな態度を隠そうともせず、目を開ける。
「あっ? 何か用か?」
「あなたの学びの態度は少し不謹慎ではないですか。一般人だからといっても目に余ります」
むくりと身体を起こしたグラビッツは両手を挙げて大きくあくびをする。
「で?」
堂々とした態度にハルトマンは呆れてしまう。
「少しは真剣に学んだらいかがですか?」
「真剣な態度が必要って事?」
「それはそうでしょう。不真面目に学んだらノイエラントの役に立たないじゃないですか」
「みんな、同じ意見?」
グラビッツは4人を値踏みするように見回した。あくびをかみ殺しながら尋ねるグラビッツはコンラートだけは横を向いていることに気付く。グラビッツはニヤリと笑ってコンラートの方を向いた。
「君んとこの隊長はイルマさん? あの美人でおっぱいの大きい」
コンラートの目に殺気がこもるが平静を装いながらそうだと答える。
「そりゃあ忠誠も高まるよなあ。でも、結構、遊んでそうじゃない?」
「……俺のことはどう言ってもいいが、隊長を侮辱することは許さんぞ!」
剣を叩きながらグラビッツを睨み付ける。周囲の副長達も一様に憤っていた。
「へえ、そんなにいいもんかね。でも、あの隊長が身体でご奉仕してくれるんなら忠誠も高ま……」
その瞬間、コンラートは剣を抜いてグラビッツに切りつける。グラビッツはびっくりしたように剣を持ち上げると、偶然、そこにコンラートの剣がぶつかる。
「危ねえ! こりゃ、逃げるに限るわ」
そう言うと、グラビッツは一目散に逃げていった。
「あっ! 待て!」
コンラートはその後を走りながら追っていく。しばらく走っていくとグラビッツは肩で息をして立ち止まっていた。
「やっぱ、若者からは逃げられんな」
そう言うと剣を構える。コンラートが剣を振るうと、グラビッツはその剣をいなしてはじき飛ばしてしまった。
「えっ?」
グラビッツは剣をコンラートの眼前に突きつける。
「お前がイルマ隊長を好きなことはよく分かった。それは別に悪いことじゃねえし副長としては必要なことだ。でもな、愛は時に弱点になる……。現にお前は、愛を利用されて窮地に立たされている」
別人のような話し方にコンラートは戸惑いを覚え、ごくりと喉を鳴らす。
「1週間見ていたが、お前は参謀になりたいんだろう。なら必要なのは冷静な判断力だ。感情ではなく、事実だけで考えるんだ」
そう話すと剣を鞘の中にしまう。カチンという音がコンラートにはやけに大きく聞こえる。
「すまなかったな。敬愛する上司を侮辱するようなことを言って。でも、あれだけの美貌だ。侮辱されることだってあるだろう。敵はむしろ、それを狙ってくる。いちいち怒っていては隊長を守れんぞ」
そう言うと、コンラートの肩を叩く。
「あ、俺、午後は休むわ。シノさんに言っといて」
そのまま学校とは反対の方向へ歩いて行った。




