第204話 空への思い
王国歴164年12月15日 午前10時 ノイエラント 村長室にて――
探検隊を派遣することが決まった翌朝、髭面で強面の男がのっそりと村長室に入ってきた。
「ここで大学の設置をするって聞いてきたんですけど」
ダークブラウンのちりちりした髪にギョロリとした灰色の目をもち、190cmはありそうながっちりとした体型と意志の強そうな口元が印象的な男がそこにいた。年齢は21歳、グスタフ・フォン・フライミュラーと名乗った。フォンがつくからには貴族なのだろう。
ちょうど朝食後のコーヒーを楽しんでいたレオンシュタイン、レネ、フリッツ、ティアナは、グスタフにもコーヒーをすすめながら椅子に腰掛けるように促す。椅子に座るやいなや、グスタフは来訪の目的を話し出した。
「私が研究しているのはワイバーンです。それに乗って空を飛ぶことが夢なんです」
そう言って自分が書いたというボロボロの研究論文を差し出した。その擦り切れた紙の束を受け取ったレオンシュタインは表紙に目をとめる。
研究テーマ「ワイバーンの生態と飛行手段としての可能性」
Abstract(要約)現在、ワイバーンは駆除すべき害獣として位置づけられる。けれども、飼い慣らすことができれば移動手段など無限の可能性を秘めているモンスターである。ワイバーンの生態を2年間調査した結果、飼育可能であることが分かった。その方法についてここに記す。
目を通している間、グスタフはお金がなくて実験が継続できなくなったため、そのため研究費を出してもらいたいのだと重ねて頼み込んだ。
(これは面白い)
さらに詳しく話すようにレオンシュタインは促す。村長室に来ていたレネやフリッツ、ティアナも興味津々である。
「ワイバーンは身体が緑と赤の個体がいて、緑はワイバーン、赤は姫ワイバーンと呼ばれています。食べ物は主に肉だと思われます。これまで研究が進まなかった理由はワイバーンは獰猛で、人間を見るとすぐに襲ってくるからです。肉には毒があり、食料としても利用価値はありません。毒の霧を口から吐き、しっぽにも毒を備えていて近づくのも容易ではありません」
そこまで聞き、レオンシュタインは疑問をさし挟む。
「そんなに獰猛なら飼い慣らすことは不可能じゃないんですか?」
「文献にはワイバーンに乗った騎士の伝説があるのです。可能性は0ではありません。それに私の研究はワイバーンを卵から育てるという新しいアプローチなんです」
「え? じゃあ、ワイバーンに乗っちゃおうってこと?」
「はい。それが私の研究です」
聞いているだけで興奮するほど興味深い話だが、卵はどこにあるのだろうか。
「巣の場所はいくつか見つけています。ただワイバーンの卵を採ることが困難なんです。命がけになります」
そのための援助をとグスタフは必死に頼み込んでいた。レネが卵の位置を地図で示すよう促すとグスタフはきっぱりと拒絶する。
「卵の場所は極秘です。これは援助をしていただけるという確証が得られなければ教えるわけにはいきません。命をかけた情報ですから」
確かに命がけの研究結果を、ほいほい教えるわけにもいかないだろう。レオンシュタインたちは早速話し合い、その研究にいくら出すかを話し合う。すぐに結論が出て、その結果がグスタフに伝えられる。
「グスタフさん、素晴らしい研究です。私たちの村からは研究費として大金貨10枚(1億円)を提供したいと思っています」
「は? 大銅貨10枚(1万円)ですか?」
「少なかったですか?」
レオンシュタインは眉を曇らせる。
「では大金貨20枚でどうでしょう?」
「いやいやいやいや。いきなり、見ず知らずの人に大金貨20枚は多すぎますよ!」
嫌な汗をかきながらグスタフは答えるのだけれども、4人はそうか? と顔を見合わせるだけだった。特にレネは研究に計り知れない価値があると、お金をさらに上乗せしようとさえ考えていた。
「でもさ空を飛ぶって凄い夢のある話だよね。私も応援したい」
仮面の少女が答えるのを見てグスタフはややぎょっとするが、優しそうな声と柔らかな金髪から素敵な女性であるだろうと想像する。
「では、とりあえず大金貨10枚をお支払いします。では、場所を地図で教えていただけませんか」
グスタフはテーブルに、よれよれの地図を広げる。ナレ砦から更に東側にあるナレ山に1カ所、コーベ山に2カ所、北東方向にあるフェルトベルク山に2カ所、ジンメルスベルク山に3カ所の×印がつけられている。
「今年、調査をしたいのはナレ山、コーベ山で見つけた3カ所です。というのもワイバーンの産卵時期は12月で今から調査可能なのはそこですね」
ナレ山は標高が1400m前後、コーベ山は1800mと登ることはさほど困難ではない。しかしワイバーンが出没するため、山を訪れる人はそう多くはなかった。
そこにサラとヤスミンが入ってくる。
「レオン、おはよう……って、お客さま?」
グブズムンドル風の緑のワンピースを着たヤスミンと、いつもの仕事着である作業服を着たサラは、薄汚れた丸太小屋には似つかわしくない華やかさをもっていた。グスタフは年が近いヤスミンの笑顔から目が離せない。
レオンシュタインの右隣に座ったヤスミンは、レオンシュタインのカップを勝手に持ち上げ、コーヒーを少しだけ口に含む。
「苦!」
ティアナの黒仮面から怒りの波動が発せられるが、大事な話の真っ最中のため我慢することにする。窓際に立ったサラは二人の様子を楽しそうに眺めている。
「今、ワイバーンの調査でナレ山、コーベ山へ行く話をしてたんだ」
サラはその山の名にぴくりと反応する。
「え? その山に行くなら自分も行きたい。あの山はワイバーンが怖いから調査できてなかったからね」
早速、1人の随行員が決定する。
「ワイバーン相手なら自分も行こうかな。襲ってきたら雷でやっつけられそうだし」
雷使いのティアナも参加することを述べる。
「自分も見てみたいな」
レオンシュタインも参加したいと話すがレネにやんわりと止められる。
「レオン殿、ナレ山、コーベ山の調査には1ヶ月程度かかります。その間、訪問者への対応はレオン殿がなさらなければ、この地より去ってしまうかもしれません。今回は、どうか留守番で」
「……分かった」
ただ卵をどうやって採るのか、その問題が残っていた。ワイバーンは視力がよく、近づく者をすぐに攻撃する。
「気付かれずに近づいて卵を採るのは……」
「私の影足は?」
ヤスミンがコーヒーを飲み干しながら提案する。現在、ヤスミンは10回の影足を使えるようになり、連続3回で15mほどであれば往復できる。15mでも安全とはいえないが、そのまま近づくより採取できる可能性は高い。
ヤスミンとティアナが行くことで安全が高まり、卵を採取できそうな雰囲気が広がる。
調査団として、サラ、ヤスミン、ティアナ、フリッツ、グスタフが選出されたのだった。




