第203話 運命の階段
「この村で兵士になると土地をもらえるって本当ですか?」
毎日のように兵士希望者が引きも切らない。3年経つと自分のものにできる政策が功を奏していた。
「この村は税金が安いって聞いたんですけど」
重税に喘ぐ家族連れが次々とナレ砦を通過している。現在、成人(21歳以上)一人あたり、1ヶ月大銅貨5枚(約5000円)になっていた。土地の所有は1アールあたり大銅貨5枚となっており、こちらも格安といえた。
アパートメントに住む場合は家族4人が住む場合、1ヶ月銀貨2枚~5枚が相場である。村には働く場所が山ほどあり、移住者は安心して暮らしていける。そのあまりに急激な人口増加に、一度歯止めを掛けようとしたことがある。それに反対したのはオイゲンだった。
「俺のつくった上下水道は人口20万までは対応できる。どんと来いだ!」
みんなオイゲンの有能さに改めて感心してしまう。事前にそれを聞いていた弟子のアレックだけは師匠の先見の明をを誇らしく思っていた。また、水路をつくっていたアレックの活躍も目覚ましいものがあった。アレックの農業用水路は多くの畑を潤し、農業生産を格段に向上させていた。
村では溢れるほど、穀物、野菜、果物が収穫できるのだった。
§
王国歴164年12月13日 午前10時 ――
「そうか、失敗したか」
一人の老人が応接室の中でも一際豪華な作りの椅子に腰掛け、背中で報告を聞いている。
壁に掛けられた絵画は赤と黒を主体とした怪物の絵画が多く、多くの人は眉をひそめそうなモチーフだ。全体的に薄暗い印象を受ける。傍らの護衛騎士は凶戦士と名高いアルムゲイルであり、よく見ると肩の筋肉が盛り上がり過ぎていて不自然なほどである。
表情が無く、青白い顔に、つり上がった目で報告者をじっと睨み付けていた。
「存外、レーエンスベルクの兵士もたいしたことがなかったな。たかだか数百人が守る砦の1つも落とせないとは」
使者は床に頭をすりつけている。
「まあよい。追って沙汰する」
「はっ」
レーエンスベルクの使者を下がらせ老人はぽつりと独り言のように呟く。
「アルムゲイル。お前を派遣すべきだったかな?」
アルムゲイルは何も答えずに口を歪めて笑っている。その口が不自然なほどに大きい。
「とにかく必要なのはアルプレヒトの血だ。グブズムンドル帝国にも魔力の高い女が多い。それも必要になってくる」
座ったままの老人はワイングラスに入った液体越しに外の景色を眺める。赤い景色が薄気味悪さを感じさせるのだが、老人は何が楽しいのか、くつくつと微笑み、その液体を一息に飲み干す。
赤ワインとは別の生臭い匂いが部屋の中に立ちこめる。
「まあいい。あせりは禁物だ。ゆっくりと機会を待つとするか」
§
王国歴164年12月15日 10時頃にエン麦や大豆の倉庫確認を終えたルカスが浮かない顔で村長室に入ってくる。
レオン、レネ、フリッツ、シノ、ティアナは、好みの本を読んでいる最中だった。レネは投資本を、フリッツは人生訓を、レオンは楽譜を、シノとティアナは少女文芸を読んでいた。題名「愛され体質になる20の方法」がシノ、題名「一途な愛の向こう側」はティアナである。
「なあ、レオン。実は気になってることがあるんだ」
楽譜を置いたレオンシュタインがルカスに椅子をすすめる。
「今年の麦関連の収穫は例年の7割くらいだ。それもアレックの水路があったからで、それがなければ他の地域と同じ3割の収穫だったろう。水路が半分しかできてないシキシマでは5割の収穫だった。ヴァルデック領は残念ながら3割だ」
確かに今年は天気がよすぎて雨が少ない印象だった。戦があったために気付かなかったが、その陰でルカスは収穫のために様々な手をうっていたのだ。
「飲み水に影響が出ないくらい水道水も用水路にも回してもらったんだ。オイゲンの判断は早かったよ」
砦で必死に戦っている間、同じように農業部門の人たちも天候との闘いを繰り広げていた。自然に頭が下がる。
「俺が心配しているのは来年だ。来年もこの日照りが続けば飢饉が起こるぞ。それを防ぐためにも干害対策の沼や湖を確保しなきゃって、オイゲンとも話してたんだ。それでレオンにも話しておこうと思って」
レオンシュタインもその重要性を認識したし、レネもその重大な事象に顔が青ざめていた。
「どこかに大きな穴を掘るというのはどうだろう?」
レオンシュタインがまず口火を切る。ずっと腕組みをしていたレネは重い口を開く。
「それもありだと思いますが……湖クラスじゃないとダメだろうとオイゲンやアレックは結論付けています。自分もそう思います」
湖は今のところ見つけられていないが、探索する必要があるとレネは考え始めていた。何とか春になる前に発見しておきたいところだ。地図を広げ、みんなで可能性のありそうな場所を選定していく。
「村の西側は未調査の場所が多い。北西側のシキシマ側にも連絡し探索してもらおう。それと村の東側も実は何があるのかよく分かっていない。戦が終わった今、探索に力を入れよう」
レネの言葉にレオンシュタインは探索を約束し、その後は雑談となった。
「もう2年前になるのかな。ルカスさんの畑でジャガイモを掘って食べたよね。あの味が忘れられないな」
懐かしそうに話すレオンシュタインの言葉にルカスが続ける。
「俺もそうだよ。あのときは嬉しかったし、楽しかったんだ。イルマさんもいたしなあ」
ルカスは目を細める。最近はヴァルデック領などへの遠征が多く、留守の多いイルマだった。今日のルカスは饒舌だった。
「今でもイルマさんは会うたびに、『ルカスさんのジャガイモのパンケーキ、食べたいな』とか『今年の新ジャガはまだ?』なんて、話してくるんだ。それで宿舎に届けさせると、メチャクチャ喜んでくれて。で、いらないって言うのにお金を渡してくれるんだ。今は俺の方が給料が高いかもしれないのにな」
とても嬉しそうなルカスを見てレオンシュタインも嬉しくなる。ところがルカスは急に顔つきを改める。
「お前、ティアナさんや、ヤスミンさんばかりじゃなく、イルマさんにも優しくしろよ。あんないい娘、滅多にいないんだからな」
横にいるティアナは軽く頬を膨らますと可愛く抗議をする。
「あら、ルカスさん。私は優しくされてないんだけど」
「す、すまん。ティアナさんにも、その、優しくな」
ルカスは慌てて付け加えた瞬間、横のシノがその瞳を細くしつつあることに気付く。
「シノさんにもだぞ! じゃ、俺はこれで」
そう言うと握手をした後、急いで自分の畑に戻っていった。レネは真剣な顔つきになり、すぐに対策会議をその日のうちに開くことにした。その結果、干害対策のために全ての方角に探検隊を派遣することになった。
この派遣で、レオンシュタインの村は多くのものを発見することになる。
よかったものも、悪かったものも、である。




