第201話 シノの陰謀
王国歴164年12月12日 午後6時 クリッペン村 迎賓館にて――
その頃、フラプティンナはティアナの部屋の窓からパーティーの喧噪を羨ましげに眺めていた。
「もっと、レオンさまと話したかったのに……」
周りにはすっかり打ち解けたティアナたち4人が護衛として付き従っていた。
「そういうことであれば、レオンさまにお伝えしましょうか?」
優しい眼差しでシノが提案してきたため、フラプティンナは顔を輝かせ是非にとお願いをする。頭を下げたシノはすぐに外に走り出て、広場に向かいながら思わず右手を握りしめる。
(ついにチャンスが来ましたわ)
そう考えながら一直線にレオンシュタインの所へ急ぐ。
「レオンさま、ロスが最後の話をしたいそうです。ウキタの湯までお越しいただきたいとのことでした」
「ウキタの湯? 何でそんなところで?」
フラプティンナらしからぬ提案にレオンシュタインは首をかしげるが、シノは滔々と説明を続ける。
「ロスは温泉がお気に入りですので、リラックスした状態で話したいとのことでした。混浴ではありませんし塀越しでかまわないそうです」
ますます分からない。それでも、パーティーを早々に引き上げたフラプティンナを気の毒に思っていたレオンシュタインは時間を確認する。
「今、19時ですから20時30分でいかがでしょう?」
その頃であれば、みんなとの挨拶も終わり失礼がない。シノに分かったと告げ、すぐに話の輪の中に戻っていくレオンシュタインだった。
(これでよし)
口元に怖い笑みを浮かべたシノは、その足でウキタの湯に急ぐ。ウキタの湯は最近出来た大きな温泉である。ゴート族のタダイエがシキシマ流の温泉の良さを知ってもらいたいと、細部にまでこだわった造りを売りにしていた。タダイエはシキシマでも有名な豪族の一員である。
入口から入ったシノは、店主のタダイエに面会を求めた。
「これはシノさま。お久しゅうございます」
深々とタダイエは礼をする。シキシマから離れたとはいえシノは当主の娘であり、タダイエの主筋といえた。
「タダイエ。レオンさまが来るのを見かけたら、暖簾の男女を変えてほしいの。入り終わったら、また元に戻してちょうだい。それと20時30分から温泉は貸し切りにして誰も入ってこないようにしてくれる?」
タダイエは事情を察し分かりましたとだけ答える。
「シノさま、ご本懐を遂げますように」
(ありがとう……タダイエ)
シノも深々と礼をすると、指を折りながらこの後の流れを確認する。
(レオンさまが20時30分にいらして、お風呂に入った後に男女の暖簾が入れ替わる。次にロスたちにお風呂に入ってもらう。レオンさまと風呂の中で出会い、ロスが悲鳴を上げる。悲鳴を聞いたティアナたちが風呂場に急行し、女風呂にいて痴漢行為を働いたレオンさまを非難する。幻滅し、気持ちが離れる。ロスも愛想を尽かす。一人残されたレオン様を私が慰め、一気に、一気に既成事実までもっていく)
ろくでもない企みをシノは計画していた。
(レオンさま、今日こそシノの全てを差し上げますわ)
人知れず頬を赤くしていたシノだった。シノは戦が終わってから積んでいた少女文芸を一気読みし、今、企んだような内容の本を好んで読んでいた。それがシノの企みを助長したのは間違いない。
すぐにフラプティンナの部屋に戻る。
「ロス、20時30分にウキタの湯でレオンさまと会います。塀越しですが会話を楽しみましょう。他の皆様もご一緒に」
するとイルマが疑問を呈する。
「なあ何で風呂場なんだ? ここで話をすりゃいいんじゃね?」
内心の動揺を隠したシノは笑顔で答える。
「レオンさまからの提案です。湯に浸かりながら話したいと」
「何だか、らしくない気がする。でも、まあ、いいや」
笑顔のままシノは冷や汗をかく。
「では、皆さん。20時30分にウキタの湯へ行きましょう」
しばらくフラプティンナの部屋で会話を楽しんだ5人だった。
20時少し前にレオンシュタインはウキタの湯に向かって歩いていた。タダイエはそれを見て、すぐに男女の暖簾を入れ替える。レオンシュタインは男と書かれた暖簾の方に入っていった。脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入っていくと、たくさんの湯気のせいで前がよく見えない。
(すごい風呂だな)
そう思い前に進むと、前から湯を出ようとしている人と遭遇した。
「こんばんは」
レオンシュタインが挨拶して顔を上げると、そこにはシャルロッティが立っているのだった。シャルロッティは無言のままタオルで前を隠すと、おもむろにファイティングポーズをとる。
「え? シャル? 何で?」
「シュ!」
その瞬間シャルロッティは脇を締め、右拳をレオンシュタインのレバー(肝臓)に的確に打ち込み、すぐに左フックでキドニー(腎臓)にも打ち込む。
「ぐえ」
レオンシュタインの身体が前に倒れ込む前にシャルロッティの左ストレートがみぞおち付近を痛打する。レオンシュタインは声もなく、そのまま崩れるように風呂場に倒れてしまった。
「レオンはん、破廉恥過ぎまっせ!」
ファイティングポーズを崩そうともせず、シャルロッティは話しかける。レオンシュタインはぴくりとも動かない。
「レ、レオンはん?」
心配になったシャルロッティは番台に知らせに行こうとする。出るために暖簾をはらうと、そこには「男」と書かれているではないか!
(あちゃあ。間違っとんのはウチか!?)
とんでもないことをしてしまった。介抱しなくてはならないが、このままでは、新たな男性が入ってきてしまう。
(しゃあない)
すぐに暖簾の男女を入れ替え、女が入ってこれるようにする。自分がやったことはなしにして、介抱しているふりをすることにしたシャルロッティだった。
「ん?」
タダイエが暖簾を変えようと風呂の入口まで近づくと、いつの間にか暖簾が入れ替わっている。訝しげに首をかしげながら、タダイエはバンダイに戻って行くのだった。同時に入口に5人が入ってくる。
「ロス、先に行ってて」
フラプティンナは屈託なく「女」と書かれた暖簾をくぐっていった。
(我が事なれり!)
店長タダイエへみんなを紹介し、しばらく差し障りのない会話を続けていた。ところが、シノが期待する悲鳴はいつまでたっても聞こえてこないのだった。




