第20話 その無自覚がダメなんだよ
「では、ご飯を済ませましょうか」
ティアナの先導で3人は下の食堂まで移動する。
小太りの男の横に、口をスカーフで隠した片目の女性、そして黒い仮面をつけた女性が連れ添っているので嫌でも食堂の噂になる。
「ねえ、何だか不思議な組み合わせじゃない?」
「何というか、あの男に特殊性癖があるんじゃないかな」
「ダメだよ。そんなこと言っちゃ」
言いたい放題だ。
衝立がある座席を用意してもらったので、ティアナとイルマが気を遣わずに食事ができるはず。3人が腰掛けると給仕がすぐにやってきた。
「レオンさん。今日はカツレツですよ」
目の前に湯気の立った牛肉のフライと、キャベツとソーセージ、マッシュルーム入りのスープ、ブロッコリーとミニトマトのサラダが並ぶ。
「これは豪勢ですね」
「こんな食事は久しぶりだ」
目の前に並べられた皿を見て3人は歓声を上げる。食前酒が配られたところでレオンシュタインが乾杯の音頭を取る。
「それでは、新たな仲間と旅の無事を祈って」
「乾杯!!!」
杯を高く持ち上げ、お酒を飲もうとしたとき、レオンシュタインはイルマが口の周りのスカーフをとるかどうか戸惑っていることに気付く。
(レオン、お前は何て気の利かない男なんだ。自分の伴侶となるかもしれない女性が悲しんでいるというのに……)
自責の念がレオンシュタインを襲う。
「ねえ、イルマさん。パーティーのメンバーと食べるときはスカーフを取りましょう。ぼくは気にしないし、ティアナも気にしないです。約束します」
それでもイルマは迷っていた。無理もない。22歳の乙女なのだ。今までの体験を思い出して手が動かない。その様子を黙って見ていたレオンシュタインは、すっと立ち上がりイルマの横に座る。
「心から料理を楽しみましょう」
そう言ってイルマの頬を両手でそっと触れていた。びくっとしたイルマの様子を見て、ティアナは顔色を変える。
(何よ! レオンシュタイン! 女性の頬を気安く触るなんて! 私にはこんなことしたことないくせに!)
けれども、レオンシュタインはティアナの様子に気がつかない。
「大丈夫です、イルマさん」
そう言うとそっとイルマのスカーフを外す。
さらにびくっと身体を震わせたイルマだったが、それでもレオンシュタインの目をじっと見つめていた。スカーフが外れ、口元の傷が現れてもレオンシュタインの表情は変わらないままだった。ずっと優しい眼差しが注がれているのを感じて、イルマはすっと目から涙をこぼす。
「あ、嫌でしたか?」
「ううん。嬉しいの。ありがとう」
頭を振ったイルマの顔が輝く。イルマの傷を見て驚いたティアナだったが態度には出さなかった。レオンシュタインの相変わらずの行動を見て『かなわないなあ』とティアナは微笑んで怒りを収めていた。
「じゃ、食べよう」
元の席に戻ったレオンシュタインが宣言し、素敵な会食がスタートする。カツレツをフォークで口に運んだイルマの目が大きく見開いた。
「このカツレツ、おいしい!」
「本当ね」
イルマの言うとおり口の中にやわらかな牛肉の香りが広がっていく。油で揚げた牛肉は、香ばしさを保っていて食欲をいやが上にも高めていた。付け合わせのポテトも新鮮でほくほくと火傷しそうなくらい熱い。バターと塩が添えられていて、つけて食べるとたまらない美味しさだ。
「このポテト、いくらでも食べられそう」
ティアナの声が1オクターブ、跳ね上がった。
「いや、こっちのマッシュルームのスープも美味しい」
スープの美味しさにイルマも舌鼓を打っていた。3人は賞賛の声を上げながらどんどん食べ進み、給仕は嬉しそうにその様子を眺めていたのだった。たくさんの皿がテーブルに運ばれていく様子を見た周囲の客は、驚愕の表情になる。
「あのテーブル。皿がたくさん運ばれるけど、凄くない?」
「体力があるんだろうね」
「じゃあ、夜も……。あの男、そんなに凄いのかしら」
こそこそと話す客を尻目に3人は食事に集中し続けた。ついに出された料理を全て平らげてしまったのだった。
「ごちそうさま。美味しかった」
「もう、入らないな……」
給仕にお礼を言い、3人は多めのチップを机の上に置く。
「こちらこそ、美味しそうに食べてもらって嬉しいです」
給仕が恭しく礼をして、笑顔になる。
とても美味しい夕食で、イルマにとって忘れることのできないものとなった。口を怪我してからというもの、気兼ねなく食事をするのは初めての経験だった。
笑顔のまま、3人は自分たちの部屋に戻り、ドアを開けるとベッドがいつの間にか3つになっていた。
「ええっ?」
びっくりしているレオンシュタインの横で、ティアナが不本意といった声で説明を始める。
「もう一部屋頼むとお金がかかるし、割り当てもうまくいかなくて」
確かにレオンシュタインが一人部屋だと護衛の意味がないし、かといって女の子が一人だけ別の部屋になると、それもまた不満が出そうだ。
ということで3人の相部屋となったのだった。
「宿代も大銅貨1枚が増えるだけだから、それもいいかなって。まだまだ、先は長いからね。節約!」
きっぱりと答えたティアナは部屋の隅に置いてあったもう1つの衝立をずりずりと動かし始めていた。レオンシュタインとの間に衝立を置くことで、トラブルを回避する作戦のようだ。
「これを置くのは嫌だからって訳じゃないよ、もちろん! その、イルマさんがいるから……」
うんうんと頷くレオンシュタインは、しばらくはこのままの生活が続きそうだと軽くため息をつく。
「じゃあ、私は身体を拭こうかな。お湯もたっぷりありそうだし。主、拭いてくれる?」
そんな二人を尻目にイルマは、さっそくからかう始末だ。すぐにティアナに叱られ、女性陣は衝立の奥に隠れていく。
「ふう」
服を脱ぎながらレオンシュタインは、天井を見上げ、これからの旅に思いをはせる。
今の生活は、さまざま困ったことが起こるけれど、城にいた頃より比べものにならないくらいワクワクすることが多い。
二人の後で身体を素早く拭いたレオンシュタインは、すぐにベッドに潜り込む。
(明日も、あっと驚くような素敵なことが待っているかもしれない)
そう思いながら、レオンシュタインはいつの間にか眠りについた。
新たな旅の同行者を得て、ピルネの町は静かに暮れていくのだった。




