第19話 妻vs許嫁の争い
王国歴162年9月8日 夕方 スコップ亭の部屋にて――
騒動が収まり、ようやく冷静さを取り戻したティアナと釈然としないイルマの二人を伴って、レオンシュタインは部屋のドアを開ける。部屋に置いてあった椅子に腰掛けた3人は、重苦しい雰囲気のまま沈黙する。その雰囲気を打ち破るようにレオンシュタインが説明を始めていた。
「説明するよ。こちら元傭兵のイルマさん。旅の護衛を依頼したんだ」
椅子が小さかったのか、レオンシュタインはベッドに移動してどかりと腰を下ろしていた。周囲を警戒しながら座っているイルマからは歴戦の傭兵といった雰囲気が感じられる。テーブルの上には朝にもらった赤いりんごが4つ駕籠の中に入っていて、レオンシュタインは食べようと2人に進めたのだが、誰も手を伸ばそうとはしなかった。
腕を組んだままののティアナは、一通り話を聞こうという態度になっていた。
「僕たちには近接戦闘ができる人が必要だろ」
一応話には筋が通っておりティアナは少しだけ戦闘態勢を解く。
「それは分かったけど、どこで知り合ったの?」
「この街の市場だよ」
詳細を話さないようにレオンシュタインは早口で説明する。
「大男にも引けを取らない格闘をしていたからさ。どうだろう?」
ティアナは詠唱に時間がかかり、レオンシュタインにいたっては戦闘力が0だ。
「うん、分かった。でも、あんまりお金は払えないけど、それはいいの?」
りんごに手を伸ばしシャクっと音を立てながら囓っていたイルマが、会話に割り込んでくる。
「ご飯が食べられれば、それでいいよ」
あっさりと承諾するイルマにティアナは半信半疑のままだ。傭兵を護衛につければ、相場では1日に銀貨を何枚か支払わなくてはならないのだ。
「結構長い旅になると思うけど?」
「三食、食べられるかな?」
「うん、だいたいは」
りんごを2口、3口と食べすすめながら、イルマは嬉しそうな声を上げる。
「すごいな。こんな幸運がやってくるなんて」
「いや、そんな大げさなことじゃないと思うけど」
りんごの残ったじくを空の皿に放りながら、イルマは今までの生活に思いを馳せていた。2~3日満足に食べられず、空きっ腹をかかえながら歩いた思い出が脳裏に浮かぶ。
イルマとティアナの顔を交互に見て、どうやら大丈夫そうだと判断したレオンシュタインは、ほっとした表情で契約成立を宣言する。
「ありがとう。ぼくはレオンシュタイン」
「私はティアナ。よろしくね」
「元傭兵のイルマさ。よろしく」
二人と順番に固い握手をするイルマはさすがに力が強い。同時にイルマの嬉しさが伝わってくる握手なのだった。
「それで、あの賭のことなんだけど」
「そ、それは無効でいいよ」
ややこしい話はマズイ! とレオンシュタインは手を振って、はぐらかそうとしたのだが手遅れだった。
「賭?」
ティアナの低い声が響き、案の定、ややこしい展開になった。
頓着なくイルマは話しを続けていた。
「いや賭の約束は守らないといけない。抱きつかれて胸までさわられたんだから責任はとらないとね」
「えっ? 胸?」
自分の胸に手をやったティアナは、次の瞬間、仮面の目がぎらりと光った。
「レオンシュタインさま。昼間から女性に抱きついて胸をさわるという破廉恥なことをされたのですか?」
「いや、それは成り行き上……」
厳しい口調がさらに冷たくなる。
「正直に、ね」
「えっ?」
「昼間から成り行きでそんなことをするなんて変態なんですか?」
そのやりとりを見ていたイルマが参戦してきたので、話は更にややこしくなった。
「ちょっと! ティアナさん……だっけ? レオンを責めないで!」
ゆっくりとティアナはイルマの方に体を向ける。
「レオンは私の伴侶となる人だから、胸くらい好きにさわってくれてかまわない」
あまりにも、あけすけに話すイルマにティアナはたじたじとなる。
「な、何を言っているんですか? 私はレオンシュタインさまの許嫁です。私の方が、ずっと先に結婚の約束をしてるんです! だから他の女性の胸なんて……」
「その割には、仲良くなさそうだけど?」
やれやれといったようにイルマは首を振る。
少しうなだれ気味のティアナを見てレオンシュタインの胸に悲しみが広がっていく。同時に、これはチャンスとばかりにティアナの味方をする。
「イルマさん、ぼくにはティアナという許嫁がいます。ですから、あなたとの賭はなかったことにしてください」
はっとしてレオンシュタインの方を見たティアナから喜びの雰囲気が伝わってきた。けれども、イルマは平然として譲らない。
「でも仲良くなさそうだし、結婚したわけでもないんでしょ? どうなるかなんて誰にも分からないよね」
そう言うとイルマは膝をパンと叩いて提案する。
「そうだ。これから旅をする中で、どっちが結婚相手にふさわしいか決めてもらうのはどう?」
「ええ?」
ティアナは大声を上げる。
その瞬間、レオンシュタインのスイッチがカチリと入り、少し考えてからきっぱりと話す。
「イルマさん。ぼくはお嫁さんを探しているわけじゃないんです。今、ぼくは自分の運命と向き合っています。今の話は、それが終わってからにしたいんです」
「運命?」
突然、レオンシュタインの態度が変わったことにイルマは驚きを隠せない。
「そう運命です」
そう言うとレオンシュタインは自分たちが旅に出ている理由を簡単に説明し、自分が伯爵家の三男であることも話す。
「生きて帰れるか分からないし、帰ったところで領地があるわけでもない。ついてくるのはいいけど何の保障もないんですよ」
そういって自分が座っているベッドに腰をかけ直すと、使い込まれた木のベッドがギシッと音を立てる。
「今は無事に旅が終われるように全力を尽くしたいんだ」
手を口の前で結びレオンシュタインはそのまま黙ってしまう。
部屋に静寂が訪れていた。
「……そっか。分かった。じゃあ、さっきの賭は保留にする」
沈黙を破るようにイルマが小さな声を出し、レオンシュタインを見ながら意を決したように話を続けていた。
「でもね、人を好きになるのは自然なことでしょ? その気持ちはずっと持ったままでいるけど……いい?」
「もちろん」
レオンシュタインはほっと胸をなで下ろし、ティアナもちゃっかりとレオンシュタインの後に話を続けていた。
「レオンの世話はこれからも私がします。これは譲れません」
きっぱりと宣言するティアナにイルマは若干不満の表情を見せるものの、しぶしぶと承諾する。
「じゃあ、これからよろしくね」
レオンシュタインが終わりを宣言して、旅に新たな仲間が一人加わることが決まったのだった。




