第18話 妻候補は用心棒
(おかしい。会ったばかりの見ず知らずの男性の妻になろうだなんて……。もしかして、新手の美人局(恋人のふりをしてお金をゆすること)か?)
キョロキョロと周囲を見回して怖い男性がいないか確かめるものの、その気配はどうやらない。でも、いくらなんでも不自然すぎる。
立ち上がったレオンシュタインは動揺を隠すために早口になる。
「あ、あのさ。とにかく、さっきの賭はなしにしてもらわないと」
「なんで?」
イルマは首をかしげている。
「なんでって……」
結婚云々を別にすると近接戦闘のできるイルマがいると旅は格段に安全になる。悪くない話なのだ。レオンシュタインが考え続けていると、沈黙を破るようにイルマが寂しそうな声を出す。
「本当は迷惑なんだね。こんな目や口に傷のある女に言い寄られても困るよね」
行儀良く手を膝の上に置いたままイルマは空を仰いでいた。
「私みたいな女は、さっきのボッズみたいな男の娼婦として生きるしかないのかな……」
その瞬間、レオンシュタインの胸に悲しみと怒りの感情が浮かぶ。
「全然迷惑じゃないよ! 娼婦だなんて自分に価値がないみたいに言わないでください! 誰だって……、毎日、懸命に生きている人は美しいんです。自分で自分をおとしめるようなことは……」
その瞬間、はっと我に返ったレオンシュタインは恐る恐るイルマの方に顔を向ける。祈るような手つきと熱い眼差しをしたイルマが、自分の話を食い入るように聞いていたのだ。
レオンシュタインは頭から、さあっと血の気が引くのが分かった。
「え……だから、自分は……大切に?」
しどろもどろになるレオンシュタインとは対照的にイルマの顔は光り輝いていた。
「あ、ありがと。私、そんなこと言われたの生まれて初めて」
そう言うとイルマはレオンシュタインの胸に跳び込んで、背骨がミシミシ音を立てるくらい、がっちりとホールドする。
「これから、ずっとよろしくね」
「と、とにかく! 一旦、離れて!」
身動きのとれないレオンシュタインは、ようやく声を振り絞る。はっとしたようにレオンシュタインを離したイルマは「ご、ごめん」と謝罪を繰り返した。その謝る姿と必死な目を見たレオンシュタインは、もう駄目だとは言えなかった。
そのときレオンシュタインの耳に教会のお告げが聞こえてきた。
(「痩せるたびに新たな出会いが待っています。《《貴方に相応しい方》》が」とシスターは言っていた……。イルマさんは顔と心に傷をもつ悲しい女性だ。そ、そうか! ぼくも同じじゃないか!! ぼくに相応しい相手かもしれない!)
そう思ったレオンシュタインは、相手が疑わしい身の上にもかかわらず信じようと決める。レオンシュタインは貴族らしい寛容さと自身の辛い経験からくる他人に対する優しさを併せ持った男なのだ。
「僕たちの用心棒はどうだろう?」
「用心棒?」
気を取り直したレオンシュタインは、ベンチに座って今までの旅のことをイルマに掻い摘んで説明し始める。
「旅に同行してくれる用心棒がいると旅も安全になるんです。だからイルマさんについて来てもらえたら嬉しいなって」
全部を言い終わる前に、イルマは一緒に行くことを即答します。
「そうすれば、ご飯も食べられるし、主の側にもいられるってわけでしょ。断るはずがないよ」
イルマは片目をつぶり明るい声になる。主というキーワードが気になったレオンシュタインだったが、そこは聞かなかったことにする。
「じゃあ、これから宿に行きましょう。旅の仲間を紹介します」
そう言って立ち上がり、二人は水車の見える畑の中から街へと戻っていった。水車が見えなくなって旧市街に入ると、雑踏の音が水車の音に取って代わる。
歩きながらレオンシュタインは必死に考えを巡らせていた。いきなり旅のメンバー(しかも女性)が増えることをティアナにどう説明したらいいんだろう。
(でも、お告げにあった人かもしれない。そのまま放っておくわけにもいかないよ)
イルマはおとなしくレオンシュタインの後をついてきて、振り返ってレオンシュタインと目が合うとニッコリと微笑みを返していた。その信頼は裏切れない、とレオンシュタインは強く思う。
いい考えは浮かばないまま宿の前まで来ると、見慣れた女の子が入り口の前で仁王立ちのまま待っていた。
「レオンシュタインさま、この方はどなたですか?」
朝の機嫌の良さは、なりを潜めていた。腰に手に当てたティアナの静かな怒りに内心たじろぐレオンシュタインだった。確かに無理もない。いきなり見知らぬ妙齢の女性を連れてきてしまったのだから。
「あ、あの、元傭兵のイルマさんっていうんだ。その……」
「初めまして。私はイルマっていいます。レオンの妻になる元傭兵です。よろしくね~」
どう説明するか決まらないうちにイルマが勝手に話していた。イルマの笑顔とは裏腹に、ティアナの周囲に黒い雲が広がっていく。
「レオンシュタインさま、これはどういうことですか?」
「え……いや、妻なんかじゃ……」
「正直に、ね」
ティアナの身体全体が黄色い光で包まれ始める中、それを全く気にせずにイルマは話を続けていた。
「初めて会った人に言うのは恥ずかしいけど、もう公衆の面前で抱きしめられて……」
「言い方!! ちょっと違うでしょ!」
慌てて否定するレオンシュタインのすぐ前の石畳からドスンと大きな音がして、黒く焼け焦げた匂いが漂ってくる。
「ティア! 落ち着いて、ぼくの話を聞いて!」
このままでは電撃魔法が直撃してしまう! レオンシュタインは思わずティアナの肩に手をかけて、落ち着かせようと目をしっかりと見つめる。その瞬間、はっとティアナは落ち着きを取り戻し、身体を覆っていた黄色の光も収まっていく。
「じゃあ、レオン。説明してくれる?」
ほっとして訳を話そうとするレオンシュタインの前にイルマが割り込んできた。
「ねえ、主。私の目の前で他の女の子に触れるなんて、ちょっと嫌。触れるなら私だけにして」
そう言ってレオンシュタインの手を両手で握りしめる。
(声にならないレオンの悲鳴)
その瞬間、ティアナの怒りは頂点に達し、レオンシュタインは感電したままその場に立ち尽くすのだった。
(やっぱり、こうなるのか……)




