第199話 アイドルかな
王国歴164年12月12日 午前11時 クリッペン村 教会にて――
集まってきた男たちに囲まれながらフラプティンナは嫌な顔一つせず握手を続けている。握手をしてもらった男たちは放心状態となり、魂を抜かれたように教会を去って行く。レオンシュタインは姫の握手に、ひたすら恐縮していた。
「あら、手ぐらい何ともありませんわ。それよりも……」
レオンシュタインに近づいたフラプティンナは感極まったように抱きついてしまう。
「二台のバイオリンのための協奏曲。素晴らしい音色でした。この曲でこんなに胸を打たれるなんて、まだ、ドキドキが収まりませんわ。ほら……」
レオンシュタインの手を握り自分の胸に当てようとする。その瞬間、ティアナと警備主任の目が釣り上がる。
「レオン!」
「レオン殿!」
すぐに二人がレオンシュタインのそばに駆け寄りフラプティンナから引き離す。
「レオン! 変態! 教会でそんな破廉恥な真似をするなんて」
「あれは、ロスが……」
「言い訳は聞きたくないわ!」
理不尽。
非難するティアナのそばで警備主任もフラプティンナに進言する。
「姫。嫁入り前の大事な時期ですぞ。軽はずみな真似はおやめください」
「はあい。でも、せっかく感動を身体で伝えようとしたのに」
「言葉で伝えてください!」
フラプティンナは軽く追求をかわすと子供たちのそばに寄っていく。
「さあ、お姉さんに聞きたいことはありますか?」
しゃがみこんで、にっこりと子供たちに笑いかける。
子供たちは美に圧倒されていたが、一人の女の子が姫に近づきそのまま抱きついてしまった。警備主任はすぐ近寄っていったが、フラプティンナはそれを目で制す。
「お姉ちゃん、とっても綺麗」
「わあ、嬉しい! ありがとう」
「物語のお姫様みたい。いい匂いがする」
「そ、そうかしら?」
本物のお姫様なのだが誰も突っ込みを入れられない。膝に乗ってきた子の頭を優しく撫でながら、フラプティンナは笑顔で子供たちと会話を続けている。孤児院では貧しく育ってきた子も多く、衛生的とは言い難かったが姫は全く対応を変えなかった。
男の子の鼻水が姫の上着を濡らした時ですらそうだった。
「あらあら。お鼻が出てますよう」
ニコニコしながらハンカチを出し拭ってあげたのだ。男の子は嬉しくてたまらないという顔でフラプティンナを見つめている。
「そのハンカチでお鼻をきれいにしてね」
頭を撫でながら男の子のしたことを全く気にしなかった。レオンシュタインはフラプティンナの側に寄り、無理はしていないか声を掛ける。
「全然! 何だか、嬉しくて。今まで、こんな素直に私に接してくれる子たちはいなかったもの。子供たちが、すごく可愛い!」
眩しい笑顔で答える。
「凄いな」
後ろで見ていたバルバトラスが思わず称賛をつぶやく。高貴さを隠した所作と寛容と優しい振る舞いができる姫には出会ったことがなかったのだ。それを聞いていた警備主任は、胸を張る。
「そうです。フラプティンナ姫は素晴らしい方なのです。美貌に目がいきがちですが、素晴らしいのは優しさなのです。シーグルズルの白薔薇の異名は伊達ではありません。子供たちへのあの笑顔を見ましたか? 私は、そのお気持ちに……」
話しながら警備主任は感極まってしまった。周りを全く気にすることなくフラプティンナは子どもたちと戯れている。
「レオン、子供たち。可愛いね」
振り返りながらそう答えるフラプティンナの気持ちが嬉しい。
「いや、もっと可愛いのは姫の方だよ。優しいね」
無自覚にレオンシュタインは直球を投げつけてしまう。
「レオンさま、今、何と?」
二人の女の子に同時に同じ台詞を言われてしまう。一人は頬を染めたフラプティンナ、もう一人は明らかに怒っているティアナだ。ティアナはつかつかとレオンシュタインに近づいていく。
「レオンシュタインさま、何を口走っておられるのですか。仮にも帝国の姫君に」
何が悪いのか見当の付かないレオンシュタインは、降参だという風に手を上げる。
「えっ、そんな悪いことは何も?」
「正直にね」
ティアナからいつもの言葉が出てきたことに嫌な予感がレオンシュタインを貫く。真っ赤なフラプティンナの横で、真っ青なレオンシュタインが困惑して立ち尽くしていた。
「いやいや……優しいって、別に普通じゃ?」
「その一つ前のセリフです」
「何と言ったかな?」
「思い出せないようでしたら、私が思い出させますけど?」
手から黄色い光が発している。困惑したレオンシュタインをティアナはびしっと指差していた。
「あんた、帝国の姫に向かって可愛いって言ったのよ。失礼じゃない?」
「でも、可愛いよね? ロスは」
屈託無く答えるレオンシュタインにティアナは脱力する。
(そうだった。こんな奴だった)
「でも、どうするんですか? ロスは茹でたトマトみたいになってますよ!」
警備主任が近くで話しかけるものの姫は上の空だ。心配したレオンシュタインは姫にそっと近づく。
「大丈夫? ……何だか、ごめん?」
フラプティンナに詫びるレオンシュタインだったが姫はさらに真っ赤になる。
「は、はい。もう大丈夫……ですわ」
立ち上がろうとするが動揺しているせいかよろけてしまう。
「あ、危ない!」
とっさにレオンシュタインはフラプティンナを支えようとするが、よろけたために、思い切り顔を近づけて抱きしめる形になる。
「!」
フラプティンナはさらに動揺する。
「警備主任! あなたが付いていてなんですか! 姫を早く安全な場所へお連れしなさい!」
怒り心頭の状態となったティアナが思わず警備主任の非を鳴らしてしまう。
理・不・尽。
まるでティアナが警備担当者のようだ。
「レオンさま、お戯れはそれくらいで!」
イルマやシノがそっとレオンシュタインの後ろに回り、両手をがっしりと掴む。ヤスミンもフラプティンナをさりげなくレオンシュタインから離していた。
「危ないところでしたね。さあ、ロスさま、そろそろ戻りませんと」
どこで、そんな言葉遣いを覚えたのか? ヤスミン……。
レオンシュタインから離されて思わず頬を膨らませてしまうフラプティンナだった。それを見ていた男の子が無邪気に質問してくる。
「お姉ちゃん。あのお兄ちゃんとラブラブなの?」
フラプティンナが勢いよく『そうよ』と答えようとした瞬間、シノが音もなく男の子の前にしゃがみ込む。
「ぼく~、違うのよ。あのお兄ちゃんは、わたしとラブラブなの! いい?」
笑顔だが有無を言わせない圧のため男の子は思わず頷いてしまう。後ろでイルマやティアナが抗議の声を上げると、もはや教会はカオスなことになってしまった。まわりの大人たちは苦笑しながらも、優しい眼差しでその様子を眺めていた。
ただ一人、シャルロッティは冷えた目でその様子を眺めながら手元のペンを忙しく動かすのだった。




