第196話 水晶の輝き
王国歴164年12月4日 午後2時 クリッペン村 村長室の倉庫にて――
フラプティンナとレオンシュタインがレッスンに励む中、フリッツはグブズムンドル帝国の外交官ヴィフトを村の倉庫に案内していた。
「こちらが帝国に買っていただきたいものになります」
「おお!」
倉庫の中には光り輝く水晶が肩の高さまで積み重なり、ヴィフトはそのあまりの量に二の句が継げないでいた。ただ、帝国が必要としているものをフリッツが知っていたことにヴィフトはやや警戒の気持ちを強める。
(フリッツ殿は、やはり油断ならない人物です。やはり帝国に取り込んでおくべきでした)
帝国の重臣にそう思わせるくらい、フリッツはその能力を大きく開花させ始めていた。
「どうぞ、手にとってご覧ください」
透き通った水晶が棘のように10cmほどの固まりからとびだしており、一目で素晴らしい品であることが分かる。
「一級品ですね」
「その通りです」
水晶を棚に戻したヴィフトは倉庫にある水晶の量を目測した。
「水晶はこれで全部ですか?」
「今、お譲りできるのはここにあるだけです。今も鉱山から産出しておりますので、さらに準備することができます」
フリッツも1つの水晶を弄びながら、ゆっくりと答える。
「ここにあるものは総額で大金貨500枚(約50億円)になります」
にこやかな表情を崩さないヴィフトだったが心の中では驚きと警戒心を高めていた。
(レオンシュタイン殿は人、土地、資金を手に入れ、さらに勇躍することが考えられる。我が国はさらに交流を深めるべきだ)
考え込んでいるヴィフトの気持ちを和らげるようにフリッツはドアを開いていた。
「ヴィフト殿。とりあえず応接室に戻りませんか? 実は一緒に飲もうと準備しているワインがあるんですよ」
「それは楽しみです。是非」
和やかな表情でフリッツとヴィフトは会話をしながら村長室に戻っていった。ヴィフトを椅子に座らせると、フリッツは村長室のワインセラーから1本のワインと2つのグラスを盆に載せて戻ってきた。座っているヴィフトの前にワイングラスを置き、その中にコプコプと音を立てながら白ワインを注いでいく。
グレープフルーツとシトラスが混じったような香りが村長室に広がっていく。
「これはシャルツホーフベルグ(葡萄の産地)産のモーゼルワインですね」
「ご存じでしたか」
「私は貴腐ワイン(極甘口)が好きで、よく購入しています。上品な甘さとバランスの良い酸味が癖になりますね」
ワインを注ぎ終わるとフリッツがグラスを掲げ、ヴィフトも匂いを楽しんだ後グラスを掲げる。
「グブズムンドルの繁栄に」
「ノイエラントの成長に」
ぐっと飲み込むと華やかな果実の香りが口の中に広がる。
「……見事です。この味は」
「ゆっくりと味わいましょう」
ブルーチーズとドライフルーツの皿も勧めながら二人は至福の時間を過ごす。しばらくして、おもむろにフリッツは価格交渉に入った。
「あの水晶をまとめて大金貨300枚(約30億円)でいかがでしょうか?」
40%のディスカウントは破格であり不足しているグブズムンドルにとって渡りに船の話である。
「それは、これからもずっとということですか?」
ヴィフトはいちじくのドライフルーツに手を伸ばし、口の中にそっと入れる。極甘の中にも微かな酸っぱさが心地よく、アルコールの匂いも微かに感じる。
「5年間でいかがでしょう?」
少し考える時間を取ってからフリッツが提案する。かなりの好意といってよかった。
「分かりました。レオンシュタイン殿に感謝です」
二人は手を握り合ったあと互いにワインをグラスに注ぎ、上等の白ワインを楽しんでいた。
「水晶の購入代金の支払いは結構です。うちの借金と利息から引いていただけると嬉しいです」
フリッツの話を聞きながらヴィフトは一口ワインを飲むと、先ほどよりもさらに味わい深い味に感じる。
「そうきましたか。うちにも大国としての度量があります。利息はサービスし、大金貨300枚を返却したことにしましょう。借款の残りは大金貨1700枚です」
「ありがとうございます。それともう一つお願いがあるのですが」
「ほう、それは?」
§
次の朝、ジーナとレベッカが村長宅に招かれる。
「村長、何かご用ですか?」
ジーナは眠い目を擦りながら椅子に腰掛け、レベッカに至っては、まだ酒が抜けていないようでフラフラと姉の横に立っている。笑顔のレオンシュタインは、すぐに本題に入る。
「ジーナさん、レベッカさん。船づくりのためにグブズムンドルへ留学しませんか?」
「そのつくる船は、もしかして……」
「はい。大型の外洋船です」
「……マジか」
「姉さん、もしかして夢じゃない? ちょっと私をつねってみてよ」
あまりの痛さにレベッカは途端に目が覚め、ジーナもシノに水を頼んで運んできてもらう。その水を一気に飲んでジーナは頬を叩く。フリッツはレオンシュタインからの話を引き継いでいた。
「昨日、ヴィフト殿に申し込んだのです。2人までは受け入れるとのことだったので2人に白羽の矢が立ったのです。どうですか?」
「どうもなにも絶対行くよ! 行くに決まってる! 是非ともお願いします」
すぐに返答するジーナとレベッカは思わずレオンシュタインに抱きついていた。赤くなるレオンシュタインを冷たい目で眺めていたシノは、すっと二人のそばに近づいていく。
「あらあら、お二人とも戯れが過ぎますよ」
側に立ったシノは、優しく、けれども意外な力で二人を引き離し、レオンシュタインの服の皺を直すのだった。いつもの光景にフリッツはふっと笑い、これからの日程について説明する。
「向こうの工房は1ヶ月後に外洋船を造る作業に取りかかるそうです。学ぶ期間は約1年間と聞いています」
「望むところ!」
目を輝かせて叫ぶ二人を見てレオンシュタインも自分のことのように嬉しい。
「詳しいことは朝ご飯を食べながら話しましょう」
シノが次々とテーブルに料理を並べる中、ジーナたちはずっと夢の中にいるような気がするのだった。




