第192話 停戦のススメ
王国歴164年12月3日 午前10時 シュトラント城 謁見の間にて―――
久々に3人が揃ったシュトラント城の大広間ではぎこちない雰囲気が広がっていた。遅れてきたレオンシュタインに声を掛けた兄二人だが、その後が続かない。レオンシュタインはレオンシュタインで、何と言ってよいのか迷っている。
口火を切ったのは、シュトラント伯爵マヌエルからだった。
「レオン、この前は……その、悪かった。レーエンスベルクのゲオルグという奴に脅されて、兵を出さざるを得なかったのだ」
事前に決めていた言い訳をマヌエルが話し始める。気持ちを込めながら話しているのを見てフリッツはたいした役者だと感心していた。
「レオン。俺にも謝罪させてくれ。あのゲオルグとか言う奴が『攻めなければお前の領土を先に攻める』と言われて仕方なく参戦したのだ」
マインラートも意地悪な口調を押さえつつ謝罪する。戦死者に思いを馳せていたレオンシュタインだったが、そういった事情があれば仕方がないと思い直す。それだけレーエンスベルクの兵は強いし、数が多いのだ。
「兄上。事情が分かり、ほっとしております。兄上から賜った村に攻めてくる理由がよく分からなかったのですが、これで安心しました」
二人の兄が謝罪している以上、これ以上は何も言えなくなるレオンシュタインだった。昔、あれだけ馬鹿にされていたにも関わらず、やはりレオンシュタインにも肉親の情がわいていた。
「我が国の仲介は必要ありませんでしたね」
フラプティンナが輝くような笑顔で3人に話しかける。周囲で見守っている多くの人たちも3人が和やかに会話をしていることに安堵のため息をつく。
「フラプティンナさま、そのようなことはありません。グブズムンドルの仲介があってこそです」
マヌエルも笑顔でフラプティンナを見つめながら答える。もはやレオンシュタインよりもフラプティンナが気になっているマヌエルだった。仲介が終わるとフラプティンナは謁見の間の中央から、じっとレオンシュタインを見つめていた。
フラプティンナにとって宝石のように大切な思い出が脳裏に浮かんでくる。
(レオン様、師匠!)
思いが溢れ、フラプティンナはレオンシュタインのそばに走りに寄っていった。レオンシュタインは笑顔で、
「お久しぶりです、フラプティンナ姫。遅れてごめんなさい」
と話しかけると、そのあまりの懐かしさにフラプティンナはレオンシュタインに抱きついてしまう。
「フラプティンナさま?」
胸に頭を預けているフラプティンナの行動にレオンシュタインは困惑する。けれどもフラプティンナは周囲を全く気にしない。
「ずっと、ずっと、お会いしたいと思っておりました。レオンさま」
抱きついたまま親愛の言葉を投げかけてくる。あまりにも意外な光景に、ついていけないシュトラント側の人たちを尻目にフラプティンナの従者はこともなげに話す。
「姫さま、悪い癖ですぞ。レオンシュタイン殿にご迷惑でございましょう」
「あら、私としたことが。あまりの嬉しさに、つい」
少し顔を赤らめて、姫はレオンシュタインから頭を離す。ふわっとラベンダーとベルガモットの匂いが漂う。
「相変わらずラベンダーの香りが好きなんですね」
それを聞いたフラプティンナは、ふふっと含み笑いをする。
「私の匂い、覚えていてくださったんですね」
頬を赤らめながらレオンシュタインを見つめる。ん? その言い回しはどうなんだと、やや動揺するレオンシュタインだった。案の定、横からヤスミンがつんつんどころか、拳を腹に打ち込んでくる。
「マスター。変態か?」
その様子を見ていた、マヌエルとマインラートの胸に悔しさが溢れてくる。
「くそ、何でレオンの奴が」
「何でも旅の途中で演奏会をしたらしい」
「全く、忌々しい」
けれどもフラプティンナに何かを言うことはできず、ひきつった笑いを浮かべたまま立っていた。それでも、とマヌエルは強引に場の雰囲気を変えようとする。
「帝国のご使者にお尋ねします。今回のご訪問は停戦の仲介だけが目的でしょうか?」
マヌエル卿が従者に向かって尋ねる。フラプティンナ姫に直に話すのは憚られたからだ。外交の使者も随行しており、その責任者はヴィフトだった。
「こたびの訪問は、兄弟間の戦争という痛ましい状況を仲介することと、我が帝国とシュトラントの友好を深めるためでございます。今まで交流があまりなかった両者の友好が深まることで、貿易や文化の交流が活発になると皇帝陛下はお考えです」
ヴィフトはすらすらと答える。シュトラント伯領は、それほど大きい領土というわけではないため、なぜこんな僻地へ、と疑問に思うものがいなかったわけではないがマヌエルはただ頷いている。視線はフラプティンナ姫の方へ固定されたままだ。
「こちらの品物はシュトラントの平和への引き出物でございます。どうぞ、お受け取りください」
大きく盛られた贈り物は広間の真ん中を大きく占有している。
「こちらは我が皇帝陛下よりマヌエル殿へ、こちらはマインラート殿へ」
贈り物に二人はご満悦だ。ただ、レオンシュタインへの贈り物は小さな箱が1つだけだった。
「レオンシュタイン殿には、こちらを差し上げることになっております。レオンシュタイン殿、前へ」
少し間があって、ようやくレオンシュタインが、のこのこと出てきた。
(マエストロ。お久しぶりです)
心の中でヴィフトは呼びかける。あの伝説『オフィーリア』の演奏は、今でもヴィフトの耳に残っているくらい衝撃的だった。ヴィフトはあの演奏会の後、レオンシュタインの大ファンになってしまった一人だった。
そのためレオンシュタインと交流の機会があればと、積極的に交渉に赴いていた。この外交の話が出た時もヴィフトは自分から進んで使者に名乗り出たのだった。
小さな箱をレオンシュタインの前に持っていくのと同時に、ヴィフトは箱を開いて見せた。




