第191話 停戦の使者はお姫様
王国歴164年12月1日 午前10時 シュトラント城 大広間にて――
「何? グブズムンドル帝国から使者がやってくるだと」
大広間の椅子に腰掛けながらシュトラント伯爵マヌエルが驚きの声をあげる。執事は表情を変えずに、「事実です」を繰り返し、マヌエルに封を開けた手紙を渡す。。
「どうして王都ではなく伯爵家へ?」
エッシェベルク子爵マインラートが疑問を呈する。メイドが持ってきた焼きたてのスコーンを、思わず更に戻したほどだ。マヌエルは渡された手紙に目を通していく。
「停戦の仲介だそうだ。使者に立っているのは……帝国の白薔薇と称されるフラプティンナ姫だな。最後の署名に記されている」
「評判の姫君ですね。もしかして兄上との婚約が目的では?」
まんざらでもない顔をしながらマヌエルが答える。王都から離れたシュトラント伯爵領ですら、フラプティンナ姫の美しさは評判になっていた。
「帝国との繋がり、そしてグブズムンドル一美しいと評判の姫。どちらも欲しいものだ」
「羨ましいです。兄上」
勝手に想像を膨らませてニヤける二人だった。マヌエルは請われて、フラプティンナ姫からの手紙をマインラートに手渡した。マインラートが受け取った手紙の中には一輪のラベンダーが添えられており、姫の心遣いが感じられる。
「しかしながら、この『アーダベルトのご子息全員と面談の場をもちたい』というのは、どういう意味でしょう?」
「3人揃って停戦交渉に臨めとのことではないか? 何にせよ、停戦は渡りに船だ。そもそも、俺たちにレオンと積極的に争う理由はないからな」
マヌエルは苦々しげな表情になる。先だっての戦における戦費が領土経営に暗い影を落としていた。そのため増税を発表したことで、さらなる反乱が発生したのだ。
「兄上。我が領土でも反乱が多くなりました。兵が足りないため手が回っていないのが現状です」
疲れた表情のままマインラートは溜息をつく。マヌエルはイスのアームレストに荒々しく拳を叩きつけて、その場に立った。
「よし。停戦だ! レオンシュタインに連絡を出そう。連合軍の大将は、レーエンスベルクのゲオルグなのだから、あやつに全ての責任を負ってもらおう」
§
シュトラント伯爵マヌエルからの連絡を受け、レオンシュタインはすぐに自分の丸太小屋で会議を開くことにした。レネやフリッツの他にも、主だった者たちが集まってくる。
「停戦は望むところだが、なぜ帝国が仲介に乗り出したのかな?」
レオンシュタインは、その意図を全員に尋ねていた。
「おそらくシュトラントとのつながりを深める狙いがありそうです。帝国のヴィフト卿もそのことをよく話題にしていました」
「王国での発言権を高めたい、ということかな」
フリッツが推測を述べ、バルバトラスも帝国と王国の主導権争いについて言及する。完全な好意ではなさそうだ。
「理由はどうあれ、私はこのチャンスを逃すべきではないと愚考します」
強い言葉でレネが言い切った。
「なぜかな?」
「これは正式な派遣です。グブズムンドル帝国とつながりを深め、恩を受けておくことは、我が村の安全保障に大きく寄与します。あと在庫が余っている水晶を売り込むこともできるかと」
目がランランと輝き、このチャンスを逃すなという気迫がこもっていた。シノがそれに続ける。
「軍備も整いつつありますが、まだまだ兵士不足は続いております。シュトラントに対抗できる兵が整うまでは停戦が理想的ですね」
「分かった」
レオンシュタインが交渉に赴くことが決定した。ちょうどそこに、オレンジ水を運んできたティアナがみんなの前にコップを置きながら、1つの疑問を口にした。
「でも……何でフラプティンナ姫が来ることになったのかな?」
確かに小さな紛争の交渉役にしては地位が高すぎる上に危険もある。
「それは私にもわかりません。レオン殿に会いにくるのではないですか?」
レネは、にこりともしないで返答する。ティアナを始め女性陣のギラリとした視線を強く感じながら、レオンシュタインはその可能性を否定する。
「そんなことは、ありえないよ。平和の使者としての経験を積ませたいんじゃないかな」
早口で否定しながら前に置かれたオレンジ水を飲む。焦りのため、ごくっと大きな音が響いてしまう。女性陣は疑惑の目を崩さない。
「では交渉の日時から考えると明日には出発できるようにしましょう。随行員は、フリッツ、ケスナー、ヤスミンの三人が良いでしょう」
「どうして? 私の方がレオンを守れます!」
ティアナとイルマは同時に抗議する。レネは優しい目で眺めながら、その理由について説明する。
「ティアナさんは帝国に出奔したことになっています。同行すると嘘がばれます。イルマさんは不測の事態に備え、第2中隊をヴァルデック領まで移動させなくてはならないので同行できません」
正論に、二人は渋々と了解する。
翌日、4人は早々にクリッペン村を出発していった。
§
「お出迎え、感謝いたします。マヌエル卿」
「フラプティンナ姫、ようこそおいでくださいました」
シュトラント城謁見の間でフラプティンナ姫が優雅に答える。謁見の間に立っているシュトラントの重臣たちは姫の美しさに度肝を抜かれていた。贈り物の多さに驚くシュトランド側だったが、それ以上にフラプティンナ姫から目を離せない。
すらっと美しい肢体に、ライトブルーの長い髪。濡れたような紫の瞳と笑顔を絶やさない唇、すっきりと高い鼻は、北国特有の面影を感じさせる。その笑顔は帝国の白薔薇と呼ばれるに相応しかった。
特にマインラート卿は舌なめずりをせんばかりに、フラプティンナを見つめていた。
(何? あの男。気持ち悪い)
そう思いながら意中の男性を見つけようと周囲を見渡す。けれども、その顔はどこにも見当たらなかった。モヤモヤとした気分を抱えつつ、姫は、マヌエル、マインラートと挨拶を済ませ、次はレオンシュタインだろうと意気込んでいたのに、やはりいない。
(レオンさま。どうして?)
哀しさが胸に溢れてきたとき、
「すいません。遅れました」
聞き覚えのある声が謁見の間の入口の方から聞こえてきた。
「レオン! 遅いぞ!」
「こんな時に遅刻とは。全くお前という奴は」
兄二人から非難されて、ひたすら頭を下げるレオンシュタインだった。その様子と周囲の状況から、どうやら感情的なしこりはなさそうだと、フリッツはひとまず安堵の溜息をついた。




