第184話 ノイエラントに栄光あれ!
王国歴164年11月8日 夕方5時 ナレ砦にて――
快晴の空の下、少しずつ太陽が西に沈み始める。西には谷と山並みが広がっており、その向こうにあるはずの海は残念ながら眺めることはできない。レオンシュタインは、その山並みをずっと飽きずに眺めていた。傍らにはティアナ、イルマ、ヤスミンが並ぶように立っている。
「この決戦で勝ったら、また、旅に出たいな」
少し昔を懐かしむようなレオンシュタインの口調だった。遠くを見つめる視線が慈愛に満ちていた。
「クラウスさんの宿にも行かないとね」
ティアナは一緒についていくよ、というオーラを身体全体に出す。あの時からレオンシュタインの運が少しずつ上向いたとティアナは確信していた。
「主、部隊長よりも主と旅に出ていた方が楽しいかな」
イルマも昔を懐かしむ。部隊長として立派に努めているイルマの夢は本当は別のものだ。あの頃、たわいもない話をしながら旅をしていたことがどれだけ幸せだったか、その頃は全く分からなかったのだ。
「マスターのバイオリン、聞きたい」
珍しくヤスミンが音楽への興味を口に出す。それだけ激戦が続いていた。
「でもさ、シノが言うには、士気が下がるから手を繋いじゃいけません、腕を組んじゃいけませんだって。戦争は嫌だねえ」
ティアナは頬を膨らませながら文句をつける。
「じゃあ、自由に手を繋いで、腕を組むために戦いますか?」
「おう!」
3人が手を挙げ可愛らしい宣言となった。本当は、それこそ人生で大切なことだとレオンシュタインは思う。
「じゃあ、レオン! 覚悟しといて」
ティアナがレオンを指差しながら砦を下りていく。
「主、あの約束、忘れないで」
ウインクをしながらイルマも降りていく。
「ケーキだよ!」
ヤスミンも笑顔のまま砦を降りる。
太陽が木々の向こうに沈む頃、ついに総攻撃が始まった。
「梯子が6本掛けられてるよ! もっと油を!」
イルマが叫び、副長たちが油の樽に駆け寄る。オリーブの匂いが充満する中、次々と油が注がれていく。ディーヴァの作った長い柄のひしゃくが大活躍だ。
「たいまつを持ってこい!」
ゼビウスの声にも余裕がない。次々とたいまつが落とされ、梯子が燃え落ちるが、連合軍は次々と新たな梯子を掛けてくる。司令室のシノは刻々と変わる状況を分析し、的確な指示を出す。
「予備の兵30名をゼビウス隊に投入。残りは?」
「残りは10名です」
「あら!」
シノは驚きの声をあげる。継戦能力は限界に近い。
「まだ、村から連絡はない?」
「ありません」
シノは形のいい眉をひそめる。
(時間が無いわ)
§
連合軍側は余裕の攻めだ。
「相手を疲れさせるために手を緩めるな!」
辺境伯次男ゲオルグは後方で作戦指揮をとる。シュトラント伯マヌエルやエッシェベルク子爵マインラートも、すでに本陣で吉報を待つばかりの体制となっている。前線へは参謀のイグナーツだけが出張っている。
すでにあたりは真っ暗になり、砦の灯りだけが仄かに周辺を照らしている。連合軍は少しずつ後退を始めたが砦の弓矢隊はほとんど沈黙していた。そのため、血気盛んな連合軍の一部が押し戻してきた。ゼビウスやイルマの奮闘で、敵部隊をようやく退けると本格的に後退し始めた。誰もが次の攻撃が最後だろうと覚悟を決める。
その時、シノがレオンシュタインの本陣へ駆け込んでくる。
「レオンシュタインさま、こちらへお越しください!!」
レオンシュタインが外に走り出ると、そこには角の大きな牛が何十頭も並べられていた。
「何で牛?」
「これに勝利をかけます。レオンさま、私が準備を終えるまで兵にお言葉をお願いします」
そう言うと、シノは残った兵士と作業に入る。
レオンシュタインは砦の上に行くと、そこには不気味なほどの静寂が広がっていた。味方は持ち場で座り込んだまま動けない。砦には血の匂いが強く漂っていた。
「傾聴!!」
ゼビウスとイルマは同時に叫ぶ。最後の言葉があると思ったのだろう。全員がよろよろと立ち上がり、レオンシュタインの方を見つめる。レオンシュタインは全員に聞こえるように、腹に力を込める。
「みなさん、村の防衛に力を尽くしてくださって本当にありがとうございます。本当に何と言ってよいのか分かりません」
ぺこりと頭を下げる。自分の気持ちが相手に届くように力を込めて話し続ける。
「本来なら、この時間、皆さんは大切な人と笑顔で過ごしているはずでした。それなのに、血の匂いのする砦で命をかけて戦いを続けています。横にいるはずの戦友が、もう話もできずに冷たく地面に横たわっています」
そこで、レオンシュタインの感情が爆発する。
「私たちは彼らの何かを奪ったのでしょうか? なに一つ奪っていないのに、彼らは平気で私たちから全てを奪おうとしています!! 私は許せない! 村を破壊しようとしている、あの連中を! 私は絶対に許せない!! 大切な人の命を奪う、あの人殺しどもを!!!」
レオンシュタインは連合軍のいる方向を指差し、剣を抜く。
「どうかみなさん、私に最後の力を貸してください。あのならず者たちを撃滅し、私たちの村に平和をもたらしてください」
兵士の顔つきが変わり、全員が剣を抜き、天高く掲げる。
「レオンさま。決意の言葉をお願いします」
ゼビウスが膝をつき、頭を下げて要請する。レオンシュタインは先ほどよりも大きな声で、全員に呼びかけた。
「勇敢なる兵士たちよ、敵を撃滅せよ!! |ノイエラントに栄光あれ《エーア・ザイ・ノイエラント》!!!」
その瞬間、
「|ノイエラントに栄光あれ《エーア・ザイ・ノイエラント》!!」
「レオンさま、万歳!!」
砦の戦士達の感情が爆発した。まるで物語の一場面のような光景にティアナは身震いを押さえることができなかった。レオンシュタインの呼びかけで、兵士が拳を突き上げ、剣を掲げて、その意に堪えようとしている。
「騎乗!」
ゼビウスの声で残った騎兵が騎乗する。もはや30名前後しか残っていなかったが、士気は天を突くばかりに高まった。
「第1部隊が先陣だ! 命を惜しむな!!」
「おう!」
それに続き、第2部隊も騎乗準備にかかる。
「私たちも行くよ! イルマ隊、ゼビウス隊に続いて突撃」
「うす!」
イルマ隊は40名ほどが残っている。満身創痍のメンバーだが士気は敵を圧倒していた。
砦の門には、シノが準備した角にたいまつをくくりつけられた牛が待機していた。
「たいまつに火をつければ牛が爆走します。みなさん、その後を突撃してください」
シノはそう言うと、
「開門!」
と叫ぶ。今まで開かなかった門が左右にゆっくりと開かれる。
たいまつに火がつけられると牛は興奮状態になり、うなり声を上げながら全てをなぎ倒す勢いで前に走っていく。
50頭ほどが出て行くのに合わせて、シノは最後の命令をくだした。
「全軍! 突撃せよ!!!」




