第181話 三陣営の思惑
王国歴164年11月7日 午前9時 ナレ砦付近の駐屯地にて――
レーエンスベルク辺境伯軍の参謀はイグナーツといい、ゲオルグの右腕と称される戦術家である。元はといえば、次男ゲオルグではなく長男のアルフレドの参謀を勤めていたが、あることがきっかけでゲオルグの軍に参加するようになっていた。
その手腕のおかげでゲオルグの部隊は『常勝』の二文字を冠している。歳は40歳を過ぎたばかりで戦術家としては若い部類である。その声には張りがあって聞きやすい。
「そもそも攻める村の人口が少なく、兵士も多くないなら力攻めでいいと思われます。長弓はやっかいですが夜間に攻めて損害を減らすようにしましょう。大軍に奇策なしです。梯子が完成し次第、すぐに攻撃開始です」
満足そうに頷きながらゲオルグは献策を聞いている。シュトラントの2人にも異論はない。イグナーツはさらに付け加える。
「ただ万が一のために、砦の門を壊す丸太も準備すべきです」
すぐにマインラートが馬を走らせ、後方でその準備に取りかかり始める。大将のゲオルグは話は決したとばかりにその場に立つ。
「次はレーエンスベルク領の兵士が攻撃しよう。イグナーツ、準備を頼む」
そう話すと自分の天幕へ戻っていった。参謀のイグナーツは部下を呼び、自軍の部隊編成について指示を出す。出撃は2日後の新月の夜に決定した。
「今のうちに休暇を取らせろ! 酒も少量であれば許可する!」
イグナーツはそう話すと砦の方を睨み付ける。
「弓だけでは守れんぞ!」
そう話すと、すぐに砦に偵察を派遣するのだった。
§
「情報が足りないですね」
砦の上から連合軍を眺めるシノだったが、ここからは連合軍の天幕は見えない。攻撃が終わってから半日が過ぎているというのに連合軍には動きが見られない。砦には夜の帳が下り、砦の上には篝火が焚かれている。
天嶮の砦は攻めにくいけれども、こちらから斥候も派遣しづらい。戻るときに危険が大きいからだ。それでも今の状況はかなり危険なため、斥候を派遣して情報を集めるしかない。シノはすぐにヤスミンに依頼する。
「ヤスミンさん、敵が何をしているか情報を掴んでくれませんか? 敵の狙いを知りたいんです」
「分かった」
その意思を確認するとシノは砦の上から綱を下げ、ヤスミンは黒ずくめの服装のまま音も立てずに下りていく。
「ヤスミンさん、帰って来たら同じ場所で綱を降ろします。気をつけて!」
その声を聞きながらヤスミンは地面に降り立ち、すぐに砦から走り去っていった。それを見届けたシノは、傍らに控えているモミジに何事かをささやくと、モミジはヤスミンとは反対側のクリッペン村へ馬で向かっていった。
ヤスミンはひたすら音を立てないように道を走っていく。灯りが全くない状態では崖側に近寄ることはできない。時々、地面に腹ばいになり道のありかを確かめていく。連合軍の野営地は1kmほど先にあり、山の向こうが少し明るく光っているのが不気味だった。砦から離れると魔法で押さえつけられる感覚が薄れてくる。
(ここなら魔法が使えそう)
早速『索敵』を試すと、すぐ近くに3人動いているのが分かる。敵に索敵を使えるものがいれば危うい。
(影足を使う)
音を立てず敵の視界に入るタイミングを見ながら、影足を使う。その瞬間、3人はヤスミンの後方に移動している。影足はあと8回、使用可能だ。敵の宿営地に近づくにつれ山側の森には木々が生い茂っている。山側は警戒されているとは思ったが夜間に崖側に潜むことは自殺行為である。
山側の斜面を駆け上ったヤスミンは、索敵を使いながらさらに宿営地に近づいていった。
§
連合軍が村に向かって進発した後、ヴァルデック領の執事フォルカーは部下のコーパスが潜伏している山小屋に到着していた。フォルカーは中に入るや否やコーパスに依頼していた件を尋ねる。
「はい。100名を集めておきました。馬も150匹集めています」
フォルカーは満足そうに頷き、まずは眠るとコーパスに宣言するとベッドの中に潜り込んでしまった。それを眺めながらコーパスは窓の外を警戒するのだった。
翌日、フォルカーが目覚めると周りを屈強の男たちに囲まれていた。
「フォルカーさま、どうか下知を」
コーパスが話すとフォルカーはベッドからのっそりと身体を起こす。
「ええと。連合軍から被害を受けた人、いるッスか?」
何人かが手を上げ、食料や軍馬を徴集されたと答える。略奪等は禁止されていたらしいが散発的に発生していたらしい。
「みんな、どっちの味方に付きたいッスか?」
ほとんどが連合軍だった。理由を尋ねると、勝てない方に味方はしたくないという答えが返ってくる。
「クリッペン村は兵士が300人前後と思います。それが3000人相手に勝てるはずがないです。心情的にはクリッペン村を応援したいんですが」
それを聞くとフォルカーは再度、質問を発した。
「みんな、お金欲しいッスか?」
「そりゃあ、欲しいですよ」
「じゃあ、クリッペン村の味方をする方がいいッス!」
周囲が一様にざわめく中、フォルカーはベッドから下り、近くの椅子にどっかりと腰を下ろす。
「理由は4つあるッス。1つ目は3000人に100人が味方しても、大して感謝されない。2つ目はよそ者の100人はすぐ激戦地に派遣される。3つ目はクリッペン村が勝てば莫大な報奨金がもらえる。4つ目はクリッペン村が負ければ、ヴァルデック領はシュトラントの一部になり、重税がスタートするッス」
そこまで一気に話したフォルカーは、全員に再度意思を確認する。
「だから、クリッペン村に加勢するのがいいッス。どうですか?」
全員が賛同の意を示した。
「よし。まずは食べ物を取り返そう。詳しい話は移動しながら説明するッス」
そう言うとフォルカーとコーパスは100名の武装農民とともに、クリッペン村方面に移動を開始した。
「人ん家で、でかい面してほしくないッス」




