第178話 フォルカー半端ないって!
王国歴164年10月24日 午前10時 ヴァルデック城 中央広場にて――
城に着いたフォルカーは、最後まで残っていた30人の使用人を中央の広場に呼び寄せていた。城の中にあるものは何でも持っていけと大盤振る舞いだ。
「本当に何でもいいんですか?」
「ああ。だが、もうほとんど残っていないだろうな。あ! 食料は全部持っていってほしいッス」
すぐに食料の保管場所に急いだ使用人は残っていた野菜や小麦の袋を肩に担ぐ。たくさん持ってけるようにと、コーパスは場内に残っていた布を配って歩く。あっという間に食料庫は空になってしまった。
「では、お前たち。達者でな」
城の出口まで見送りに来ていたフォルカーを大きな荷物を背負った使用人たちが取り囲んでいた。
「ん? どした?」
「フォルカーさまは、これからどうされるおつもりですか?」
「俺か? 俺はクリッペン村に行くつもりだ」
それを聞いた使用人たちは顔を付き合わせてヒソヒソと相談をし始めた。そして、一人の男が代表となりフォルカーに宣言する。
「フォルカーさま、私たちもご一緒してもよろしいでしょうか? 私たちは、これからもヨシアスさまやフォルカーさまのもとで働きたいと思います」
物好きだなという思いと、ありがとうという思いが、フォルカーの胸に去来する。
「マジッスか……。今、この地は他国に侵攻されてるんだけどな。じゃあ、準備ができたら一刻も早くクリッペン村へ行かないと危ないッスよ。でも、他国の間者と間違えられると……」
その瞬間、フォルカーは机の周りをぐるぐると回り始めた。
(味方するなら、とことんやった方がいいッス)
ぴたりと歩みを止めると、フォルカーはパチンと指を鳴らしていた。
「実はクリッペン村へ持っていってほしいものがあるッス」
フォルカーと30人が保管庫へ移動し、埃を被った書類を引っ張り出す。
「これを持ってけばクリッペン村の人たちは歓迎してくれるはずッス。くれぐれもなくさないよう気をつけてな」
「分かりました。で、これは何ですか?」
「それは知らない方が安全ッス」
使用人たちは頷くと、すぐに城を後にした。
「ま、あとは城でゆっくりするッスか」
コーパスにそう語りかけ城中の自室に戻ると、ベッドの中でゆったりと休むのだった。
§
「遅い! 遅過ぎる!!」
駐屯地で辺境伯次男ゲオルフ卿が苛立ち、フォークを皿の上に投げつける。昼食会場はしんと静まりかえり、給仕達は顔を見合わせている。フォルカーが出立してからすでに1週間が経つというのに、全く連絡がない。その長さにマインラートやマヌエルも首をひねる。
シュトラント伯爵マヌエルが取りなすように、
「ヴァルデック城まで往復で4日はかかります。残り3日は雑事でもこなしているのでしょう」
とゲオルグに説明する。けれどもゲオルフはそれに納得せず、足を踏み鳴らす。
「明日は進発しよう。このままでは相手に防衛の準備時間を与えることになる」
軍事に明るいゲオルフは一向に急ごうとしないシュトラントの二人に苛立ちを隠さない。その苛立ちを察したマヌエルは明日の進発に賛同していた。
すると、その日の夕方、フォルカーがひょっこりと戻ってきた。
「遅いぞ、フォルカー! 何をしていたのだ?」
マヌエルは声を荒げて叱責する。エッシェベルク子爵マインラートや辺境伯次男ゲオルフも、仁王立ちのままフォルカーを見下ろしている。
慌てて地面に膝をつきフォルカーは低い声で答えていた。
「誠に申し訳有りません。城内に流行り病が出まして、その処理に手間取っておりました」
「何! 流行り病?」
それを聞きマヌエルは眉をひそめる。容易ならざる情報だ。
「はっ。城に残っていた30人の使用人のうち6名が熱で伏せっておりました。城から退去させ、城内の空気を入れ替えるのに3日かかったというわけです」
流行り病の恐ろしさを知っているゲオルフは、心持ちフォルカーから距離を置く。それに気付いたフォルカーは心の中でほくそ笑む。
「私も感染していたらいけませんので、少し離れた場所で報告をお聞きください」
フォルカーから離れた3人は詳しい報告を聞いていたものの流行り病が気になっているのか気もそぞろだった。
「城は使用可能ですが食料は全て奪われておりました。あと流行り病の流行から考えて、あまり早い入場は危険かと思います」
分かったとマヌエルは頷き、すぐに3人は天幕内で善後策を話し合った。その結果、フォルカーの進言通り、城へは時間をかけて入場することになった。
「フォルカー、お前はどうする?」
「流行り病が心配ですので、シュトラントの施療院へ行きたいと思います」
それを聞いたマヌエルは報酬を渡すとフォルカーにすぐ立ち去るように命じる。
「ご配慮、ありがとうございます。それでは、私はここで」
そう言って立ち去ろうとすると思い出したとばかりに立ち止まり、きびすを返す。
「そうそう、忘れておりました。レオンシュタインの手の者と思しき者たちが、領内に火をつけて回っております。くれぐれもご用心を」
そう言うとフォルカーは頭を下げ陣を離れていった。
翌日は灰色の雲から雨が降り出し、連合軍は雨の中をヴァルデック城に向けて進発した。けれども、その歩みは遅く、2日の行程を3日かけて進んでいた。進軍する兵士たちは、寒さとぬかるむ土の匂いに辟易しながら、ゆっくりと進んでいく。ただ、流行病が流行っているという噂は隠しようがなく、兵士たちの士気が上がらないことこの上なかった。
シュトラント伯爵マヌエルはヴァルデック城に到着すると、まず兵士を外に駐屯させ小数の調査員だけを城の中に派遣した。その調査に何と3日を費やし、ようやく安全だと判断したのだった。ただ、入場できたのは幹部と上級の兵士のみで、一般の兵士たちは引き続き雨の中で駐屯することが決まる。城内に多くの兵を入れれば、流行病に感染する確率は高くなる。合理的な判断だったが、寒さに震える兵士の士気の低下は甚だしかった。
城内に火が灯され、城内の食堂ではゲオルフたちの夕食が準備されていた。専用の料理人が上等の食材を使って常と変わらないものをテーブルに置いていく。上等なワインも、ずらりと白い布の上に並べられていた。
「さすがゲオルフさまです。ワインはシャルツホーフベルガーの白、20年ものですか。素晴らしい香りですな」
ワイングラスを傾けながらエッシェベルク子爵マインラートはその味と香りを楽しんでいた。シュトラント伯爵マヌエルとレーエンスベルク辺境伯次男ゲオルフは山鳥の香草焼きに舌鼓を打つ。
「早くあんな小さな村など接収してしまいたいものだ。あと遺恨のあるレオンシュタインを罰し、彼に付き随う女性を手に入れたいと思っている」
意外なゲオルフの言にマインラートは意外の念を禁じ得ない。
(あんな仮面の女のどこがよいのだろう?)
ただ、ティアナに関してはあの方の意向が関係しているのだろうと、マヌエルは沈黙を保ったままだった。下手に関わると、こっちにも火の粉が及ぶかも知れない。
ナイフとフォークを器用に扱いながらゲオルフは山鳥の肉を口に運ぶ。
「ふむ。このハーブが泣かせるな。山鳥の野趣溢れる臭みを見事に消している。マインラート卿はいい料理人をおもちだ」
「ゲオルフさまに気に入っていただけて光栄の極み」
場内でそんな優雅な時間を過ごしている中、駐屯兵たちは野菜入りの麦粥で腹を満たしていた。夏が近いとはいえ、すでに長雨は1週間も降り続いている。
「今日も城の中では優雅に晩餐会ですか……」
「ふかふかのベッドも羨ましいね」
毎日、湿った毛布に包まれている兵士たちは恨めしそうに城の明かりを眺めるのだった。




