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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第4部 戦いの中で 第1章 敵が侵入って……。

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第177話 執事の謀(はかりごと)

 王国歴164年10月23日 午前9時 ヴァルデック城 応接室にて――


 クリッペン村に伝令を出したヴァルデック領の執事フォルカーは、城の応接室で長椅子に寝転んでいた。ぼさぼさの茶色い髪をかきながら、フォルカーは机の上の地図を眺めている。執事というより研究者といった風貌で、常に肩の力が抜けている表情だ。


 年齢は28歳と若く、人口4万の領土の執事にはとても見えなかった。執事のフォルカーは決まったとばかりに指を鳴らす。


「ヨシアスさまが不在の今、城に籠城する理由はないし兵もいない。ということで、逃げるでいいッスか?」

「異議なし!」


 フォルカーを囲んでいる8人の使用人の声が揃う。執事に使えている全員が逃げることに同意した。


「それはいいけど領民を避難させたいッスね。このままでは略奪必至」


 8人の部下たちは真剣な顔つきになり、フォルカーを見つめながら腕を組む。自分たちだけ逃げて、領民を見捨てるというのはヴァルデック子爵領の流儀に反する。部下の顔を眺めながら、応接室の質素な木のテーブルをフォルカーはぐるぐる回り始める。


 フォルカーが考え事をするときの癖である。


 城の応接室に似つかわしくないテーブルが置かれている理由は、金目の物はフォルカーが全て売り払ったからだ。ピタッと歩みを止めると目の前にいた男の腹をグーで優しく叩く。


「コーバス。お前は俺についてくるッス。あとの7人は、すぐに領民に知らせに走るように。緊急避難のマニュアル通りにやれば3日で完了ッス」


 灰色の髪に中肉中背のコーパスは、どこから見ても農家の一人息子にしかみえなかった。日焼けをした顔に白い歯が目立つ25歳の青年だが、ヴァルデック領でも屈指の剣の使い手である。部下の一人がフォルカーに確認する。


「で、避難先は?」

「もちろん、クリッペン村ッスよ」


 その回答に部下たちは一様に首をひねる。


「領民全てが逃げるとすれば4万人となります。それだけの受け入れ先がありますかね?」

「そこは向こうの村で考えること。それに、そんなに多くは逃げないと思うッス」


 肩をすくめたフォルカーは準備してあった袋を1つ1つ全員に手渡す。逃げるための軍資金はいくらあっても困らない。


「お前たちも犬死にはしないように。すぐに逃げるッス! いいッスね!」

「もちろんです。フォルカーさま、向こうで再会しましょう」

「おし」


 すぐに準備を整えた部下7人は、馬上の人となり土埃を上げて各分担の地域に走り去っていった。それを見送ったフォルカーとコーパスは真剣な顔つきになる。


「コーパス。俺たちの仕事は少しやっかいだ。時間稼ぎが必要ッスからね」

「何をなさるおつもりですか?」


 悪戯を企むような笑顔で、フォルカーはコーパスと密談を始めるのだった。

 

 §


 翌日、ヴァルデック国境付近まで連合軍が進出してきた。


「ここまで来ても何も動きがないならヴァルデック領は素通りでいいと考えます」


 馬上のシュトラント伯爵マヌエルが隣の二人に話しかける。


「後方支援の地として押さえる必要はありませんか?」


 弟のエッシェベルク子爵マインラートが控えめながら具申する。主将であるレーエンスベルク辺境伯次男ゲオルフは、その具申をよしとする。


「うちは強行軍のため、しばらく休息したいと思う。ヴァルデック城を占拠しよう」


 畑のりんごをもぎ取るような気軽さで二人に提案する。そこに馬に乗った一人の男が駆け寄ってきた。右手を挙げたゲオルフが攻撃の用意をさせている間、マヌエルが目をこらしてその正体を見極めていた。


「あれはヨシアス卿の執事フォルカーです。攻撃は必要ないかと」


 ゲオルフ卿は手を下げて攻撃準備を停止させると同時に、近くまで来たフォルカーは馬から降り、地面に膝をつけて報告する。


「マヌエルさま、久しぶりにご尊顔を拝し、恐悦至極にございます。この大軍勢、もしやヴァルデック領をお攻めになるのですか? それであれば降伏いたします」


 ピントのずれたフォルカーの物言いにマヌエルは馬上で呆れてしまう。


「おいおい、フォルカー。お前はヨシアスから聞いていないのか? この地は既にレオンシュタインのものとなっているぞ」

「はあ?」


 その瞬間、フォルカーは心底呆れたという顔つきになる。


「マヌエルさま。私はヨシアスさまから、しばらくクリッペン村に遊びに行ってくるという相談しか受けておりません。帰って来たときも兵士を連れて、またクリッペン村に行ってしまわれました。私にはしばらく行政を代行するように、と」


 マヌエルは額に手をやる。


「あいつらしいな。で、お前は城に残っていたのか?」

「いいえ、近くの小屋に泊まっていました。お金がないものですから、金策に走り回っておりました」


 見れば、フォルカーの服には擦り切れが目立つ。


「では、この大軍勢はレオンシュタイン卿の領土を接収するための軍ですか?」

「まあ、そうだ」


 それを聞いたフォルカーは自分は逃げてもよいかを尋ねていた。


「いや我々はヴァルデック城を接収したい。案内を頼む」


 そう依頼をしたマヌエルだったが、フォルカーは浮かない顔をしている。そのわけを尋ねたマヌエルは、しばらく前から城に怪しげな連中が出入りしていることをフォルカーから告げられる。しかも、物盗りのたぐいには見えず、どこか落ち着いついた様子が見られる一団らしい。


「まず、私が様子を見て参ります。レオンシュタイン卿の工作であれば、城内に罠を仕掛けているかもしれません。安全のため、しばらくお待ちください」


 フォルカーの言葉を聞き3人は協議した結果、この場で駐屯することを決定する。


「では、フォルカー。城の安全を確認せよ!」

「はっ」


 そう言うと、すぐに馬上の人になり、すぐに城に向かって走り出す。やがて駐屯地から見えなくなった辺りで馬の歩みを緩めていた。


(とりあえずは上手くいったッス)


 新緑の景色を楽しみながら、フォルカーはゆっくりとヴァルデック城へと向かうのだった。

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