第174話 バルバトラスの夢
王国歴164年10月2日 午前9時 クリッペン村 村長室にて――
5人が鉱山から帰ってくるとバルバトラスが村長小屋の前のベンチで本を読んでいた。レオンシュタインが近づくと、本を閉じたバルバトラスは珍しく真剣な表情になる。
「兄ちゃん、こんな時だけど相談があるんだ」
バルバトラスを手で小屋の中にいざなったレオンシュタインの後ろを、レネ、サラ、ティアナ、ヤスミンが続く。全員、席に着くが早いがバルバトラスは両手をテーブルに付きながら話し始める。
「実は、この村に大学をつくりたいんだ」
「はい。どうぞ」
即答! 説得しようとしていたバルバトラスは拍子抜けしてしまう。
「え? いいのか?」
「はい。是非!」
いつも通りの穏やかな表情でレオンシュタインが答える。
「金は大丈夫か?」
「はい」
「おいおい、『はい』しかないのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
苦笑を浮かべながら、からかうように話すバルバトラスだったが、レオンシュタインは笑顔で頭を振っていた。
「どんな大学をつくりたいんですか?」
「それはだな……」
長くなりそうだとティアナは台所に向かう。バルバトラスの好きなコーヒーを入れようと準備を始める。最近、村にもコーヒー豆を売る商人が来るようになり、前より気軽にコーヒーを飲めるようになっていた。ミルで豆を挽き始めると、豊かなコーヒーの香りが村長室に広がっていく。その香りを楽しみながらバルバトラスは語り始める。
「俺はな。学びたい奴は誰でも学べる大学をつくりたい。男だろうが女だろうが、どんな人種だろうが学べる場所だ。真理を追い求めるのに、そんなの関係ねえからな」
言葉に熱が入る。
「とりあえず、7自由学科(下級3学『文法、修辞、論理』、上級4学『数学、音楽、幾何、天文』が必須だ。それを教える奴には心当たりがある。あとは、『神学・医学・法学・鉱物学』の4専門学部にわかれる上級学部の設置。こちらは、法学は俺、鉱物学はサラさんでいいだろう。神学・医学はどうすっかな」
聞いていたサラは1オクターブ高い声を上げる。
「私が大学の教授? そ、そりゃ凄い……。でも、いいのかい? 女性が教授って」
「いいに決まってる。真理に男と女なんて関係あんのか? あるのは畢竟、知性だけさ」
「いい考えじゃん。賛同するよ」
ひとしきり感嘆の声を出したサラは、窓の外に広がっている海を眺める。今まで誰よりも鉱物の知識があると自負していたサラだったが、どの大学も彼女を雇わなかった。どれだけ学び、実践を積もうと、ただの欲深い女だといつも門前払いだった。それが一足跳びに大学教授(しかも上級学部)である。
とても現実とは思えないが、レオンシュタインやバルバトラスは本気のようだ。そこにティアナがコーヒーを持ってくる。苦く甘い香りが4人の鼻腔を満たし、幸せを感じさせる。コーヒーの香りを楽しみながら、レオンシュタインは一口だけ口に含む。
「バルバトラス先生、神学と医学の先生について、若干心あたりがあります。手紙を出してみますね」
「俺も心あたりに手紙を書くよ。まあ、別に2人いても困らないからな」
そう言うと、しばらく6人はコーヒーを楽しんだ。微かに波の音が聞こえる。
「なあ、レオン。人は誰でも『知りたい』という欲求がある。俺は法律だったが、サラさんは鉱物だろう。それを追い求めたいんだ」
晴れやかな顔でバルバトラスは全員に語りかける。それに付け加えるようにレネが提案する。
「大学は勿論ですが、初等学校、中等学校もこの際、整備してしまいましょう。子どもの頃から学ぶことは意味があります。誰にでもチャンスがある社会基盤を整備することは、幸福に繋がると愚考します」
「おお、そりゃいい。教育は1日にしてならずだ。時間がかかるもんだよ。でも、それには取り組む価値がある」
顔を見合わせたバルバトラスとレネは、納得したように互いに頷きあう。すると、ティアナが思いついたように1つの提案をする。
「魔法院もつくったら? 世の中には魔法を使える人がいないんじゃなくて、魔法の適性を調べてないことが多いってマーニさんが話してた……。そうだ! マーニさんを呼ぼうよ」
「それもいいですね。すぐに手配しましょう」
出てくるアイディアをレネは次々と承認していく。
「さっきも言ったが、お金は大丈夫か?」
心配になったバルバトラスはレネに懸念を伝えると、レネはサラに手を向けながら力強く説明する。
「実は先ほど、鉱物学のサラ教授が問題を解決してくれまして」
「おい、レネ! からかうなよ」
そう言いながらもサラは笑顔を隠せない。自分が発見した鉱山が教育にも使われることになるなんて自然と笑顔が浮かぶ。誰もが学べ、誰もが教えられる。
「サラさんのおかげで教育に回せるお金は目処がつきました。魔法院も大丈夫です」
レネの言葉を聞くと、バルバトラスは自分の握り拳で逆の手のひらを叩く。
「よし、そうと決まったらわしは一度王都に戻ってくる。人に会い、本も買ってくる。こりゃあ、楽しみだ!」
そう言うとドタドタと村長室を後にするのだった。
「大学だって。すごいね、レオン」
感動したようにティアナが呟く。
「うん。何だか不思議だねえ」
思えばレオンシュタインがケイトの教会でバイオリンを弾いたことが、この設置に繋がっている。出会いというものの素晴らしさを改めて感じるレオンシュタインだった。




