第172話 初めての船が完成したよ!
王国歴164年9月18日 午前10時 バルノー川 造船所にて――
「できたあ」
ぼさぼさの髪をかき上げながらジーナが船体を叩く。妹のレベッカは姉に思わず抱きつき涙ぐんでいた。全長7m、最大幅3m、船底からの高さ1mの木造船が横で新しい木の香りを放っている。先端に向けて細くなっていく形が特徴的で、後ろには多くの物を積めそうだ。
これから進水式になるのだが作業している20名だけでは万が一の時に心許ない。そこにちょうどディーヴァと砦造りの人たちが通りかかるのを見て、ジーナは思わず声を上げていた。
「待ってください! ディーヴァさん。船の進水式を手伝ってください!」
いきなり出てきたジーナに驚くディーヴァは1も2もなく了解し、マグロ組、カジキ組の総勢40名とともに進水式を手伝うことになった。
「では、いきますよう」
ジーナが船をつないでいる綱を斧で切り落とすと、船は横滑りし川にゆっくりと向かっていく。やがて船は川の中にザンブッと進水していった。
「ヤーハー!!」
「おおおお!!!!」
周囲のマグロ・カジキ組、船造りのメンバーは歓声を上げる中、ジーナとレベッカだけは冷静に船を見つめていた。
「レベッカ、水漏れを見るよ」
「了解、姉さん」
船を綱で固定した二人は、すぐに乗り込んで船体を確認すると全く水漏れがないことが分かる。
「どうやら成功かな」
満足そうに船体を眺めたジーナの横に、マグロ組のメンバーが一人、また一人と乗り込んでくる。
「へえ、結構揺れないな」
「でかい船をつくるってすげえ!」
6人が乗り込んだときジーナは船底から水漏れしてくることに気付いて唇を噛む。悲しそうにしている二人を見て、ディーヴァは大声を出していた。
「失敗なんて当たり前だぞ。それを乗り越えたところに『確実な技術』ってもんがあるんだよ」
ディーヴァは満面の笑みでジーナを励まし、ジーナは笑顔でそれに答える。
「マグロ組のみなさん、もっと乗ってくれますか?」
足が濡れてしまうし、もしかしたら転覆するかもしれない。それでも、原因をきちんと見つけたいし、場所も特定したい。
「いくぞ! マグロ組! ジーナとレベッカを助けるぞ!」
「よっしゃあ!」
「ずぶ濡れ上等!!!」
次々と船に乗り込む男たちの足元を、二人は目を皿のようにして確認する。少しずつ浸水してくる中、ジーナは浸水場所を紙に書き込んでいく。
「姉さん、ここも!」
「おけ」
次々と浸水場所を見つけ、そろそろ船体横から水が浸入しそうになる。
「みんな、逃げてください!」
一人一人と船着き場の桟橋に跳んで降りていく。軽くなったことで船は転覆を免れたが、船体の水は抜けていかない。ディーヴァに木桶を投げてもらい、カジキ組が水を掻き出していく。水が少なくなった時点で船に綱をかけ、そこにいる全員で川から引っ張りあげる作業に入る。
設置していた台車の上に船底を載せ、引っ張りあげるのは大変な作業だ。それでも船を元の造船所に戻さなければ浸水箇所を直せない。日が落ち、周囲が暗くなっても引っ張りあげる作業は続いていた。焚き火が何カ所か設けられ、ぼんやりとした明るさが広がっていく。そんな中、全員が疲労困憊になりながら、どうにか造船所まで戻すことができた。
(この失敗は次に生かす。水漏れはマキハダを詰めるだけでいいのかしら……)
ジーナの目には、あれだけ輝いていた船体が急にくすんで映っていた。それを眺めていたディーヴァは大事なことを提案する。
「腹が減っていたら、いい考えは浮かんでこない。まずは食べるぞ!」
ジーナも頷き、調理をしていたカジキ組の輪の中に入っていく。焚き火を使いながら肉を豪快に焼き、香ばしい匂いが辺りに広がっている。鶏肉と豚肉がこんがりと焼き上がったものに、塩と香辛料をふりかける。
「まずは造船所の所長・副所長からだ! 船を造ろうって気概が凄え! 食ってくれ!」
ディーヴァは皿に鶏肉を山盛りに盛りつけ、二人にどんと差し出した。みんなは尊敬の眼差しでジーナとレベッカを見つめている。それは、昔、造船所で働こうとしたときの冷たい視線とは全く違っていた。みんなに気付かれないように涙を引っ込めながら、ジーナは鶏肉を豪快に頬張る。
「美味し~い!!」
「よっしゃあ、俺らも続け!」
「おう!」
すぐに肉祭りがスタートした。レベッカは昼に釣っていた川魚も提供し、ジーナは進水式のためにとっておいたビール樽をあける。みんなから更に大きな歓声が上がる。
「ジーナ&レベッカさんに、そしてクリッペン村に乾杯だ!!」
大きな声を張り上げディーヴァがジョッキを空中に高く掲げる。
「乾杯!!」
みんな大声でそれに唱和する。ジーナとレベッカはジョッキに口をつけ、ちびりちびりとビールを飲む。妹のレベッカは酒が強いが姉のジーナは極度の下戸で、すぐに顔が赤くなる。ジーナはふらふらになりながらも、笑顔でみんなを見つめている。こんなに楽しい飲み会は初めてだった。
お酒が回ってくるとジーナは気が大きくなって、全員に宣言する。
「明日、この船を進水させたら次はもっと大きい帆船をつくるよ! 見てて。グブズムンドルまで、すぐ行っちゃうんだから!」
全員から大きな歓声が上がる。
「頑張れ! ジーナさん!!」
「いつでも働きに来るからよ!」
すると、そこにカジキ組の青年が近づいてくる。ふらふらしながらジーナは若者の顔を見つめる。
「ジーナさん、俺の夢は世界の果てを見てくることなんです。今までは無理だろうって諦めてました。でも、船ができれば行けるんですよね? ジーナさん! 絶対に船、つくってください!!」
真剣な瞳の若者の肩をばんばん叩きながら、ジーナはそこにいる全員に宣言する。腰に手を当てて顔は真っ赤にしたまま、一際大きな声を上げる。
「このジーナさんに任せておきな! 世界の果てまで行ける船、つくってやるから!」
「おお~!!」
「ジーナさんに乾杯だあ!」
みんなはさらに大いに盛り上がった。ディーヴァはその様子を見ながら一人納得したように喜んでいた。
(いいよな。自分の夢を素直に話せる仲間がいるって。俺はケスナーやレオンがいたから、ここまでこれたんだよなあ)
その日はみんな造船所や宿舎で雑魚寝となった。
§
次の朝、異様な匂いでジーナは目を覚ます。
「お姉ちゃん? この匂い、何?」
寝床から跳び起きたジーナは造船所に駆け入る。ますます強く臭い匂いが鼻につく。鉄の箱の中に、洗面器のようなものが置かれ、その中から匂いが漂っている。
「よう、おはよう!」
ディーヴァの仕業だった。
「お前、昨日、浸水箇所にマキハダの紐をはめ込むって言ったろ。それにプラスして膠を使ってみろよ。ちょうど砦造りで余ったんだ」
ジーナの目が輝く。そのディーヴァの膠を使い、マキハダの紐を隙間につめ、全ての作業を完成させるのに2日、そして乾燥させるのにさらに3日がかかる。その後も2回目の進水式を行い、全く水漏れがないことを確認できるまで作業を続けた。
「よし!! やっと完成!!」
「やったああああああ!」
「すげえ! 早速乗りたいな!!」
大きな歓声が山の中に響き渡った。満足そうなジーナを横目にレベッカは1つの提案をする。
「船に乗って村まで行こうよ!」
ジーナとレベッカ、そして10名の男たちが船に乗り込むことにした。その他のメンバーは全員、徒歩で帰還することになった。
「出発!!」
ジーナ達の乗り込んだ船は2日後、無事に村の船着き場に到着し、村のみんなから大歓迎を受けたのだった。




