第167話 ヨシアス卿の(強制)帰国
王国歴164年8月29日 午前10時 クリッペン村にて――
村の防衛体制や重要人物の情報を外部に漏らそうとした罪で、ヨシアス卿が拘束されるという出来事が発生していた。そのことを聞きレオンシュタインは拘留場所に急いだ。その後をレネ、ティアナ、シノが追っていく。
交流場所の扉を開けると、そこには左右をモミジとカエデに挟まれたヨシアス卿が座っていた。手は後ろ手に縛られている。
「すぐに縄をお解きしろ」
「すまん、レオン。シュトラント伯爵マヌエル卿にクリッペン村のことを調べるように言われていたのだ」
レオンシュタインがシノに命じ、すぐに縄を解かせる。ただ、シノは警戒を怠らない。レオンシュタインを見た瞬間、ヨシアス卿はスパイ行為をあっさりと認めていた。
「私にスパイは無理だ。やったことがないからな」
開き直って笑うヨシアスを見てレオンシュタインは責めようがない。
「でも、ヨシアス殿、この前、伝えていただいたことは?」
「ああ、あれは全部本当だ。私は嘘はつかないぞ」
屈託のない顔でレオンシュタインと話しているヨシアスを見ると、嘘ではない事が伝わってくる。
「マヌエル卿はティアナさんにご執心なのは確かだ。ただ、それだけが理由ではない気もするな」
聞かれもしないのに自分が感じたことまで話してしまう。
「レオン、本当にすまん。ただ、我が領土の譲渡については了解してもらえないか? 俺はもう、こういうドロドロした生き方は真っ平ご免だ。前にも話したが、俺は残りの人生を硬質磁器の研究に捧げたい」
昔からこの人は全く変わらないなとレオンシュタインは微笑み、レネの方を向いてヨシアスを助けてくれるよう頼み込んだ。
「シノさん。どうされますか?」
横に立つシノにレネは打開策を期待して話をふる。レオンさまがそう言われるならばとシノはあっさり了承する。
「ただ、この御仁には一働きしてもらいたいと思っています」
「俺はもう何もやらんぞ! もうこりごりだ!」
ヨシアスは警戒し、眉をひそめる。大きな声で拒否し、そっぽを向いたヨシアスを見てシノは艶やかに笑う。美しいが怖い。
「そんな難しいことではありません。報告のためにマヌエル卿の元へ戻らなければならないのでしょう?
クリッペン村の山からは石しか出ないようだとお伝えください」
「それだけでいいのか?」
「もう1つ。ティアナさんはグブズムンドル帝国へ逃げたらしいとお伝えください」
「分かった。それを言えば俺の役目は終わりだな」
シノが頭を下げるのを見てヨシアス卿は素直に頷いていた。すぐにヨシアス卿は解放され、こわごわと宿泊している小屋に戻っていった。他のメンバーも村長小屋を離れ、シノとレオンシュタインだけがその場に残される。後ろ姿を見送りながらシノはレオンシュタインの横でぽつりと呟く。
「私、可愛げが……ないですよね」
「どうして?」
驚きの表情でレオンシュタインはシノを見つめる。モミジとカエデを呼んだシノは二人にヨシアス卿を見張るように申し伝える。すぐに二人はヨシアス卿の後を追っていった。
「レオンさまがお許しになったあの御仁を私はまだ疑っています。シキシマでもよく言われました。お前は人を信じないって。でも、そうじゃないんです。私は人を信じたい……」
その厳しい表情を見つめてレオンシュタインは逆に表情が緩む。村に自生しているトウヒの木漏れ日が二人を祝福するように光っている。何かに気付いたレオンシュタインは、村長小屋の後ろに広がっている小さな庭へシノを誘う。そこにはレオンシュタインが時間を見つけて植えていた青い花々が咲き始めていた。
「シノさんは最初からヨシアス卿を疑っていた。今回、被害が出なかったのは、シノさんのおかげです」
青いデルフィニウムをナイフで一房切り取ったレオンシュタインは、そのままシノに手渡した。
「あと……シノさんは可愛いです。この花、シノさんみたいじゃないですか?」
手渡されたデルフィニウムをシノは胸にそっと押しつける。
「シノさんの着ているカッポウギとかいう服、とても似合ってます。その服装で毎日『おはよう』を言ってくれるシノさんの笑顔を見ると今日も頑張ろうって思うんです」
笑みを浮かべたシノの可憐な目から涙が一筋流れ落ちていた。
「あ、シノさん、何か悲しかった?」
そっと涙を拭ったシノの頬は薄く上気したように赤く、秀麗な笑顔のままレオンシュタインを見つめていた。
「レオンさま、シノは嬉しゅうございます。この青いデルフィニウムの花言葉はご存じですよね」
え? ……花言葉?
「青いデルフィニウムの花言葉は『あなたを幸せにします』です。つまり、これは求婚の約束です!! ああ、レオンさま。シノは信じていた甲斐がありました」
「シノさん、それ違うよ!」
慌てるレオンシュタインの腕にシノは両手でしがみつく。艶のある漆黒の髪の毛がレオンシュタインの肩にさらりとかかる。
「いいえ、違いません。シノはずっとレオンさまのお側に居ります」
そのままぎゅうっとレオンシュタインの腕を掴むシノの顔は、幸せの表情であふれている。その様子に気付いたティアナは、全速力で二人の元に走ってくる。
「二人とも、何やっってんのよ!!!!!!」
「契りの誓いですわ。レオンさまが私を可愛いと言ってくださった後、求婚してくださったのです」
「はあ? レオン! あんた、この非常時に何やってんのよ!!」
「いや、シノさんの誤解だから」
「ええ? レオンさま……シノは悲しうございます……」
いつもの光景が緊張感なく、繰り広げられていた。ただ、それを眺めていた村のメンバーは逆に緊張が解けたように笑顔になるのだった。
§
それから3日後、ヨシアス卿が旅立つ日となり、馬上でヨシアス卿は晴れ晴れとした顔になった。
「レオン、いろいろあったが、これからもよろしく頼む」
「ヨシアスさま、これからはご自分の夢に向かって」
「ああ」
下から見上げるレオンシュタインも笑顔になる。そのやりとりにシノが割り込んでいく。
「ヨシアスさま、くれぐれもこの前に話したことをお願いしますね」
「わ、わかっている。で、では、さらばだ!」
引きつった笑顔のまま、ヨシアスは供の者と一緒に村を去って行った。
「主。何だか、嵐がやってきてすぐに去って行くみたいだな」
イルマの言葉にレオンシュタインは苦笑するしかない。
「ま、まあ、そう言わないで。いろいろ分かったこともあったし」
レオンシュタインが取りなして、この騒動には終止符がつけられるのだった。




