第161話 川を利用せよ
王国歴164年8月8日 午前11時 ジーナの家の中にて――
みんなをテーブルに手招きしたジーナは、テーブル上に縦横1mはありそうなユラニア大陸の地図を広げる。
「村の北側にフェルトベルク山がそびえ、その中腹に川の源泉があります。そこから川が下流に流れていきます。北側へ流れるのはリベ川、南側へ流れるのがバルノー川です。リベ川はシュトラントの首都を通り、さらにコムニッツ公爵領、王都へと続いています」
その川の源流からコムニッツ公爵領までをゆっくりと指でなぞっていく。
「この川を物資運搬に利用するのです。高いところから低いところへいくのに動力はかかりません。馬で運ぶよりも安価に大量の荷物を運ぶことができます。しかも、人の輸送も可能なため、旅行も気軽にできますよ」
船造りをする者として、その発想は当たり前なのだろう。けれどもレオンシュタインたちにとっては、輸送と言えば馬車しか考えていなかったため、この瞬間、思考の幅が大きく広がった。
「下りは分かった。でも、上流には行けないんじゃないか?」
レオンシュタインは素朴な疑問を述べ、周りにいたレネやフリッツも頭を縦に振っている。その様子を見ていた妹のレベッカが話し合いに参戦する。
「そんなの簡単です。櫂や帆を使ったり、人や馬が引くんです。川が急じゃなかったら、ある程度の所まで行けます。そこに、荷下ろしや積み込みの出来る船着き場をつくればいいのです」
レネはその素晴らしさを十分に理解できた。
「分かりました。では、まず交渉がいらない南側のバルノー川でやってみましょう。どこに何を造ればいいか指示してください」
レネの問いかけにジーナは、地図に図を書き込み始める。
「バルノー川上流で船が移動できる限界のところに船着き場と造船所をつくります。そこなら、すぐに船を浮かべることができます。あと1つは川の下流。なるべく村に物資を運びやすい広場の横辺りがよいと思われます」
ジーナは、すでにこの構想を実現すべく船着き場の位置などを考えていたらしい。造るだけではなく運用まで考える希有な人材といえる。
レネは即断した。
「早速、取りかかりましょう。ディーヴァさん、人を回してもらっていいですか?」
「俺が直々に指揮をとろう。船着き場なんてつくるのは初めてだしな」
目を輝かせながら、ディーヴァはジーナにその特徴を聞いて図面を起こし始める。まわりのみんなは邪魔にならないように、そっと二人の家を出るのだった。
§
ジーナ姉妹が船づくりに取り組んでいる間に、もう一つ解決しておかなければならないことがあった。それは、シュトラント伯爵領のどこかに船着き場をつくらないといけないという問題だ。シュトラント伯爵領を中継地にして、食料や荷下ろしを行いたい。今は8月で、村の発展を考えるなら貿易を積極的に進める必要がある。
けれどもシュトラント伯爵のマヌエル卿、エッシェベルク子爵のマインラート卿はレオンシュタインによい感情をもっていない。今のままでは船着き場の許可など下りそうもない。
すると会議の冒頭でフリッツが1つの提案をする。
「ヴァルデック子爵ヨシアスさまにお願いするのはどうでしょう?」
ヨシアスはレオンシュタインの従兄弟にあたり、シュトラントの南側に隣接するヴァルデック領を統治している。が、お世辞にも辺境の領主として有能とはいえない。
ただレオンシュタインは小さい頃から、この従兄弟には何かとお世話になってきた。唯一、偏見なくレオンシュタインに接してくれたのは、この従兄弟だけだった。そのため領地を通過する時に手紙を書いたのだが、なしのつぶてである。ずぼらな従兄弟らしい。
そんな従兄弟には2つの悪癖があった。1つは女癖が悪いこと、もう1つは金遣いが荒いことだった。特に2つ目の金遣いは役に立たないことに大金をつぎ込み、危うく子爵領を没収されかかったこともある。
「ヨシアスさまですか……」
めずらしくレオンシュタインが言い澱んでいる。悪い人ではないのだが……。議論が煮詰まってきたため、フリッツは休憩を提案する。村長宅を出て外の空気を吸ったり、部屋の中でハーブティーを楽しんだりして、みんなは英気を養っている。
外に出ていたレオンシュタインは、フリッツからきっぱりと提案される。
「ヨシアス殿しか、今のところ突破口はないように思います」
街頭に植えられているヒマワリを眺めながら、レオンシュタインはその可能性に思いを巡らす。
(ヨシアス殿は基本的に悪い人ではない。そこは信じないと)
会議に戻ると、レオンシュタインは開口一番、ヨシアス卿に会いに行くことを伝達した。他のみんなも納得し、その日の会議は終了した。
ところが翌日、思いもかけないことが起こってしまったのだった。




