第160話 姉妹は船大工
500人の若者の加入は、クリッペン村の発展を大幅に加速させた。仕事の割り当て会議では若者たち一人一人と面接し、希望を丁寧に聞き取った。オイゲンの水道工事関連に100名、ルカスの農業関連に100名、ディーヴァの建築関連に100名、サラの鉱山開発に100名が割り当てられる。
王国歴164年8月8日、村長室でのことである。
農業をやりたいという若者がたくさん来ていることにルカスは喜びを隠せない。
「どんどん耕しますよ!!」
ディーヴァも嬉しそうに髭をひねる。
「工事を請け負う若者が増えたってことだな」
今まで少ない人数でやりくりしていたものが、働く人が増えどんどん建物を建てられるようになった。
「まずは俺の組に入ってもらい、自分が向いている仕事を探してもらう。大工だけだと仕事がなくなると困るからな。それ以外にも、水路工事、港湾工事、船づくり、いろんな『つくる』に取り組ませたいな」
「船づくり?」
レオンシュタインは初めて聞く言葉に首をひねる。
「ああ、そうか。レオンはあの姉妹のことを知らないんだな。ちょうどいいや、こいよ」
そういうとディーヴァはレオンシュタインを連れて、郊外に向けて歩き始めた。
「ずいぶん建物が増えたね」
しばらく見ないうちに建物が多くなり、お店が賑わっている様子をレオンシュタインが感慨深げに眺めている。
「おうよ、弟子たちも大分手際が良くなってなあ。それに町をつくっているっていう感じが気持ちいいらしいんだ。それに、つくったそばから売れるしな」
「そんなに?」
「おうよ。だいたい1日一軒のペースかな」
ディーヴァは目を細めて建物を見つめる。村に来た頃は村長宅と他に何件かの建物が見えるだけだったのに、今では市場の喧噪がかまびすしい。
「町にありがちな『し尿』の匂いがしないねえ」
「そりゃあ、オイゲンのおかげさ。あいつの下水道が完成しただろ。それからというもの町は花や海の匂いに包まれてるよ」
ディーヴァはすぐに道の横に設置されている下水道を指差す。彼が教えてくれた場所には、石の板が長く真っ直ぐに敷設されていた。その下に下水道が通っているらしい。
「オイゲンさん、すごいね」
「おう。いろんなところから仕事が舞い込んでるらしいぜ。まあ、この村を優先するって、片っ端から断ってるって話だ。今日もアレックを連れて、農業用の灌漑水路を造ってるらしいぜ。凄え奴だよ、オイゲンは」
「喪男同盟の活躍が凄いですよ」
ローマの水道を現代によみがえらせるとは、天才の仲間に違いない。
「じゃあ、次はディーヴァの公園の番じゃない?」
「ああ、建物が一段落したら、みんなのど肝を抜いてやるぜ!」
「きっと凄い景色になるんでしょうね」
ディーヴァとの会話を楽しみながら、中心から大分離れたところまで歩いてきた。そこには周りを木々で囲まれた小さな丸太小屋があった。扉の前まで進んだディーヴァは、
「おうい、ジーナ、レベッカ! 村長を連れてきたぞ!」
大声で扉をノックする。中から二人の女性の声がして扉がそっと開けられる。
「ディーヴァさん、ノックは静かにって言ったでしょ!」
顔を出したのはダークブロンドでショートヘアの活発そうな女性だった。レオンシュタインが挨拶をすると、すぐに部屋の中へ招き入れられる。中央には大きな作業テーブルが置かれ、そこに図面が何枚も置かれている。
周りを見渡しても目に入るのはクローゼットくらいで、となりの部屋にはキッチン、奥にはトイレ、階段の上にもう一部屋とコンパクトな作りの家だった。
「村長さん、初めまして。私が姉のジーナです。こちらは妹のレベッカです」
作業テーブルの横に立つ姉と妹は双子だった。年の頃はイルマと同じくらいか20歳を少し超えたくらいで、髪型はほとんど同じだったが妹のレベッカは少し長めの髪にしている。鼻が高く、睫も長い、美人姉妹だった。妹のジーナは台所に戻ると、カモミールティーを入れて、全員が座るテーブルに置いていく。
レオンシュタインの挨拶もそこそこに二人は船のことについて話し始める。
「私たちは船が好きで、いつかは自分たちでつくりたいと思っていました。でも女性だからという理由で、造船所で働くことはできませんでしたし設計も教えてもらえませんでした」
姉のジーナに続けて、妹のレベッカも悲しそうに話を続ける。
「引退した船大工に大金を払って頼み込んで、ようやく設計図の書き方や作り方を教えてもらいました。でも、それまで働いて貯めたお金がなくなって……。だから私たち、実際につくったことはないんです」
レベッカは少し早口で伝え、カモミールティーをごくりと飲み込んだ。
「なるほど。たくさん苦労されたんですね」
レベッカは手を目の前に組みながらも、唇を噛んでいる。実際、どの場所でも断られ続けてきた経験から、いくらディーヴァに大丈夫と言われても緊張は隠せなかったようだ。お前たちに船づくりなんてできないよ、女性のつくった船なんて危なくて乗れないよ、という馬鹿にした言葉が二人の脳裏に蘇る。
「で、いつから船をつくります?」
「えっ?」
目を輝かせてレオンシュタインは二人に尋ねていた。予想もしていない問いかけに二人は動揺し、ディーヴァが察して二人の代弁をする。
「レオン、二人は船をつくった経験がないんだ。それでも、やっていいのかって思ってるらしいぞ」
「村には他につくれる人がいないんですよ? すぐにでも取り組んでください」
ディーヴァと姉妹を交互に見ながら、レオンシュタインは肩をすくめて笑っていた。
「で、でも、失敗するかも……」
「失敗という言葉は使わないでいきましょう。チャレンジ? それとも成功に至るためのステップ……とか」
全く気にしていない様子から、二人はレオンが穂pんきであることが分かり徐々に涙ぐんでいく。
「あ、ありがとうございます。村長、いい船をつくります」
「うん、楽しみにしてる」
入り口の扉がノックされ、ジーナが扉を開けるとレネとフリッツがりんごの籠を持参しながら部屋に入ってくる。二人は会話の中身を察したらしく、作業台の設計図を見ながらレオンシュタインに確認する。
「レオン殿、二人に船をつくってもらいますか?」
「もちろん」
即答するレオンシュタインに二人は肩を叩きながら笑ってしまう。
「さすが村長です。では、早速予算をつけましょう。あ、レベッカさん、これルカスさんの畑からとれたりんごだって」
「ありがとうございます。私、このりんご、大好きです!」
「ルカスに言ってやってよ。喜んでいっぱいくれると思うよ」
笑顔のままレベッカはキッチンにりんごを持っていく。
「じゃあ作業小屋をつくらないとな。で、どこにつくるんだ?」
「実は、……峠の川のそばがいいんですけど……」
ジーナはおずおずと答えていた。全員の耳目が集中する。
「詳しく話してくれる?」
その理由をレネが聞きたがった。




