第158話 シノの攻撃
王国歴164年8月3日 午後6時 シキシマ国の宿屋にて――
翌日、レオンシュタイン一行の酒が抜けたのは夕方近くになってからだった。セイシュとかいう発酵酒は、飲みやすいけれども酔いが回りやすい。ベッドに入ったのもよく覚えていない。ベッドから起き上がろうとするレオンシュタインだが両手が動かない。慌てて手を見ると、そこにはティアナとイルマが半裸で寝息を立てている。
(何か最近、こういうの多いな……)
裸のトラブルに慣れ始めたレオンシュタインは、冷静に両腕の二人を眺めてぼんやりする。レオンシュタインが動き始めたため二人も同時に目を覚ます。
「レオン! おはよう!」
「主、昨日はかなり飲んでいたけど大丈夫か?」
話しながら二人が距離を詰めてきて顔が近い。ティアナにいたっては魔法で仮面を消している。しかも半裸である二人を見てレオンシュタインは動揺して顔を背ける。
「レオン! 1つ聞きたいことがあるんだけど、あのシノって女は何なの?」
「主、結婚したというのは本当か?」
二人は怒ったような泣いているような複雑な表情だ。誤解を解いておこうとレオンシュタインは二人をベッドに座らせ、自分はさりげなく離れた椅子に座り直した。
「あのね、シノさんとは結婚なんてしてない! シノさんは只の案内役だよ!」
少し明るい表情になった二人だが完全には納得していない。なぜならフラプティンナ姫やハルパのような前科があるからだ。あの傾国の二人を無自覚に引きつけ、それに気付かないレオンシュタインの鈍感さには要注意なのだ。
「じゃあ、シノさんと何にもなかったの?」
「何だよ、何にもって。そんなのあるわけ……」
「ございました!」
そこにシノが突然入ってくる。半裸の二人を見たシノはキモノの袖で口を隠す。
「シキシマ国では、殿方の寝床にしのんでいくなんて、はしたないと教わっているものですから。目のやり場に困りますわ」
悠然と相手を口撃し、タタミの上に背筋を伸ばして正座する。
「一緒にお風呂に浸かったとき、レオンさまは私の両頬に優しく触れ『こんな素敵な笑顔の人に側にいてもらいたい』と告白されたのです。私は『ずっと、お側におります』と申し上げました。とても、素敵な時間でした」
さりげなく嘘を挟みながら、顔を赤らめてレオンシュタインを見つめる。
「一緒に風呂!?」
ティアナの言葉にレオンシュタインは真っ青になる。
「それは……シノさんが後から勝手に入ってきて」
ティアナの周りの空気が急激に乾いてくる。
「ねえ、レオン。あんた、シノさんの両頬に触れて告白したの?」
「いや、告白じゃない」
「正直にね……」
するとシノが大仰に悲しみの態度を示す。
「確かにレオンさまはおっしゃいました! レオンさま、忘れてしまったのですか?」
両手を口の前で合わせ、悲しそうな目で訴えてくる。レオンシュタインは冷静になって考える。確かに、結果としてそのような行為になってしまったけれど、……何でそんなことをしたのだろう?
「あ、あの、ティア……」
ティアナはずっとレオンシュタインを睨んでいる。
「……言いました。でも、聞いて!」
その瞬間、ティアナはニコっと笑顔になり、レオンシュタインに近づくと彼の両肩に手を置いた。
「この浮気者!!」
電撃でガラス窓が吹っ飛び、レオンシュタインはそのままベッドに倒れ込んでしまったのだった。
「レオンの馬鹿!!」
「主……。酷すぎるよ……」
シノを引っ張りながら、二人は憤然と部屋を出て行くのだった。
§
次の日の昼にレオンシュタインは目を覚ますと、側には誰もいなかった。少しだけ寂しさを感じながら食堂に下りていく。そこにはレネとバルバトラスがコーヒーを片手に、椅子に腰掛けながら談笑していた。
「おはようございます」
レオンシュタインの挨拶に、二人はニヤッと含み笑いをする。
「兄ちゃん、あんまり嬢ちゃんたちを悲しません方がいいぞ!」
「レオンシュタイン殿は、一途かと思っていましたがなかなか……」
何とも答えようもなくレオンシュタインは窓際に所在なさげに立っていた。ティアナたちに悲しい思いをさせたのかと、さすがに自分の行動を反省する。気を取り直して若者たちの村への移住について確認すると、昨日のうちにレネとマサムネが大まかな計画を詰めていたと教えてくれる。
すでにクリッペン村に早馬をとばしたとのこと。
「500人程度を受け入れる準備はすでにしてあります。フリッツが早く人数を知ることで様々な手配ができますよ」
出発も明日の昼と決まった。
「最終的なことはマサムネ殿と話しておきますのでご安心を」
その後は自由行動となった。その日はなぜか、ティアナ、イルマだけでなく、シノまで姿を現さなかった。一人で散策に出かける気にもなれないレオンシュタインは、バイオリンの練習をずっと続けるのだった。
§
翌日の昼、約束の広場に集まった500人にレネが出発を宣言する。周囲は希望に満ちた顔つきの若者達で溢れていた。
「村に来る方の住宅に関しては、1年間の期限を設け、村が責任をもって提供します。また、村への移住手当として、一人につき銀貨200枚(約200万円)を支給します」
若者達から大きな歓声が上がる。銀貨200枚といえば、やりくりすれば1年以上も暮らせる金額だ。人へのお金はケチらないと、レネはずっとレオンシュタインに話していた。
「人への投資は、何倍にもなって返って参ります。まして、彼らはクリッペン村でお金を使うのです。景気対策にもなります」
朝のレネの言葉が蘇ってくる。一息ついたレネは、さらに決定事項を読み上げる。
「相互に出張所を設け、常に連絡を取り合える体制を作り上げることで合意しました。また、農業指導者を派遣し、シキシマ国の農地改善も進めていきます」
その後、すぐに出発の準備が始まる。それを誇らしげに眺めていたマサムネは、若者たちに最後の言葉を述べる。
「我が民族に神の加護がありますように」
マサムネが言祝ぎを述べ、馬車が次々と出発する。こうして、まず500人の若者がクリッペン村にやってきたのだった。




