第157話 演奏会だと思っていたら〇〇だったでござる
王国歴164年8月2日 午後9時 シキシマ国の行政府 宴会の間にて――
「それではシキシマ国とクリッペン村の友好を記念して、私とレオン様の合奏を披露したいと思います」
シノは篠笛を取り出し、レオンシュタインは後ろに置いていたケースからバイオリンを取り出す。先ほどのレオンシュタインとマサムネの共同宣言によって、会場の祝賀ムードがいやが上にも高まっていた。
少し音合わせをしながら、シノはレオンシュタインに昨日の曲を演奏しないかと提案する。レオンシュタインに否はない。会場は徐々に静けさが広がり、レオンシュタインとシノは会場の中央に陣取り多くの観客に一礼をする。
次の瞬間、顔を見合わせて「はっ!」というシノの合図とともに演奏が始まる。
「こ、これは……『悠久』」
マサムネが思わず呟く。昨夜よりも、さらに流麗な音が響いていく。シノの表情が一際明るく、曲調にもそれが移っているかのようだ。祝いの曲がさらに華やかになり、祝賀の雰囲気を盛り上げている。
時折、レオンシュタインと目を合わせるのだが、そのたびにシノの笑顔が光り輝いて見える。周りの若いサムライたちは、その笑顔に魅了されシノから目を離せない。こんなに美しい人だったか? という疑問がサムライたちに広がっていた。
気がつけば演奏は終わりに近づき、会場の人々はその演奏の醸し出す幸せのしらべに、思わず笑みをこぼす。シキシマ国でこのような合奏は初めてで、会場にいる人たちはバイオリンの音色の素晴らしさに感動するのだった。
終わった瞬間、会場が大きな拍手で包まれる。笑顔のままシノは嬉しそうにレオンシュタインを見つめている。ただ、それを見ていたティアナとイルマはモヤモヤとした感情を隠せない。
(何なの、あの女? 「私たち結婚しました」みたいな雰囲気、出してなかった?)
ところが、そこで思いがけないことが起こる。
その場にいたサムライが一斉にタタミに胡座をかき、両手を突いたのだ。そして、声を合わせ、
「ご結婚、おめでとうございます」
と頭を下げたのだ。
「はあ?」
何が起こったのか分からないレオンシュタインは、マサムネに事の次第を尋ねることにした。けれども、そのマサムネはシノの方へゆっくりと歩み寄っていた。
「……シノ。『悠久』を演奏したなら、儂もとやかく言わない。レオンシュタイン殿と幾久しく、仲むつまじく過ごすように」
「はい、父上」
いやいやいやいや、「はい父上」じゃないですよね?
混乱しながらレオンシュタインはマサムネに理由を問いただしていた。
「マサムネ殿、どうして私とシノさんが結婚となるのですか?」
「シキシマ国では、結婚する若者たちは事前に『悠久』を演奏し、披露するのが習わしなのです。素晴らしい演奏でした」
嵌められた……。昨日からシノは、そのつもりだったのか? 疑惑の目をシノに向けると、慌てて目をそらし口に手を当て微笑んでいる。策士だよ……。恐る恐る後ろを見ると、壁に掛けてあるハンニャ面と同じの雰囲気の女性二人がレオンシュタインを見つめていた。
慌てて前に向き直ると、そこでは父娘の別れの場面が展開されていた。
「シノ、お前には辛く当たってしまったこともある。それでも、お前の幸せを願っていたのは本当だ」
「父上……」
ちょ! 二人とも何、涙なんか流してるんすか? まわりの盛り上がりもどんどんエスカレートしている。
「おい、祝いの舞を披露だ!」
「待って! 待ってください!!」
「何ですか? 婿殿」
婿殿呼び、確定しちゃってますよ。どうしたらよいのか分からず、レオンシュタインは真っ青になって、その場に座り込む。心配したシノはレオンシュタインの肩に手を掛けていた。
「レオンさま、大丈夫ですか?」
珍しく黙ったままレオンシュタインは怒りを露わにしていた。シノは顔を伏せて眉をひそめる。
「……やっぱり、シノのことはお嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないです。ただ、急に物事が決まってしまったから……」
その場に土下座したシノは頭をタタミにつけながら必死に訴える。
「強引にことを運んだのは心から謝罪いたします。ただ、レオンさま。私はもう行くところがないのです」
姫巫女としても求められず、父親に姉ほど求められず、シキシマ国ではシノが輝ける場所がないのは察してあまりある。先ほどの合奏は決別の意味が込められていたのか。苦い表情のまま考えを巡らしたレオンシュタインは一つの結論に至る。
「とりあえずこの場は流れのままいきましょう。でも、正式な結婚ではないということで」
「分かりました」
けれども、そんなことが可能だろうか? レオンシュタインは何だか騙されているような気がしたが、一度できた流れは誰にも止められなかった。
「おい! 婿殿に酒だ! みんな祝いの杯をもて」
「おう!」
会場の中央に毛氈が敷かれ、多くのサムライがそこに座り込んでいる。その目の前で、扇を持った二人の舞人による祝いの舞まで始まっている。篠笛や太鼓の音が、その場を一際、賑やかなものにしていた。
「千年経ったら鶴の舞、万年経ったら亀の舞~」
「よう、よう~」
サムライたちが杯を叩いて大声で歌い、扇をひらひらと回した舞人が祝いの舞を披露する。杯が交わされ、あちこちで拍手が鳴り響き、人々の声はますます大きくなる。そのまま深夜まで、主役が預かり知らない祝いの宴が開催されたのだった。




