第156話 MVPはマグロ組
王国歴164年8月2日 午後7時 シキシマ国の行政府 迎賓館にて――
翌日の夜、レオンシュタイン一行は迎賓館に招待され、案内された席についていた。やや古ぼけてはいるもののシキシマ国の工芸品である螺鈿のテーブルは華やかで手をつくのが勿体ないくらい華やかだった。
事前に会話や交渉が一切無くレネは困惑の表情を崩そうとしない。
席の向こう側に座っているシキシマの重鎮勢は表情が一様に渋く、頼りのシノはその後ろで控えておりレオンシュタインから視線を逸らしている。心なしか頬が赤い。
「レオンシュタイン殿、まずは仲間を丁重に葬ってくれたことに感謝申し上げる。私は、シキシマ国の長を務めているマサムネと申す」
中でも一際オーラを放つ壮年の男性が重々しい声で答える。シキシマ風の名前にあまり馴染みがない一行は、名前を記憶することに余念がない。
「私たちはカゲツナから申し出のあった貴殿の村との交流は行わない」
「なぜですか?」
「私たちは差別されてきた民族だ。それが簡単になくなるはずもない。同胞を悲しい目に合わせたくないんでな」
レオンシュタインを見据えながら、マサムネは冷え切った表情で言葉を発する。カゲツナはその様子を苦り切った顔で見つめていた。するとレオンシュタインは手を挙げて、発言の許可を求める。
「マサムネさま、私はゴート族が他の民族にどのような災いをもたらしたのかわかりません。ただ、この1週間、暮らしてみて全く同じだなと思いました」
「同じ……とは?」
首を傾げたレオンシュタインは、素直に感じたことを述べ始める。
「考え方が違うわけでもない、食べるものが違うわけではない。笑って、怒って、泣いて……。クリッペン村にいる人と同じです。違うのは髪が黒い人が多いことくらいですかね」
シノに手を向けながら、レオンシュタインは話し続ける。
「女の人だってそうです。昔は魔女って言われてましたけど、どこが魔女なんですか? 案内をしたシノさんは親切で優しく、とても美しい女性でした。シュトラント中を探してもシノさんより美しい方は稀です」
真顔で話すレオンシュタインを見たシノはそっと俯き、昨日のことを思い出したのか頬を紅に染めてしまう。ティアナとイルマは、お前またやったのか? という目つきでレオンシュタインを睨み付ける。
「差別される何ものもありません。どうでしょう? 興味のある方は私と一緒に町をつくっていただけませんか? 賃金もはずみます! そこは、みんなが笑って暮らせる町になるはずなんです。この大陸に住む全ての人が!」
あまりにも大きく、しかも甘すぎる話にマサムネは鼻で笑ってしまう。その苦笑を無理矢理抑え、若造がという雰囲気でマサムネは語気を強める。
「みんなが笑って暮らせる町? 世迷い言だな」
「どうしてですか?」
「我々は呪われた民族として、どの国にも受け入れてもらえなかった。結局、誰も住まないこの土地で、ずっと貧しい暮らしをしている。交易もろくにしてもらえず産業も発展しなかった」
苦い表情で語るマサムネの声に周囲の重臣たちもみな一様に頷いていた。レオンシュタインは優しい瞳でその話を聞く。
「ずっと、このままだ。我々の国は」
両腕を組んだマサムネは諦めたように言葉を吐き捨てた。レオンシュタインはその言葉を受け入れつつ、1つの提案をすることにした。立ち上がり、机に両手をついて、その場にいる全ての人に向かって語りかける。
「ひどい差別だったと思います。でも、私にはあなたたちの力が必要なんです」
「必要?」
意表をついたレオンシュタインの申し出にマサムネは戸惑い、まわりの重臣たちも真意をはかりかねていた。けれども周りで聞いていた若者たちは熱心にレオンシュタインの話に聞き入っていた。
「家を建てるのに、道路を作るのに、目の色も髪の色も関係ない。必要なのは、貴方の手なんですよ。どうか、この手を握ってもらえませんか?」
レオンシュタインの声はその場を圧倒し、さらに強い声でその場にいる全員にお願いをする。
「差別を、貧困を、未来に引き継いでいくつもりですか? 確かに重なる恨みは深く、悲しく、そして忘れられないでしょう。でも、いつかは変えないといけないのではないですか?」
「知った風なことを言うな!! 呪われた民として教会から差別されている我が一族が、受け入れられるはずがない!!」
「それはそうでしょう……」
「何?」
レオンシュタインは一旦、そこで息を吸い込んだ。
「そのような酷い差別をいっぺんになくそうとするのが間違いです。だから、まず、私たちの村人と仲良くするんです。まず10人、次に100人、そして1000人……。それを少しずつ広げていけば、きっと10年、20年……。その先に、いつかはきっとわかり合えると私は信じます」
「……ば、馬鹿なことを」
「マサムネさま。あなたは貴方の恨みを、子どもたちへ伝えていくおつもりですか?」
マサムネはギシリとフジで編み込んだイスに腰を下ろしていた。広場中にその音が、妙に大きく響く。
「どうか、この手を握っていただけませんか? 誰でも幸せになれる町を、……未来を共に作ってもらえませんか?」
レオンシュタインがマサムネに向かって手を差し伸べている。その場の全員が静まり返っていた。その願いや思いを噛みしめようとする雰囲気が静かに広がっていった。
その時、音も立てずにレオンシュタインに近づいて、その手を握った人が現れた。
「私はレオンさまと一緒に参ります」
シノは迷わずに宣言した。片手でレオンシュタインの手を握りしめながら、もう片方の手を座っている膳に向けて伸ばしていた。背筋を伸ばし、凛とした態度で話し始める。
「私はもう下を向いて暮らしたくない! 出来損ないの姫巫女なんかじゃない! 変わりたい!! そう、自分を、未来を、変えたいんです。毎日を笑顔で過ごしたい……。みなさん、それに向かって挑戦するのに何のためらいがあるんですか?」
話しているうちにシノの瞳から涙がこぼれてしまう。今までの悲しい自分を乗り越えようとする固い決意がそこに表れていた。
「みんな、聞いてくれ!」
サムライのヤスハルが後ろから手を上げ、立ち上がる。
「俺、昔からものを作るのが好きだったけどサムライだからとその気持ちを誤魔化してた。毎日、自分の願いを忘れたふりをして暮らしてた。サムライだからって……でも、それって何かが間違ってるよな!」
ヤスハルは腰の刀を無意識に畳の上に置く。
「この前クリッペン村で大工の見習いになって、仲間と家を作ったんだ。それが、めちゃくちゃ楽しくてさあ。俺、人を殺すより、人の住む場所を作る方が好きだって……分かったんだ」
その時のことを思いだし右拳をぎっと握りしめる。
「命をかけなくても仲間ができたし、金も稼げた。仲間たちはマグロ組の奴らなんだけど、俺がゴート族でも全く気にしないんだ。ヤスハル、お前、上手だな! ヤスハル、飯食いに行こうって……」
少しだけヤスハルは涙ぐむ。
「俺、毎日笑ってた。マグロ組のみんなが、めちゃくちゃ笑ってるから、俺もそうなったんだ。3日間だけど……本当に、楽しかった。自分が本当にやりたいことができたんだ!」
「俺、サムライは尊敬してるけど命のやりとりをするのは嫌だった。でも、それで食べていくしかできなかった。でも、あの村で自由に生きて、自分の好きなことをして生きたい!」
「だから俺はレオンシュタインさんの村に行く! あの村で、俺の未来や子どもたちの未来をつくるんだ!」
きっぱりとヤスハルは宣言した。
「私もお供させてください」
その場で聞いていた若者たちが次々と、その場に立ち上がった。
「レオンシュタイン殿、俺でも幸せに暮らせますか?」
近くにいた若者がレオンシュタインに近づいてくる。レオンシュタインはその手を固く握り締めて、力強く宣言する。
「絶対にできる。君が幸せになれないなら、誰が幸せになるっていうの?」
そして、笑顔のままマサムネや重臣たちへ振り返っていた。
「今、素晴らしい隣人ができました。これも、やっぱり幸せってやつですよね」
マサムネは目の前で起こっている光景を眺め、小さな笑みを浮かべる。
「どうやら……若者は未来を見つめているようだ。老体がそれを妨げては申し訳ない」
そう話すとマサムネはレオンシュタインに近づき、手を差し出していた。
「レオンシュタイン殿、どうか一緒に町づくりをさせてください」
「はい! 喜んで!」
固い握手をしながらマサムネは宣言する。その周りを取り囲むサムライたちは驚きの表情と、そして希望に満ちた目で二人を見つめていた。
「ゴート族はレオンシュタイン殿の町づくりに協力する。さしあたって希望者を選抜し、村に派遣することとする」
「はっ」
そう宣言がなされ、ゴート族がレオンシュタインの町作りに協力することが決定した。
これは、それこそ歴史を変えるような大事件だったのだが、その場にいた誰もが、そのことに気がつかないのだった。




