第144話 建設ラッシュ!
王国歴163年7月12日 午前9時 クリッペン村の村長室にて――
(圧倒的な演奏……。叙情的な演奏だけではなく哀愁と躍動が混じり合う曲まで弾きこなすとは)
レオンシュタインの演奏を聴きながら、ヴィフトはクリッペン村まで来たことに感謝していた。本来であれば自分の部下に任せる仕事なのだが、レオンシュタインの大ファンを自認するヴィフトにとって、ここまでの船旅は全く苦にならなかった。
(『チャールダーシュ』という曲を聴けただけでもおつりがくる。何という素晴らしい時間!)
同時に近くで聴いていたディーヴァも心が浮き立つのを抑えられない。隣のバルバトラスと肩を組み、思い切り声を出してレオンシュタインを応援する。
「ホー!」
「ヤーハー!!!」
大きな拍手と共に演奏が終了し一礼をしたレオンシュタインを見つめていたレネは、彼の周りに巨大な大劇場が見えるような錯覚に陥る。
(気のせい……)
何度も目を擦ってしまうレネの脇を肘でつついてしまうフリッツだった。演奏が終わるとヴィフトはすぐにカッター船の待つ海岸に急ぎ、挨拶もそこそこに外洋船まで戻っていく。出発の時刻を大分過ぎていたと村に残る3人から教えてもらった。
「ヴィフト卿には珍しいことですよ。よほどレオンシュタイン殿のバイオリンを聴きたかったのでしょうね」
見送っている村のみんなに笑顔が浮かぶのだった。
§
その日からグブズムンドル帝国からの融資を使って何をするのかひたすら話し合う。すぐに動いたのは大工のディーヴァだった。朝にレオンシュタインの家に来て朝食をともにしながら、早速家を建てようとレネとフリッツに必死に訴える。
「もちろんです。それをディーヴァさんにお願いしようと呼んだんです」
「任せてもらおうか。好きに建てていいんだろ」
ニヤニヤしながらディーヴァが答える。
「なるべく安くできますか」
そう願うレネをディーヴァはキッとした目を向ける。
「あんた、それ本気で言ってんのか? いいものは高いんだよ。安いものはそれなりだ。それでいいのか?」
「いえ、いいものを作って欲しいと思います。ただ村には金がないのです」
「ふむ」
相手の目を見つめながら、レネは静かに答える。そこにレオンシュタインが口を挟む。
「森の木を使ったらどうだろう? 丸太小屋だったら、材料費がかなり押さえられそうだよ」
そうくるかという顔でディーヴァはレオンシュタインに笑いかける。
「ま、それならいいさ。喪男同盟の仲間に言われたんじゃ、やるしかないよな」
レオンシュタインもディーヴァにいい仕事をしてもらいたい。
「ただ今回の家は、前に見せてもらったスケッチの建物以外でお願いします」
「おう」
「あの建物は公園の近くに作ることを考えています。今まで見たこともないようなディーヴァの公園の周りにね」
レオンシュタインは片目をつむりディーヴァは照れくさそうに目を伏せる。
「必ずスケッチを実現させましょう! その手伝いをするのが喪男同盟ですよ」
そう言うとレオンシュタインは目の前に親指を立てる。
「喪!」
「喪!」
合図を返しながらディーヴァは声が大きくなる。
「俺はよ、今まで自分の公園を作ることを諦めてた。家だって作れなかった。目が見えなかったからな。でもレオンと会って何かが前に進んだんだよなあ」
照れをニヤニヤで隠しながらディーヴァは話を続ける。
「今もよ。金もらって建物を作れるなんて本当は夢みたいなんだよ。夢じゃねえよな?」
「はい。現実です」
「そっか! そっか! じゃあ、すぐに準備するわ。腕のいい若い者を5人手配してくれ」
そういって部屋を出て行った翌朝、ディーヴァは早速建てる家の設計図を持ってきた。外見は普通の丸太小屋とあまり変わりがないが、内側に暮らしやすい機能を揃えた家だった。
「これは段差がない家なんだ。これだと足をぶつけることが少なくなるだろう」
一生懸命に説明する。
「俺、目が見えない頃、よく段差につまづくことが多かったんだよ。これなら大丈夫だ。これは歳をとった人だって暮らしやすい家なんだよ」
「で、これはおいくらで」
レネが確認する。
「手数料込みで一棟、小金貨25枚(約2500万円)だ。と、言いてえが、材料の丸太をただでもらえるから材料費は小金貨12枚。手伝いの若者に一人銀貨40枚で5人で合計小金貨2枚。自分の手数料が小金貨1枚(約100万円)。合計小金貨15枚(約1500万円)だ」
「親方の手数料が小金貨1枚でいいんですか?」
「いいよ。自分が有名になったらあげてもらうさ」
レオンシュタインは若者の賃金について思っていることを聞いてみた。
「1人の若者に銀貨40枚(約40万円)ですか?」
「何だ? 少ないってか?」
「逆です。相場よりかなり高いですね」
ディーヴァは両手をパンとならすと声に力を込める。
「だから、この村に居つくんじゃねえのか? 人手が欲しいんだろ?」
「はい」
「いい仕事をするためには、お金が必要だ。まして若者なら尚更だ。俺は自分の技術を若者に教えていきたいんだよ」
目が見えなくなる前はいい腕の大工だったと評判のディーヴァだったが、今はどうなのかわからない。一抹の不安を抱えるレネだがレオンシュタインだけは彼を信じていた。
§
実際、家が完成してみると建物の素晴らしさは誰の目にもはっきりと分かった。フラットな床、日差しが差し込む窓、窓を開けると気持ちの良い風が吹き込む部屋が、どの部屋にも備えられていた。
ディーヴァはレオンシュタインにさらに申し入れを行う。
「自分の仕事にはカーテンなどの内装業者が必要だ。そいつらに声をかけていいか?」
「もちろん」
「ガラスの職人も必要なんだがな」
「どうぞ、どうぞ」
ディーヴァに仕事を頼むことで村に次々と人が集まるようになった。また、ディーヴァはそういった業者に惜しみなくお金を支払った。確かにディーヴァが作る家は安くなかったけれど、それは彼を手伝う人々に豊かな暮らしをさせるための必要経費だった。
ディーヴァが3つの家を完成させるころ、クリッペン村では建築関連で50人もの人が住むようになっていた。
「あの村では稼げるらしいぞ!」
そういった噂が流れているらしく、新たに住人になる人が引きも切らなかった。人口が100人くらいの小さな村は3ヶ月たった頃には500人を超えていた。それは、やはりディーヴァの力が大きかった。
「ディーヴァ、ありがとう」
一度、レオンシュタインは礼を言ったことがある。
「何言ってんだ、水くせえな。いいんだよ」
恥ずかしそうに、はにかみながらディーヴァは答える。
「なあ、レオン。俺、今な。楽しくてしかたねえんだ」
笑顔のままレオンシュタインはディーヴァを見つめる。
「寝る前とか、ワクワクして眠れねえんだよ。ガキじゃあるめえし。でも……そうなんだ。明日、どんなふうに家を作るか考えると楽しくってしょうがねえ」
ディーヴァの顔は、いたずら坊主がそのまま大人になったような輝く笑顔だった。
「あ、レオン。実は俺の友達に水路作りの名人がいるんだが、オイゲンの手伝いをさせていいか?」
「もちろん。呼んでよ」
「よっしゃ。じゃあ、またな」
そうやって村には少しずつ家が建っていったのだった。




