第139話 リア充、滅すべし!
王国歴163年4月26日 午前11時 ヴァルデック領の街道にて―――
領境の町ウェンドローを過ぎヴァルデック子爵領に入る。ヴァルデック子爵領はユラニア大陸最南端の貴族領であり、それより南には小さな村が点在しているだけだ。領境の町モーリッツは近くをリベ川が流れ、木材の売買が盛んである。
領主のヴァルデック子爵ヨシアス卿は、幼い頃、シュトラント城に来ておりレオンシュタインをよく可愛がってくれた。そのことを懐かしく思うレオンシュタインだったが、一刻も早く領地に行きたいため手紙だけの挨拶に留めることにする。
(ヨシアスさま。どうか、お許しください。必ず挨拶に参りますので)
そう誓ったレオンシュタインではあったが、後日、全く思いがけない形で再会することになる。
§
領境の町モーリッツを過ぎて3日が立った。詳しい地図もないため、一行は南に向かって用心深く馬車を走らせていく。事前に購入した食料は6日分で、保存がきかない魚などを優先的に食べることにする。しばらくは焼き魚がレオンシュタインたちの食事をかざることになった。
レオンシュタイン一行は、警戒を緩めることなくクリッペン村を目指して馬を走らせる。
4日目、無情にも空には黒い雲が広がり始め、肌寒い風が9人の頬をなで始めた。馬車を停め、地面に降り立ったレネとフリッツはこの後の動きについて相談を始める。
「あと、どれくらいで村に着くかな?」
レネがフリッツに尋ねるが地図もないため答えようがない。そのためレネは誰かに先行してもらい、村を探してもらおうと考え始めていた。
「俺は離れない方がいいと思う。戦力を分散していいことはない」
フリッツの意見にゼビウスも賛同する。
「別に急ぐ必要もないだろう。坂も下りに変わっている。もうすぐだ」
「そうだなあ。クリッペン村は海沿いにあるとのこと。降りていけば、そのうち必ずつくさ。グハハハハ」
バルバトラスも身体を伸ばしながら豪快に答える。自分が必要以上に用心していたことにレネは苦笑いで答える。
「すまん。少し焦っていたようだな。雨に濡れる前にと思ったんだ」
レネは馬の手綱を結び直しながらフリッツに謝る。
「いいさ。この時期の雨は嫌だからな」
急速に春の暖かさが消え、冬が戻ったかのように肌寒さが増してくる。雨粒が大きくなってきたため、全員が外套を着込んでから出発する。馬の脚を心配して、さらにゆっくりな歩みとなる。
「車輪が埋まらないように気をつけろ!」
フリッツが大きな声を出しながら何度も注意を促す。雨は本降りになり足元の土が少しずつぬかるんでくる。馬も脚をとられがちになり、ついに人が歩く程度の速さになってしまった。
「レネ! みんな馬や馬車から降りて歩いた方がいいな」
「そうだな」
黄白色の土が水と一緒に足元を流れている。ティアナは空を見上げるが、どこにも晴れ間が見当たらず、それどころか、さらに激しい雨が叩きつけてきた。
「前が見えにくい! ティアナさん、光球をお願いできますか?」
「おけ!」
すぐに60cm程の光球が2つ馬車の前に現れ、ティアナは人間の歩みに合わせて光球をコントロールする。しばらく進んでみたものの雨が激しくなる一方のため、今夜は馬車の中で寝ることに決まった。レネは小さなパンとりんごを1つを全員に渡していく。
「今日は暖かいものが無理そうです。これを食べてくださいね」
レネの馬車ではレオンシュタイン、ティアナ、イルマ、ヤスミン、シャルロッティの5人が、フリッツの馬車ではフリッツ、レネ、バルバトラス、ゼビウスが眠る。イルマとヤスミンは交代で見張りをすることになった。
女性陣はりんごを囓りながら、海で魚を釣りたい、泳ぎたいなどの話題で盛り上がっていた。男性陣は、どうやって村の人口を増やすのかなどの話題で盛り上がっていた。どちらにも共通していたのは楽しそうな表情だ。
外套が濡れ、乾かしようもない中、干し草にシーツをかけてフカフカを楽しみながら話をする。みんな、昔のキャンプを思い出すのかテンションは高まる一方だった。
食事がすんでも雨の勢いは一向に収まらず、馬車の幌が雨で湿り、ぽつぽつと荷台の中にまで垂れ落ちてくるようになった。みんな雨を避けるように、思い思いの場所で荷台に背中を預け、脚を曲げながら身体を休める。
「ねえ、レオン。ここ、ここ」
ティアナは自分の膝を指差す。
「ここに頭を置けば足を伸ばして眠れるよ」
それを聞いていたシャルロッティは荷台の隅っこで突っ込みを入れる。
(こんな土砂降りの中、この人らイチャイチャし始めたで。何なん?)
「でも、ティアの膝が痛いんじゃ?」
「ううん、レオン。馬で疲れてるでしょ。私は大丈夫!」
「ティアこそ、ぼくの膝で寝るといいよ」
シャルロッティの苛立ちはMAXに達していた。
(何なん? 私がいるにも関わらずアナザーワールドを展開しとる!! 今、盗賊に襲われたら躊躇せずに盗賊の味方をする自信があるわあ。ここです! 盗賊さん、そいつらですって)
そんな物騒なことを考えながらシャルロッティは眠りにつく。荷台の中は静寂に包まれ、幌に打ち付ける雨の音だけがその場に響いていた。
次の日も雨は降り続いたが、昨日ほど激しくなく、時々、降り止むようになった。ただ、馬車は遅々として進まない。雨が降りしきる中、今日も荷台で夜を明かすことになった。昨日のこともあり、早々に寝ようとしたシャルロッティだったが、今日は別の人物が自分を苛立たせる。
イルマだ。
「主。今日は私の膝を使ってほしい」
抗議の声をティアナが上げようとするがイルマは聞く耳をもたない。
「あら? 昨日、誰かさんは堂々とやってましたね? あの雨の中」
二人に気付かれないようにシャルロッティは何度も頷く。昨日のことを持ち出されると、ティアナも抗議しようがなく暗黙の了解の雰囲気が荷台内に広がっていった。
「ちょ、イルマ。何で生膝?」
「主、遠慮しないで」
それを聞いていたシャルロッティは昨日に引き続き、荷台の隅っこで突っ込みを入れ始める。
(この人らイチャイチャしないと死ぬの? あと、なんで『膝の上で寝るのが普通』みたいな流れができとるん?)
イルマの膝に頭を乗せると胸をわざとレオンシュタインに押し当ててくる。
「主、そんなに胸を触られると恥ずかしい。二人が見てるよ」
「そっちが無理矢理やってるんじゃ」
シャルロッティの苛立ちは頂点に達した。
(ウチの有り金を全部つこてええから、誰ぞこの二人を暗黒魔法で二度と這い上がれん地獄の底へ引きずり込んでくれへんかな)
シャルロッティは目の中に黒い情念を燃え上がらせる。そうしてシャルロッティの神経を逆なでにしながら、その夜も過ぎていくのだった。




