第137話 領土をもらってしまいました
王国歴163年4月22日 午前10時 シュトラント城 謁見の間にて――
ついに、この日がやってきた。
シュトランド城の大広間に立つレオンシュタインの胸に、これまでの旅が全て懐かしく思い出される。体重は80kgまで減少し、ティアナに言わせると顔つきも以前よりは精悍な感じ……に見えるらしい。多くの素敵な人たちと出会い、素晴らしい体験をしたのは確かだった。
「レオンシュタイン、前へ」
厳かに宣言したシュトラント伯マヌエル卿の言葉に合わせて、レオンシュタインは一歩前に踏み出した。正面にマヌエル、その傍らにマインラートと執事、護衛の騎士が2名、立っている。さらにメイドなど城で働いている人たちも、周囲で興味津々のい眼差しを向けている。
「これまでの修行により見聞も十分に広がったことであろう。ここに修行の終了を宣言し、レオンシュタインに領土を下賜したいと思う」
周囲から歓声が上がる。手に2つの巻物を持ったマインラートが前に進み出て、マヌエルの前に置かれたテーブルの上にそれらを置く。
「クリッペン村かエルプガウの町か選ぶが良い」
後ろで控えているレネの口が盛んにクリッペンという形を示している。
「クリッペン村を拝領いたします」
あのような寒村、エルプガウよりも遥かに劣ると周りから嘲るよう声が聞こえてくる。けれどもレオンシュタインは良さそうに見えるものには必ず落とし穴があると固く信じていた。それがこの旅で得た教訓の一つだった。
「分かった。それではクリッペン村をお前に下賜する。現村長とすぐに交代し、領主として日々励むがいい」
そう言い渡し巻物を手渡すと、マヌエルはゆっくりと立ち去って行った。それに伴い、観客たちも三々五々広間から退出していく。結局、城中でレオンシュタインに祝福を述べたのは、末席に立っていた門番のおじいさんだけだった。
その後、レオンシュタインは村長の任命書などの書類を執事から受け取り、レネと共にみんなのいる控え室に戻ろうとした。すると目の前にマインラートが立ち、通路を塞ぐ。
「レオン、お前に頼みがある」
「さて、どのようなことでしょうか? 兄上」
「ティアナのことだ。実はティアナを側室に迎えようと考えている」
レネに先に行くように話したレオンシュタインは、これまでの出来事に苛立ちを感じながらも顔には出さずに返答する。やはり、そのことかとレオンシュタインはティアナへの強い執着にうんざりする。
「兄上、以前ティアナから返答があったと思うのですが」
廊下をうろうろと歩き回り、自信のありそうな顔つきでマインラートは答える。
「いや、あれは旅先でのこと。今であれば、旅の苦しさが身に染みているに違いない」
相変わらず、自分の妄想に基づいた話を展開している。であれば、旅になど出さなければ良かったのにとレオンシュタインは考えていた。ところが、いきなりレオンシュタインに近づくと目を見据えながら強い口調で話してきた。
「お前からもティアナに言い含めてほしい。これは説得料と領主になったお前への餞別だ。中を確認するがいい。小金貨10枚が入っている」
ずしりと重い袋が手渡される。ケチな次兄殿にしては思い切った額だが、何のことはないフリッツからもらったお金が全て入っていた。マインラートを下から見上げたレオンシュタインは、きっぱりと自分の考えを伝える。
「兄上、ティアナには私から話します。ただ、こればかりは本人の気持ち次第ですので」
「そこを何とかするのがお前の役目だ。必ずティアナに申し渡せ」
マインラートは不適にニヤリと笑い、その場を立ち去ろうと2、3歩進んだところでマインラートは足を止める。
「そうだ。最近、クリッペン村までの道中には盗賊が多いと聞く。気をつけて行くのだぞ」
思い出したように付け加えると、その場を去っていった。
(さて、どうしたものか)
クリッペン村までの道中にはマインラートの意を受けた者が手ぐすねを引いて待っているようだ。ティアナも断ることが決まっているため面倒事が避けられない。
(やれやれ)
重い気持ちを抱えながら灰色の回廊を進み、仲間の待つ部屋に戻る。ドアを開けると、レネ、ティアナ、イルマの顔がそこにあった。
「レオン、お疲れさま。で、どうだった?」
浮かない表情に気付いたティアナが心配そうに話しかけてくる。他のみんなも同様だった。
「ん?」
部屋の中をよく見てみると、誰も飲み物や食べ物に手をつけていない。
「なぜ食べないの?」
そう尋ねるとイルマが訳を教えてくれる。
「いや、ティアナがね。この食べ物を給仕した女のことをよく覚えていてね」
「うん、あいつはマインラートの手先だったと思う。何をされるかわからないよ。用心しなくちゃね」
3人で話し合った結果、そう決めたらしい。溜息をついたレオンシュタインは巻物を机に置き、村長になったことを伝えていた。
「レネから聞いた? クリッペン村の村長になったんだ」
イルマとティアナは頷きながら、とても喜んでくれた。
「良かったのかな? クリッペン村で」
レネの方に顔を向け、レオンシュタインは尋ねる。
「エルプガウの百倍はマシでございます。エルプガウには評判の盗賊団が跋扈しており、伯爵はその対応に苦慮していると聞きます」
相変わらず淡々と答えたレネは、すぐにこの場を離れようと進言する。
「話は馬車の中でいたします。ここでは聞かれたくない話もございますので」
そう答えるとレネはすぐにドアを開け、スタスタと控え室から出て行った。慌ててレネを追って歩いていく中で、レオンシュタインは先ほどの会話を思い出す。
「そうだ、ティア。実はマイン……」
「ストップ! それは道中で聞くから」
「いや、マインラート兄上がティアナを側室……」
「レオンシュタインさま、当然、その場で断ってくださいましたよね」
ティアナの目が咎めるようにレオンシュタインを見つめる。
「え、いや……」
「正直にね」
ティアナの手からパリパリという乾いた音が聞こえてくる。
「二人とも、その話も後です。すぐに馬車に乗りましょう」
中庭に出て、馬車を待機させている場所へと急ぐ。と、門の横にマインラートが手勢を率いて待っており、軽装の騎士10名と弓兵3名が控えているのが確認できた。マインラートが大声でレオンシュタインに呼びかける。
「レオン。先ほどの話はどうなった?」
「兄上、どうしてそんなにティアナにこだわるのです? 兄上には相応しい家柄の姫君がいくらでもいるでしょう」
「レオン! お前、隠しているな。ティアナが絶世の美女であることを。そのような美女は私にこそ相応しい!!」
マインラートは顔色を変えて反論し出した。すると横からティアナが口を挟む。
「全然ふさわしくないよ。それに、私はこの旅の間、ずっとレオンシュタインと同じ部屋で眠ってきたよ。その意味がわかるでしょ?」
平然と言い放つティアナにマインラートはやや狼狽える。
「レオンシュタイン。お前は年端もいかない少女に……」




