第134話 2人の麒麟児
王国歴163年4月8日 午前8時 グライフ公爵ウルリッヒ卿の館にて――
「なるほど。だいたいのことは分かった。証人として帝国のヴィフト卿がいるのであれば私も動きやすい。君たちも災難だったね」
王国の良心ウルリッヒ卿は穏やかな口調でレオンシュタインに語りかける。朝の8時にも関わらず応接室で待っていてくれたのだ。齢は70を過ぎているものの、その矍鑠とした態度は王国を支えているという自負がみなぎり、とてもその年齢には見えない。
ウルリッヒ卿は目の前のレオンシュタインをじっと見つめる。
(この若者は、私相手でも全く臆するところがない。穏やかでありながら堂々とした態度は賞賛に値する。伯爵家の三男と聞いていたが、すでに当主の風格がある)
その後、雑談となり、レオンシュタインは椅子をすすめられ腰を下ろす。名工の作らしく座った瞬間に背筋が伸びるような感じがする。椅子の座り心地を楽しみながら、ウルリッヒ卿に旅での体験について身振りを交えて説明していた。
(なるほど。旅で多くの経験を積んだようだ。しかもグブズムンドル帝国の皇帝を始め人脈がかなり多い。これは我が国にとって僥倖。帝国との結びつきを深めるよい機会だ)
「では、コムニッツの国境まで私の部下を同行させよう。それならば安心だろう」
大いに喜んだレオンシュタインは感謝の意を述べて退出するのだった。
「あの若者をどう思う? ルドルフ」
次期グライフ公爵となるルドルフはユラニア王国でも首都長官という重い役職に就いていた。年の頃は40を過ぎたばかりで、ダークブラウンの髪を丁寧になでつけ、ブルーの瞳がその間からのぞいている。
「柔らかい物腰の中にも乗り越えてきた者の強さを感じますね。それに正義を愛し不正を憎む。貴族とはこうありたいものです」
曖昧に頷いたウルリッヒ卿は言葉をつなぐ。
「バイオリンの巨匠エックハルト殿の弟子であり、帝国のバルタザル交響楽団とも親交が深い……か」
「結びつきを深めておくべきと思います。彼ら全員が揃い次第、私的な交流会を持ちましょう」
「それがよい」
そんなことを知らないレオンシュタインとヤスミンは、すぐに宿に戻っていた。
さすがに1日中走り続けたことと面会の疲労は深く、食事も取らずに二人は眠ってしまったのだった。
§
翌日、後発部隊も宿に到着してみんなで再会を喜び合った。襲撃もなく安全だったとレネが報告する傍ら、全員がのんびりとコーヒーを楽しんでいるとグライフ公爵家からの使者が宿に到着する。私的な会食にみんなを招待したいとの使者の誘いに、レネとフリッツはすぐ行くと公爵家の使者に返答していた。
「レオン殿、これはチャンスです。絶対に逃してはなりません」
テーブルの上にコーヒーカップを置いたレネの言葉に続けて、フリッツも興奮気味の声を発する。
「ウルリッヒ卿との結びつきなど、得ようと思っても得られません。レオンさんはまさに豪運! すぐに行きましょう!」
レオンシュタイン自身は、みんなで美味しいものが食べられそうなことを単純に喜んでいた。
§
私的な会食どころではなかった。
まさに晩餐会並みの料理が所狭しと並んでいる。南国の珍しい果物、なつかしいグブズムンドル風の魚料理、あらゆる美食が並べられていた。スイーツに関しても各国の有名なものが取りそろえられ、名物のバウムクーヘンも中央に数多く並べられていた。
大喜びで食事をする一行だがレネやフリッツは会話に花を咲かせ、イルマやヤスミンはスイーツを食べることに忙しい。
それぞれの思いが交錯する会食となった。
レオンシュタイン一行を丁重に送り出し、ウルリッヒ卿はルドルフを応接室へと招く。
「ルドルフ。レオンシュタインをどう思った?」
険しい顔つきを崩そうともせずウルリッヒ卿は息子のルドルフに尋ねていた。
「レオンシュタイン殿のまわりは華やかですな。女性は王国でも比肩するものがいないほど美しい方ばかりです」
笑顔で答えるルドルフだが、ウルリッヒ卿の顔は険しいままだ。やや顔つきを引き締めたルドルフは自分の分析を述べ始めた。
「男性は、グンデルスハイム伯爵家を立て直したフリッツ卿、ローマ法の第一人者バルバトラス殿、そして、死神ゼビウス卿ですか……」
息子の言葉にウルリッヒ卿は頷くと厳しい口調になる。
「財・法・武が揃っておる。これは考えねばならぬぞルドルフ。あの陣容からして決して人の下に立つ男ではない!」
自分を落ちつかせるように傍らの赤ワインに手を伸ばした公爵は、ほんのわずかな量を口に含み、香りを楽しんだ後ごくっと音を立てて飲み込んでいた。
「彼らは王国に仇なすのではないか? それならば、全員ここで始末してしまうのも手だが……」
ウルリッヒ卿の目が怪しく光る。王国の良心であるのと同時に王国の守護者でもあるウルリッヒ卿は、これまで数々の謀略を手がけてきた。
ルドルフはそれを笑顔で否定する。
「父上、それは考え過ぎと思われます。それよりも我が公爵家は彼とよしみを深めるべきと思います」
「ほう、その理由は?」
「1つ目は、父上もおっしゃっておりましたグブズムンドル帝国と交流を深めるためです。シーグルズル7世と個人的なつながりを持つレオンシュタイン殿は貴重な存在です」
「まったく、オットーの奴が反対しなければ、もっと帝国との交流が深まったものを」
忌々しそうにウルリッヒ卿が吐き捨てる。帝国との交流を推進しているのがグライフ公爵の一派、敵対すべしとの一派がヴェルレ公爵オットーの取り巻きだった。
「2つ目は文化的な側面です。巨匠エックハルト殿の弟子にして帝国でも有名になった演奏家のレオンシュタイン殿との交流は深めておいて損はありません」
「ふむ」
「3つ目はシュトラント伯爵家とのつながりです。最近、新しい当主になったマヌエル卿はあまりよい噂を聞きません。レオンシュタイン殿が帰国し、その補佐につければ南方が安定します。ゴート族の問題もありますから」
その明確な理由を聞きウルリッヒ卿に笑顔が戻る。
「肩に力が入りすぎていたようだ。ルドルフのよいように話を進めよ」
「はっ」
そう言うとルドルフは自分の執務室へ戻っていった。部屋に残ったウルリッヒ卿は、持っていたワイングラスの中身を一息で飲み干した。ヴィンテージのワインだけあり、豊穣かつ複雑な味と香りが素晴らしい。ワイングラスをサイドテーブルに置くと、ウルリッヒ卿は大きな窓の側に立つ。
「シュトラントにも麒麟児が生まれたようだが、我が家にも麒麟児が育っておったようだ。互いに手を携えれば、よい国づくりができよう」
そう独り言を述べると、しばらく窓の外の月を眺めるのだった。




