第133話 公爵に訴えてやる!
王国歴163年4月6日 午前7時 ピノの町、牧場にて――
「支払いはチップ込みで銀貨50枚(約50万円)」
出発前にレネが銀貨の詰まった袋を主人に渡したおかげで、主人は満面の笑みで全員分の大きな弁当を用意してくれた。
「妥当な値段だな。むしろ、安い!」
荷台に全員の弁当を積み込みながらフリッツは何でもなさそうに話すが、ティアナやイルマは支払いのスケールが変わってきたことに驚きを隠せない。
「みなさん、ゆっくり眠れましたか?」
昨日の夕食は皆よく食べていたし、眠れない人は見当たらなかったとレネは記憶していた。
「中等学校の先生みたいだな。レネ」
からかうフリッツを無視しながらレネは日程の説明を始める。
「今日はグライフ公爵領へ急ぎましょう。私の計算では今日を含めて2日で到達できます」
「敵に攻撃される心配はないのか?」
朝のコーヒーを楽しんでいたイルマから疑問を呈されたため、レネは髭を触りながら可能性を計算していた。
「ない、とは言えませんが限りなく低いでしょう。この先は低い丘陵や平地が多く兵を隠せる場所がありません。それに……」
それを引き継ぐ形でフリッツが答える。
「昨日、私たちを取り調べた兵士の紋章を見ましたか? 隠し忘れたのでしょう。一つだけヴェルレ公爵家の紋章がありましたよ」
それを聞いたレネは狡そうな笑いを浮かべていた。
「さすが我が悪友。抜け目がないな」
「当たり前だ。そこを確認できれば逃げやすくなる」
二人がニヤニヤしているのを見てシャルロッティが疑問を差し挟む。
「フリッツはん、何で紋章があれば逃げやすいんでっか?」
フリッツは表情を改め、全員の顔を見ながら説明を始める。
「私たちを追っているのは、王国ではなくヴェルレ公爵家の私兵です。王国の閣僚まで話が通っていない可能性が高いのです。私兵なら多くの兵を動員できません。『王国の良心』と呼ばれるグライフ公爵ウルリッヒ卿に止めさせてもらえる可能性も高くなります」
けれども、シャルロッティの疑問は続く。
「せやけど、そないなことが許されるんですかね?」
「許されるみたいですね」
王国の支配体制の穴を全員が感じていた。
「ああ、言い忘れてました。レオンシュタイン殿とヤスミンさんは一足先に公爵領へ行ってほしいです。今なら危険は低く、かつ次の一手が打ちやすくなります」
その言葉にイルマが反応する。
「私の方が護衛に相応しいと思うが」
「公爵領までの道のりでレオンシュタイン殿に必要なことは戦って勝つことではなく逃げることです。イルマさんは逃げることがそれほど得意ではないとお見受けしました。だからです」
正論にイルマは頷かざるを得ない。レネの眼差しが柔らかくなる。
「レオンシュタイン殿が心配なのはわかります。でも、一番安全な方法がヤスミンさんに任せることなのです。一緒にいたいのも分かりますが公爵領に着いてから甘えていただけると幸いです」
真面目な顔でさらっと話してしまうレネに、イルマは自分の気持ちを隠すように早口になってしまう。
「ま、まあ、そういうことなら仕方ないな」
ドキドキしながらレオンシュタインの様子を見たイルマは、とぼけて聞かなかったことにしている様子にイラっとする。無言でレオンシュタインに近づいたイルマは、笑顔のまま思い切り彼の腿に手を置き、指先に力を込めた。
痛がるレオンシュタインを横目にヤスミンは知らぬふりを決め込み、さっさと出発の準備に取り掛かる。足をさすりながらレオンシュタインも手伝い、準備ができた二人はみんなに挨拶をしてすぐに出発した。後発部隊は二人を見送り、本隊もゆっくりと出発したのだった。
§
レオンシュタインとヤスミンの馬は、ひたすら街道を走っていく。もちろん、途中で休憩を入れるけれど馬は疲れ知らずのまま疾走する。
「ヤスミン。もう少し、ゆっくり行こうか?」
「ううん、このまま」
何かが合ってからでは遅い、とヤスミンはひたすら馬を前に走らせる。ただ、レオンシュタインの馬は彼の重さでバテ気味になるため、彼女の馬と後退しながら走っていく。エネルギー補給のために途中で人参や干し草などを購入し、食べさせることも忘れない。
昼になり、川沿いに倒木を見つけた二人は、そこで食事を取ることにする。けれども食事時にもヤスミンは周囲を監視していた。探知スキルも連続して使うなど、明らかに疲れが見て取れる。そんな彼女を見て、レオンシュタインはヤスミンのおでこをつんとつつく。
「マスター! 何?」
驚くヤスミンをよそに、レオンシュタインは肩をすくめてみせる。
「ヤスミン。眉間にしわができちゃうよ。せっかくの美人さんなのに」
「ん……。そ、そう?」
そう言って頬を赤くするヤスミンは、1つだけ尋ねてみた。
「マスター……。私、美人か?」
「うん。凄く綺麗だよ」
今までの生い立ちから、美人とも可愛いとも言われたことのないヤスミンだった。そう言われて嬉しくないはずがなかった。グブズムンドル帝国での食事が良かったのか銀色の髪は腰まで伸び、褐色の肌とのコントラストがより綺麗になる。その上、はっきりと輪郭のとれた瞳とやや太めの眉、厚い唇など、王国とは違ったエキゾチックな雰囲気を漂わせている。
「そうか綺麗か。じゃあ、マスター。触って」
「はい?」
「好きなところ、触っていい」
突然、何を言うのか? え? どこでもいいんですか? じゃあ……。と考えて、レオンシュタインは我に返る。
(レオンシュタイン! お前は紳士! しかも逃亡の最中だぞ!)
ただ、ヤスミンが疲れていることを見て取ったレオンシュタインは、頭を膝に載せるように話す。おずおずと頭を乗せたヤスミンの髪を優しくなで始める。
「ヤスミン。少し目を瞑って休んだ方がいいよ」
「ん、そうする」
髪を撫でられる経験がなかったヤスミンは、恥ずかしいのと嬉しいのとでドキドキが止まらない。逆にレオンシュタインも銀色のサラサラの髪を撫でていると、何だかイケナイ気持ちになってくる。
(俺はジェントルマン!)
しばらくそうしていると、ヤスミンがぽつりと口を開く。
「マスター。私が美人だから優しくしてくれるのか?」
髪を撫でるのを止めて、レオンシュタインはきっぱりと答える。
「ヤスミン。ぼくは美人だから優しくする男にだけはならないって決めてる。大切な人は大事にしたいし、困っている人にも優しくしたいって思ってる。ヤスミンは大切な人なんだ」
「そうか、大切か。じゃあ、ずっとそばにいる」
ん?
そう言うと、ヤスミンはレオンシュタインの腰に腕を回してぎゅうっと抱きついてくる。
(こんなことしてる場合か~!!)
離れないヤスミンをようやく説得して、馬上に上がった二人なのでした。
「……マスター。ヘタレ……」
「ん? 何か言った?」
「別に」
§
夕方にはグライフ公爵領まで到達したため、すぐに厩舎付きの宿屋を探して馬を預けると、その足でウルリッヒ卿の城まで出向く。門を守っている衛士に、レオンシュタインはシュトラント伯爵家の証明書を取り出して衛士に手渡していた。
「私はシュトラント伯爵家に連なるレオンシュタイン・フォン・シュトラントといいます。公爵にお願いがあって参上しました。どうぞ、お取り次ぎを」
門番は証明書をもったまま屋敷に入っていくのを見ながら、ヤスミンは周辺の警戒に余念がない。影足を詠唱してみたが、門の中は結界が張ってあり移動はできなかった。
1時間ほど経ち、辺りが暗くなってきた頃に門番が戻ってきた。
「レオンシュタイン殿、明日の朝8時にもう一度おいでください。公爵が話を聞きたいと申しております」
証明書を返してもらいながらレオンシュタインは何度もお礼を述べる。
「では、明日参ります」
そう言って宿に戻っていく二人なのだった。




