第132話 ご馳走を召し上がれ
王国歴163年4月5日 午後3時 賊の現れた森の中にて――
「みなさん、お帰りなさい。大丈夫でしたか?」
レオンシュタインが笑顔で全員を出迎える。
「マスター、ティアナが凄かったよ。魔力の調整も上手くなった」
ヤスミンが素直に褒めるのを聞きながらティアナは手を腰に当てて得意そうだ。全員、素早く馬車に乗り込み出発する。木々は黒く焼け焦げ、そこら中に焚き火のような匂いを充満させていた。森は灰色の煙があちこちに細く立ち上っている。
「うん? 馬たちが……。逃げられなかったようですね」
先ほど逃がした5匹の馬が道に固まってこちらを見ているのにレネは気付く。主人を探しに戻ってきたのだろう。
「ちょうどいいです。この馬も使いましょう。馬車のスピードも上がるし、馬の疲れも分散できます」
レネはそう断言すると、バルバトラス、ヤスミン、レオンシュタイン、イルマ、ゼビウスの5人に騎乗するよう依頼する。ティアナ、シャルロッティ、レネは、そのまま馬車に乗り、フリッツは馬車の御者をする。
「盗賊にしては、いい馬に乗ってんなあ」
絶対に盗賊じゃないという意を言外に込めながらバルバトラスは皮肉る。馬は不安がなくなったらしく、新しい主人をすんなりと受け入れていた。
4時間ほど走ったろうか。
すでに辺りは夜の帳に包まれており、月明かりがあるとはいえ馬車での移動は厳しくなってきた。それでもレネはひたすら前へ急ぎ、一軒の大きな農家の前で馬を止める。
「みなさん、ここです。お疲れさまでした」
その宿は馬の水飲み場や飼い葉桶まで準備されており、休息には最適な場所だった。
「ピノの町の宿屋は私の一押しなんです。さあ、みなさん、降りてください」
馬たちを柵まで連れて行き、そのまま放牧する。嬉しそうに走り回る馬たちを眺めながら、みんな宿屋に入っていく。農家を改造した宿屋のため、木組みを白く塗った柱の下に無骨なテーブルが準備されていた。席に着いたみんなの前に、宿の主人とおかみさんが料理を運んでくる。
「ホワイトアスパラとマッシュルームのホワイトソースがけ、春野菜のサラダと豚肉の特製胡椒ミックスソースがけです」
キノコソースをかけたマス料理にポテトの付け合わせの皿も運ばれてくる。手作りのパンも籠に溢れんばかりに入れられている。エールも次々と運ばれてきて全員の前に置かれる。一同から大きな歓声が上がったところで、レネが短く食事の挨拶をする。
「みなさんに春のホワイトアスパラを味わってもらいたくて注文しました。それでは乾杯!」
乾杯もそこそこに、みんなはすぐに料理と格闘する。地面が揺れない場所、そして春の名物とあっては喜ばないはずがない。食堂はホワイトソースの甘い香りと豚肉の香ばしい匂いに包まれていた。
「豚肉のクランベリーソースが泣かせるなあ」
懐かしそうにフリッツが豚肉を頬張ると、口いっぱいに果実の爽やかな香りが広がる。厚い豚肉を口に入れると、ぶりっとした歯ごたえと同時に肉汁があふれ出す。
「ホワイトアスパラは春の味~♪」
マッシュルームと一緒にホワイトアスパラを食したヤスミンは、大地の味が舌の上に香ってくるのを楽しんだ。バターソースが濃厚な味わいを増し、ざっくり、ぬるっとした食感が懐かしい。帰ってきたんだという思いが、みんなの胸に溢れる。
美味しい食べ物に夢中になり、あっという間に皿は空になってしまう。みんな襲撃のことなど無かったかのように食事を心から楽しんだ。食後のコーヒーや紅茶を準備した主人は、そっと奥の部屋に戻っていった。
「さすがレネだ。美味しい物を食べられる場所をよく知ってるな」
「美味しい物を食してこそ人生は幸せになる。お前の持論じゃなかったか?」
レネの肩を叩きながらフリッツは嬉しそうだ。言い返しながらレネにも安堵の笑みが浮かぶ。フリッツに喜んでもらえたのが嬉しかったようだ。
「さて眠りたいところですが1つだけ話をします」
テーブルを囲んだみんなの顔が引き締まる。
「あの、そんなに肩の力を入れないでください。美味しい飲み物を飲みながら気楽に聞いてくださいよ」
そういうとレネはコーヒーをぐっと飲み、それを見ていたみんなも肩の力が抜けリラックスした表情になる。
「私たちの次の目標はグライフ公爵領まで行くことです。そこはユラニア王国の良心、ウルリッヒ卿の領土です。この人を頼りましょう」
レネはみんなに話をする時に、歩き回る癖がある。今回もみんなが座っているテーブルの前を行ったり来たりしていた。
「私たちが王国に狙われているのは、ヴェルレ公爵の息のかかった衛士に女性を差し出さなかったからです。別に罪を犯しているわけではありません。そのため、まずはウルリッヒ卿に真実を訴えるのです。コムニッツ公爵領を迂回して、ユラニア王国に入りましょう」
フリッツ曰く。考える時の癖、だそうだ。
「それが駄目でも別な手を用意しています。ま、気楽にいきましょう」
そう言うと明日は朝6時に出発する旨を伝達し、自身はすぐに寝室へと移動してしまった。全員、疲れていることもあり、すぐに割り当ての部屋に移動していった。
ただ、レオンシュタインはゼビウスに話があると食堂に残ってもらっていた。
「ゼビウスさん。ここまで同行してもらい、ありがとうございます。でも、このままだとゼビウスさんまでお尋ね者になってしまいます。ここにお金を用意しましたので、ここでお別れにしましょう」
何を言うのかという顔でゼビウスはレオンシュタインの話を聞いていた。そんな気はさらさらないらしい。
「ここまで来たら一蓮托生、一緒に行かせてもらおう。それにレオンくんのバイオリン、聴いてないよ?」
お金を拒否しつつ、レオンシュタインの肩を叩いたゼビウスは部屋への階段をのぼっていった。頼もしい味方が同行する幸運を心から喜び、神に感謝したレオンシュタインだった。




