第128話 港に到着
「ユラニア王国の港が見えたぞ!!!」
船員の声には無事に着いたという喜びと長い航海がやっと終わるという安堵の気持ちが混じっている。
王国歴163年4月5日 午前11時のことである。
ユラニア王国には春が訪れようとしていた。レオンシュタインの横には、ティアナ、イルマ、ヤスミン、シャルロッティが顔を連ね、港を眺めていた。その反対側には、バルバトラス、フリッツ、そして膝を抱えたままのゼビウスが港の人々を眺めていた。潮風に魚や海藻の匂いが混じる。
岸壁が近づくと船員が船着き場にロープを投げつけていく。そのロープをビット(係留柱)結びつけ船が固定される。ようやく下船が始まるのだ。全員が久しぶりに王国の土の匂いを胸一杯に吸い込んだ。レオンシュタインは外交官のヴィフトと一緒に桟橋に立ち、4ヶ月前のことを思い出していた。
二人とも万感の思いが胸に迫る。
「レオン殿、また、お会いできるのを楽しみにしております」
レオンシュタインと固い握手を交わし全員に挨拶を済ますとヴィフトはすぐに王城へ向かって出発した。相変わらず無駄な会話はなく、港にはレオンシュタイン一行だけが残される。
フリッツの馬車と馬はいち早く降ろされ、待機場所につながれていた。馬たちの元気を確認した後、フリッツはすぐ全員に話があると切り出した。レオンシュタインは自分のそばにいたゼビウスを食事に誘い、一緒に来てくれるよう話していた。
「お礼の音楽を聴かせていませんから」
別に急いではいないとゼビウスは食事の誘いを快諾した。船酔いが酷かったため、すぐに休みたいというのも理由らしかった。近くにある港の食堂「ポセイドン亭」に、レオンシュタイン一行はゾロゾロと入っていった。
「私は食べ物はいいや」
イルマを始めとして飲み物だけを注文する人が多い中、バルバトラスとヤスミンは豚の焼肉を注文する。船酔い組が食べ物の匂いにげんなりしている中、二人は運ばれてきた豚の焼き肉に舌鼓を打っていた。それぞれが飲み食いをしている中、フリッツは話を切り出す。
「4ヶ月前の騒動のため、私たちは王都をすぐに脱出しなければなりません。そこで、この人物の力を借りることにしました」
フリッツが紹介したのは30歳くらいの痩せた男で、黒髪で冷静そうな雰囲気を感じさせる。
「レネといい、私の旧友です。以前、シャルロッティさんにお金を届けたのがレネなんです」
そう紹介されるとレネは一言「ども」と頭を下げる。ただレオンシュタインだけはこの男の持つオーラの大きさに気付いていた。
(この人は、今まで会った人たちとは何か違うなあ)
それが何なのかは分からなかったが只者ではないことだけはわかる。同様にレネもレオンシュタインの雰囲気に圧倒されていた。
(この人は……常人ではない。王の器を……もっている)
しばらく二人は見つめ合っていた。沈黙を破るようにフリッツはパンと手を叩く。
「レネ、これからどうするか、説明してくれるか?」
フリッツに促され我に返ったレネは、もそもそと説明を始めた。
「馬車を1台、用意しました。それだけですね」
「おいおい、『それだけですね』じゃダメだろう。すぐに門で止められるじゃないか」
拍子抜けしたフリッツはレネを詰問する。レネは皿の上にあるカツレツを一口で頬張り、もごもごと口を動かしてゴクンと飲み込む。どうやらお腹が減っていたらしい。
「帝国のヴィフトって人から紋章を借りた。自由に使っていいらしい」
「何!?」
パンを一口大にちぎり口の中に放り込みながら何でもなさそうに話す。いつの間に準備したのか、その手際の良さにフリッツは舌を巻く。
「ああ、お前から連絡があってからすぐ、ヴィフトさんに手紙を書いたんだ。お前にも伝えただろ?」
「確かに……」
「それに通行証の発行もお願いした」
トマトのスープを2口すすり満足そうに頷く。さらに、3口、4口とスプーンを口に運んでいた。だいたいの食事を済ますとレネは口を拭き、全員を急かし始めた。
「時間はありません。すぐに王都を脱出しましょう。私の予想では、ここはあと10分ほどで包囲されますね」
「ええ!?」
スープまでゆっくり飲んでおきながらとフリッツは突っ込みたかったが、そんな場合ではない。すぐに勘定を済ませると、用意されていた馬車とフリッツの馬車の2つに分乗する。用意されていた馬車には女性陣とゼビウスが、フリッツの馬車にはレオンシュタイン、バルバトラス、フリッツ、レネが乗り込んだ。
「さあ、出発です。みなさん、あまり顔は出さない方がよいかと」
淡々と話したレネの言葉に従い、みんなは荷台の隅々に体を横たえる。その瞬間、王国の騎士団が馬車に歩み寄ってきた。
「おい!!! この馬車はどこに行く予定だ?」
「はい、巡礼の人たちをコムニッツまで運びます」
のんびりと答えるレネだが騎士団は納得しない。
「実は先般、王都で騒ぎを起こしたシュトラントの罪人を探している。名はレオンシュタインというのだが、お前、知らないか?」
「ええ、知りませんねえ」
「実は、この馬車にそれらしい男が乗り込んだという密告があったのだ」
レネは笑いながら話の矛盾点を突いていく。
「今、乗り込んだばかりなのに、もう密告があったのですか? 早いですねえ」
最初から目を付けていたのだろうと推測したレネは正当な理由で相手と対峙し始めた。
「この2台の馬車は帝国のヴィフト卿お抱えの馬車になります。それが分かっていて、お調べになっているのですよね?」
騎士は明らかに動揺し、レネは帝国のアルダーネス伯爵家の紋章を騎士の眼前に突きつける。同時に相互自由通行権の証明書まで差し出していた。
「帝国重臣の紋章がありますから、この馬車には相互自由通行権が適用されるはずですがねえ」
相互自由通行権とは、グブズムンドル帝国とユラニア帝国の間で結ばれた、互いの領土を検問なしで移動できる許可証である。これを保持する人物には検問をおこなってはいけないという決まりがある。レネは家紋だけではなく、相互自由通行権の証明書までヴィフトから手に入れていたのだ。
「相互自由通行条約 第2条 相互自由通行権を保持する人物の検問はこれを禁ずる。 第3条 相互自由通行権の発行は各国の……」
「それくらい分かっている!」
忌々しそうに言葉を吐き捨てた騎士団の隊長はレネが差し出している証明書をひったくるように取ると確認を始めた。手渡された証明書を隅々まで見聞した騎士は本物で間違いないと判断した。
「……本物ですね。それでは、よい旅を」
そう言うと、そのまま出発を許可したのだった。




