第127話 ゼビウスとの出会い
王国歴163年4月1日 午前8時 ユラニア王国行きの船中にて――
どうしてこんなことに……?
気がつけばレオンシュタインたちは、グブズムンドルの街並みを眺めながら船に揺られていた。昨日、あんなに飲んだり食べたり踊ったりしたのだから、ぐっすり眠りたい。
「風が心配だから朝7時に出港する」
船長の一言で出航が決まってしまったのだ。港の近くに宿を取るよう連絡があったとき怪しいと気付くべきだった。なんと朝の5時に船員が宿に来て、みんなを叩き起こしたのだった。一番大変だったのはフリッツの馬だろう。おとなしい馬もいきなり積み込まれてびっくりしたはずだ。全ての準備ができたのは出港する時刻とほぼ同時だった。
「すみません。でも、船長の決定には逆らえないのです。彼の魔法『天候』は、よく当たりますからね」
ヴィフトはレオンシュタインの隣で理由を説明する。帝国の重臣ですら従わないといけないのだ。
「冬より揺れないと思いますよ。では船旅を楽しんでくださいね」
そう言うとヴィフトは早々に自室へ戻ってしまった。遠ざかっていく景色を眺めながら、レオンシュタインはいろいろ話したい人たちのことを思い出していた。師匠や楽団員のみんなに挨拶をしたかったし、フラプティンナ姫の誤解も解きたかったけれど、その機会はしばらく訪れそうもなかった。
寒さのためにレオンシュタイン一行も次々と自室に戻っていった。そんな中、船酔いに強いヤスミンだけは飽きずに街並みを眺めていた。グブズムンドル帝国ではいろんなことがあったけれど、ヤスミンにとっては嬉しいことの方が多かった。胸につけているターコイズのペンダントを無意識に触ってしまう。
船に目を戻すと、船縁にヤスミンを助けてくれた黒ずくめの男がいるではないか! 今日も上から下まで黒でコーディネートしており、背中を船縁につけ目を瞑りながら腕を組んでいた。慌ててヤスミンは黒衣の男の目の前に立つ。
「……この前は、ありがとう」
黒ずくめの男はヤスミンに軽く手を挙げ「ああ」とだけ言い、また眠りにつこうとした。ヤスミンはさらに一言付け加える。
「あなたにお礼を言いたい人がいる。今、連れてくる」
黒ずくめの男が何か言う前にヤスミンは船尾の方へ走っていった。軽くため息をついた男は、また、目を瞑ってしまう。どうやら船に弱いようだ。レオンシュタインの手を引っ張り、ヤスミンが男の前に戻ってきたのは5分後だった。男の前に立ったレオンシュタインは深々と頭を下げる。
「この前はヤスミンの命を助けてくださって、本当にありがとうございました。お礼が遅くなって申し訳ありません」
「いや、いい。友人のためだから」
黒いフードを取りながら話す。ん? とレオンシュタインは相手の顔をまじまじと見つめる。
「どこかでお会いしませんでしたか? ああ! ケイトさんの教会にいた方ですよね」
男は曖昧に頷く。
「あの時は、演奏を聴いてくれてありがとうございました」
笑顔のままレオンシュタインはさらに頭を下げる。
「名乗るのが遅れました。私はレオンシュタイン・フォン・シュトラントと言います。差し支えなければ命の恩人のお名前を教えていただけませんか?」
「ゼビウスだ」
その物腰からレオンシュタインはゼビウスが貴族であることを確信する。ただ、名乗らないのは何か理由があるに違いないと判断し、握手をしながらそれ以上の詮索は控えることにした。
「ぜひ、お礼を贈らせてください」
金貨の入った袋をレオシュタインはそっと差し出した。けれどもゼビウスは別にいらないとにべもなかった。
「金のためにやったわけじゃない」
「では、何がいいでしょうか?」
一瞬考えた後、ゼビウスは迷わずに答えていた。
「もう一度、君のバイオリンを聞かせてもらえないか?」
意外な申し出だったがレオシュタインは快諾する。ただ1つだけ条件をつけた。
「船上では船酔いのため、いい演奏ができません。お聴かせするのは陸上に着いてからでいいでしょうか?」
「ああ、構わない」
そう言うと男はまた目を瞑ってしまった。レオシュタインとヤスミンはゼビウスに頭を下げると、それぞれの部屋に戻っていった。
結局、このあと王国の港に着くまで、レオンシュタインはベッドの中から動けないのだった。




