第126話 夏の始まりの日2 フラグを叩き折る
王国歴163年3月31日 午後7時 ――
そっと逃げ出したレオンシュタインは会場近くの桟橋に腰掛けていた。寒さが身に染みたけれども、空の美しさがそれを忘れさせた。本当に夢の中にいるような光景だった。
「あら、こんなところに吉兆をもたらした方が」
レオンシュタインが振り向くと正装のフラプティンナ姫が手を髪に当て、こちらを覗き込むように立っていた。
「ロス(フラプティンナの愛称)……」
あまりに意外な出会いにレオンシュタインは二の句が継げない。確かに王宮でも吉兆に祝いを出すとは言っていたがフラプティンナ姫が参加するとは思ってもいなかった。
レオンシュタインの横に彼女はそっと腰掛ける。
「素晴らしい夜ですね」
可愛らしい声でフラプティンナが話し出した。でも、いつもと違って笑顔はなく視線も空を見上げたままだった。
「ロス? いつもと違うね」
レオンシュタインが心配になって尋ねる。しばらく黙っていたフラプティンナだったが、やがて意を決したように、その可愛らしい口を開いた。
「レオンさまは公爵令嬢と特別な関係にあるのですか?」
「え?」
もじもじと手を組みながら彼女は少し大きな声を出す。
「レオンさまは……。ハルパさんが好きなのですか?」
フラプティンナの表情は今にも涙をこぼしそうな感じに見える。レオンシュタインは、その問いにあっさりと答えていた。
「はい、好きですよ」
その言葉に彼女の顔がいっそう暗くなってしまった。
しかし、次の瞬間、
「ロスも同じくらい好きですよ。私はグブズムンドルで出会った人たちが、全て好きなんです」
言い切るレオンシュタインにフラプティンナは小さく笑い、安堵の溜息をつく。
「レオ……、師匠は相変わらずですね」
「そう?」
顔を見合わた二人はさらに笑顔になる。そこには幸せの光が溢れているかのようだ。しばらく会話もなく、空を見つめながら二人は足をぶらぶらさせていた。その静寂を破るようにフラプティンナは足を止め、すっと立ち上がる。
「ねえ、師匠。私と一緒に踊ってくださいませんか?」
「もちろん、喜んで」
レオンシュタインはゆっくりと立ち上がる。二人は手を組み、微かに響いてくるグブニッシュ・ポルカの音色に合わせ桟橋の上で踊り始める。フラプティンナの氷色の髪が風にたなびく。空にはオーロラが光り、ゆっくりと二人を包むように光っている。さらに、その光を飾るように花火が炸裂する。
「ねえ、師匠。私は師匠にとって、いい弟子でしたか?」
腕を組んだ二人がくるくると回る中、フラプティンナが砕けた口調で尋ねる。
「はい、素晴らしい弟子でした。それも初めての」
レオンシュタインも笑顔で答える。彼女は少し真剣な顔つきになった。
「レオンさま。私はあなたにとって特別の……女性になりましたか?」
「特別? それはどういう……」
レオンシュタインが怪訝そうな顔をする。
「あ、あの……」
言葉を選んでいるうちにフラプティンナは雪に足を取られてしまった。
「あ!!」
彼女の腰をレオンシュタインは思わず抱き抱えていた。
(ロスはすごく軽いな)
その頼りなさに驚きながら腰を抱えたことで互いの顔が近づいてしまう。真っ赤になったフラプティンナは、じっとレオンシュタインを見つめていた。
「レオンさま」
フラプティンナはそう言うと目をつぶってしまう。ちょうど花火が一段落したらしく、緑の蛍光色のオーロラが二人の上に降りかかるように光っている。
とても、幻想的な光景だ。
その美しさに引き寄せられるように、レオンシュタインは彼女へ顔を近づけていった。
「そこまでです!」
不意に二人の側で大きな声が響く。
「フラプティンナ姫、お探ししておりました。発見することが出来て騎士団員として誇りに思います」
突然、幻想が破られたような気持ちになり、フラプティンナは可愛い頬を膨らませてしまう。恐る恐るレオンシュタインは声の主に向き直る。見覚えのある髪の毛と、聞き覚えのある声。
「イ、イルマ!!!」
花火の光の元、レオンシュタインはイルマの顔を確認する。イルマは笑顔だったが、なぜか背筋が寒くなるような雰囲気を醸し出していた。
「フラプティンナさま、危ないところでしたね。この男、不敬にも姫を抱き抱え、あまつさえ口吻をかわそうとしておりました。早速、陛下に報告し、しかるべき処分を下したいと思います」
「ちょ! イルマ? 腰を抱えたのは転びそうだったからだし」
「じゃあ、口吻は?」
すねたような声でイルマはレオンシュタインを咎めていた。
「あ、あれは……?」
フラプティンナは逆に顔が明るくなる。
(レオンさまが? 私に?)
その顔を見たイルマは二人を引き離してレオンシュタインの前に立つ。
「レオン! 私と結婚する約束はどうなったの? それなのに、お姫さまなんかに心を奪われて」
目を覆い、泣く素振りを見せ、ちゃっかりと話に嘘を混ぜていた。
「イルマ……別に結婚の約束は?」
「だって、もう口吻も済ませましたよね? 私の胸も公衆の面前で何度も荒々しく」
「ちょと! 言い方!!」
フラプティンナの目が冷たく光る。
「レオンさまは、こんな綺麗な方の胸を?」
レオンシュタインが答える前にイルマが被せるように話し出す。
「はい! 本当です。姫、この男は見境なく女に言い寄る『色魔』です。また、半裸の女性と同衾しておきながら、知らないと言い逃れをする鬼畜です。近寄ってはなりません」
「色魔……」
フラプティンナは知らず知らずのうちに、一歩後ろに退いていた。
「レオンさまの馬鹿!!」
そう叫ぶとフラプティンナは会場に向かって走り去っていったのだった。




