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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第6章 公爵令嬢ハルパの物語

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第124話 ハルパに乾杯

 王国歴163年3月31日 朝9時 音楽院 大講堂にて――


 翌日、ハルパはいつもより早く学院に到着していた。学院に着くと彼女はすぐにレオンシュタインが行きそうな所を思い出し、探し回った。いつもは、のんびりと窓際の席に座っているのに、その姿が見当たらない。持ってきたプレゼントを渡したいハルパは少しだけ腹を立てる。


(きっと寝坊ってやつね)


 けれども授業が始まる時刻になってもレオンシュタインは姿を現さなかった。


(具合が悪いのかしら?)


 いつもと同じように教員が部屋に入ってくる。


「皆さん、突然ですがレオンシュタインさんは大陸に帰ることになりました」


 ハルパは一瞬、何を言っているのか分からなかった。レオンシュタインは今日も私の隣に座るはずだった。ずっと、そう思っていた。教員は続けて、


「実は金曜日にお別れをするはずだったんですが決闘があったでしょう? お知らせする時間がなかったんです。今日の船便でユラニア大陸に戻ります」


 と宣言した。周囲は一様にざわめき、金曜日に素晴らしい演奏をしたレオンシュタインともう会えないことを嘆いていた。


「先生! レオンの乗る船は出航しましたか?」


 ハルパは立ち上がり大声でそのことを尋ねた。午前10時の出航だと教員が話した瞬間、ハルパは講義室をとびだしていた。廊下を走り、入り口の門を飛び出す。講堂の時計は9時を少し回ったばかりだった。


(あと1時間しかない!)


 港まで馬車で40分はかかる。音楽院の前を通っている馬車の1つに駆け寄ったハルパは、見ず知らずの御者に話しかけていた。


「突然で悪いんだけど、港まで行ってくれないかしら?」


 貴族からの突然の申し出に御者は驚くが、後ろに乗るように言ってくれた。


「ありがとう!!」


 すぐに馬車は出発する。馬車がゆっくり進むのをもどかしく思いながらハルパは周囲の景色を眺めていた。馬車はゆっくりと街の中心を進んでいく。レオンシュタインと一緒に歩いた街並みが少し霞んで見える。


(あんなに近くにいたのに)


 あと少しで離ればなれになってしまう。思い出に浸っていたハルパにとって40分はあっという間に過ぎていった。


 前方に大きな船のマストが見えてきた。大陸へ向かう船に違いない。馬車を跳び降りたハルパは、お礼もそこそこに猛然と走り出した。血相を変えて走る令嬢の姿に周囲の人たちは何事かと驚いていたけれども、ハルパは走るのを止めなかった。


 すでに乗船が始まっており、もうすぐ出港であることが見て取れる。ようやく船の近くまで駆け寄ったハルパは息を整えながらレオンシュタインを探す。


 いた!


 見慣れた小太りの男が少し猫背のまま船のタラップを上っていく。貴族の子女らしからぬ大きな声で、ハルパは呼びかけていた。


「レオン!!!」


 その声に驚いたレオンシュタインは乗りかけていた船のタラップから、すぐに降りてきた。


「ハルパ。何かあったの? 授業は?」


 いつもと変わらない暖かい声でのんびりと問いかけてくる。周囲の人はハルパの様子を気にかけているがレオンシュタインは全く気にしていない。ハルパは、もう迷わなかった。


「あるわよ。何で、こんな大事なこと私に言わないのよ!」


 声に本気の怒りがこもる。ハルパの怒りに気付いたレオンシュタインはぺこりと頭を下げながら、さらに優しい声を出す。

 

「ごめんね。でも、言う機会がなくてさ」


 それを聞き、ハルパは背中に背負っていた青色の袋を下ろす。


「あんたには世話になったし、これ吹きたいって言ってたでしょ」


 顔を背けながら袋をレオンシュタインに突き出した。目を見てしまったら、きっと話せなくなってしまう。大喜びで袋を受け取ったレオンシュタインは中身を確かめる。


「さすがハルパ。一番欲しかったものを選んでくれたねえ」


 パンフルートを取り出したレオンシュタインは笑顔でハルパを正面から見つめていた。意を決したように、ハルパはレオンシュタインと目を合わせ、言葉をつなぐ。


「あのさ、もしかしたら……もう会えないかも知れないし。ほら、私、結婚してるかもしれないから」


 そう言うと、ポケットのシルクのハンカチをぎゅっと握りしめる。


「あんたと一緒に勉強できたこと。まあ、悪くなかったわ」


 その一言、一言をレオンシュタインは嬉しそうに聞いている。


「それで……。あの」


 その時、船長が大声をあげた。


「大陸行き、出港するぞ!!」


 桟橋のビット(係留柱)に結ばれていたホーサー(太いロープ)が、ドブンドボンと海の中へ投げ込まれていく。もうすぐ船が動き出すのだ。名残惜しそうにハルパを見つめたレオンシュタインは、パンフルートを大事そうに袋にしまい込む。


「じゃあ、ハルパ。今まで本当にありがとう。元気でね」


 そう言うと、またタラップに戻ろうとした。


「あっ」


(伝えたい思いは、声に出さないと伝わらないよ)


 あの時の言葉がいっそう強くハルパの頭に響く。レオンシュタインがタラップの向こうに行ってしまう。もう二度と会えない、と思った瞬間、ハルパはタラップへ走り出していた。


「お嬢さま!!」


 心配する執事の声が響くがハルパは全く気にしない。軽やかにタラップを駆け上がると、レオンシュタインを引き留める。


「レオン!!!」


 レオンシュタインはハルパの行動に驚きを隠せなかった。


「ハルパ! 危ないよ! もうすぐ出航だから」


 レオンシュタインの言葉を全く聞かずに、ハルパはレオンシュタインの頭をぐいっと自分の方に向ける。その時、少しだけ太陽の光が差す。春のグブズムンドルは、時折このような晴れ間が広がる。人々はその光を受けて、生きていることを楽しむのだ。


「生意気ね、レオン。公爵家の私に意見するなんて」


 いつもの調子が戻ってきた。ハルパは『私、頑張れ!』と心の中で自分を奮い立たせる。紫の髪が潮風に大きくたなびいている。


「レオン!」


 そう言うと思い切りレオンシュタインに抱きつく。ああ、グブズムンドル風の別れの挨拶かと思ったレオンシュタインは笑顔のままだ。そうして、互いの頬をつけるところまでは良かったが、


「私、あんたが好き!」


 そう言うとレオンシュタインの頭を掴み、そっと自分の唇をつける。


 その瞬間、雲の切れ間から日差しが降り注ぎ、船全体を照らした。キラキラと輝く水面と、久々の晴れ間が人々の気持ちを盛り上げる。しかも口吻を交わした瞬間に太陽の光が眩しくなったことで、船員はその行為に吉兆を感じた。


「公爵家のお嬢様もすごいな。勇気を出したぜ!」

「さすがグブズムンドルの女だ。よく言ったぞ!!」

「お嬢様に乾杯スカゥル!!!」


 船員達はその行為を大声で褒め称える。すると船長は大声で意外な命令を下し始めた。部下にエールの樽を持ってくるように命じたのだ。


「これは吉兆である! 新しい恋、新しい春に乾杯スカゥルだ!!!」

「おう!!」


 出港は? とレオンシュタインは突っ込みを入れたかったが、ハルパがずっと抱きついているので、どうにも身動きができない。しかも、港の方で、多くの人々が酒を用意しているのが見える。船員が吉兆を港中に伝えたのだ。


 グブズムンドルでは吉兆に特別な意味が込められているからだ。レオンシュタインはフラプティンナ姫との出来事を思い出す。


「吉兆だあ! 吉兆!! みんな乾杯スカゥルだ。酒を持ってこい!」


 公爵家の執事も大きな声を張り上げる。吉兆とあれば、何が何でもその酒宴を成功させなければならない。


「お嬢様の吉兆に乾杯スカゥルだ! 港中の酒を買い集めろ!! 全て公爵家が代金を払うぞ!」


 そう言うと部下へ矢継ぎ早に命令を下す。


「お前たち! すぐに酒宴の準備だ!! 公爵家に恥をかかせるな」

「はっ!!! 分かっております!!」


 吉兆の酒宴を成功させることは幸せをもたらすという言い伝えは、グブズムンドルでは何よりも大切にされている考えだ。部下たちは必死になる。


「執事さま、花火を3000発、発注しました」


 その返答に執事は顔をしかめる。


「3000発!?」

「多かったですか?」

「馬鹿野郎! 姫さまの吉兆に3000発なんて少ないぞ。夜を昼にするくらい……6000発は用意しろ!」


 どんどん話が大きくなっていく。しかも、見送りに来ていたフラプティンナ姫までが大きな声を上げる。珍しく機嫌が悪そうな声だ。


「みなさま、公爵家の吉兆ヘピン フィリコリに、王家からもお祝いを手向けたいと思います!! 宴席で演奏されるグブニッシュ・ポルッカ(グブズムンドルの踊り)は、我がバルタザル交響楽団がつとめます!!」


 世界一の交響楽団が飲み屋のバンド扱いだが、吉兆ならば仕方がないと皆が納得している。もはや、誰にも止められない。


 ついに船長から信じられない一言がとびだした。


「お前ら、出航は明日だ! いいな!」

「おう!!」

「綱を戻せ!!!」


 出港が取りやめになってしまったのだった。

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