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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第6章 公爵令嬢ハルパの物語

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第123話 代理人の腕前

 王国歴163年3月28日 昼近く 音楽院 演奏会場近くの控室にて――


「痛!」

「ハルパ!」


 レオンシュタインの手をとり立ち上がろうとした瞬間、ハルパの右手に激痛が走る。すぐに会場にいた医師に診察してもらうと右手の捻挫であることを告げられる。これからすぐに魔法で治療をしても、痛みは完全に取れないだろうと診断された。


 レオンシュタインとハルパはビルキルトのもとに走り、怪我の状況を説明した。


「ハルパ……可哀想に。じゃあ、不戦勝ということでいいのかな?」

「駄目よ! 演奏するわ」

「別日に延期は出来ないけど痛みが減るように演奏時刻を遅らせるのはいいよ。じゃあ11時に演奏開始にしよう」

「11時……」


 気遣う素振りさえ見せるビルキルトは余裕の表情のままだ。あと40分間、とにかく治療を続けるしかない。けれども魔法の治療は功を奏さず、ピアノの鍵盤を叩くと痛みが出てしまう。冷やしたり、逆に温めたりしても、ハルパの痛みは治まらなかった。布でガチガチに固定しても完全に痛みはなくならない。


 気がつけば会場ではビルキルトの代理人の演奏が終わり、大きな拍手が二人のもとまで響いていた。時計の針は、もうすぐ11時になろうとしていた。


「もう……ダメね」


 ぽつりと諦めの言葉を呟いたハルパが肩を落として椅子に座り込む。今まで気丈な姿を見せてはいたけれど、その表情には絶望の色が浮かんでいる。


 レオンシュタインはレオンシュタインで気が気ではなかった。皇帝陛下のパーティーは、もう開始の時刻になっている。あれだけ世話になった皇帝陛下に不義理をすれば、グブズムンドル帝国との縁もなくなるだろう。底辺貴族が皇帝と縁を作るなど、もう二度とできない。


 でも……。


「ハルパ、ぼくを代理人にしてもらえる?」


 レオンシュタインは落ち着いた声でハルパに話しかけていた。驚きの表情でハルパはレオンシュタインを見上げる。もう何をしても無駄だけれどレオンシュタインに辛い思いをさせたくない。


「ありがとう、レオン。でも、いいのよ。貴方に恥をかかせたくないもの」

「もしかしたら奇跡が起こるかもしれないよ。今までハルパの練習を聞いてきたからさ。僕のピアノの腕が上がってるかもしれないよ」


 優しい表情になったレオンシュタインがハルパにひざまずき、両手を彼女の右手にそっとのせていた。


「それより、レオン。皇帝陛下のパーティーがあるって言ってなかった? 無断で欠席なんかしていいの?」

「いいんだ。ハルパの方が大事だから」

「えっ?」


 肩をすくめたレオンシュタインだったが表情は笑顔のまま変わらなかった。ハルパの顔が赤く染まっていく。立ち上がったレオンシュタインは、ハルパの手を引きながら演奏会場まで歩いていく。会場にはビルキルトとその代理人フロスティが立っていた。


「どうやら演奏は無理のようですね」


 気の毒そうな顔を見せたビルキルトだが顔の下の邪悪な本心を隠せないでいた。


「そこで、私が代理人を引き受けることになりました」


 ビルキルトに向かって胸に手を当てたレオンシュタインが宣言する。一礼も優雅だった。


「は?」

「そうですよね? ハルパさん」


 振り返ってハルパの意思を確認すると赤い頬のままハルパが頷く。侮蔑の色を隠そうともせずにビルキルトは代理人となることを許可していた。近くの椅子に座ってほしいとハルパに告げたレオンシュタインは、ゆっくりとピアノに近づいていく。


 勝利を確信したビルキルトから軽口が聞こえてくる。


「何を演奏する気かな? 教本の3番くらいかな?」


 取り巻きたちが嘲笑の声を上げるが、レオンシュタインは気にせず椅子にぎしりと腰掛ける。横の椅子にハルパも音を立てずに腰掛けていた。周囲には数え切れないくらいの観衆が興味津々とばかりに見つめていた。学院で見知った生徒たちの顔もちらほらと見つけることができる。


「ちょっと、音を出してみても大丈夫ですか?」


 ピアノに細工されていてはたまらない。レオンシュタインが音を出してみると正しい音が出ることが分かった。


(よし!)


 その場に立ち一礼すると演奏する曲目を司会者に告げる。


「オッフェンバッハのポロネーズNo.6『英雄』を弾きます」


 驚愕の表情のままハルパはレオンシュタインを見つめる。自分が練習してきた曲よりも遙かに難曲でレオンシュタインに弾けるはずもない。会場にも驚きのざわめきが広がっていった。


 でも、レオンシュタインはそんな観衆を一顧だにせず鍵盤に手をのせる。


 ピアノから音が響いた瞬間、観客は後ろに仰け反るような衝撃を感じた。観客はすぐに口を閉じ驚愕の表情になる。冒頭からの滑らかな指使いや高音部から低音部への移り変わりなど、素人にはできない演奏だ。高名な演奏家にしかできない芸当なのだ。


(レオンシュタインはなぜこの曲を?)


 明るい曲想で雄大な広がりを感じさせるこの曲は、ハルパには眩しすぎてずっと弾くことができないでいた。目の前のレオンシュタインのピアノからは一貫して生きることへの喜びと希望が伝わってくる。


 途中の低音部のオクターブ連打も難なくやってのけるその腕前にハルパは少し悔しくなる。


(こんな難しい曲を楽々と弾くなんて……騙されたなあ)


 演奏は終盤に差し掛かり、ハルパはその演奏が自分に向けられたものであることに気付く。


(そっか……全力で幸せなになれってことね)


 最後の一音を弾き終わった瞬間、会場は大きな歓声と拍手に包まれる。


(見事だ。レオン)


 会場の隅で聞いていた師匠のオウリヴェルは、その様子を感慨深く見つめていた。自分との約束、人のために弾くを立派にやり遂げている。


(もう俺に教えられることはないなあ。ま、もともと無いようなものだったがな)


 感動の余韻を抱えたままオウリヴェルはそっと会場を去って行った。


 しばらくは拍手が鳴り止まず、司会が結果を発表するのが遅れに遅れていた。けれども会場中の誰もがレオンシュタインの勝利を確信していた。ビルキルトの顔が醜悪に歪むが彼の代理人フロスティですら賞賛の拍手を惜しまないでいた。


 司会がハルパの勝利を告げると、会場はさらに大きな歓声に包まれる。

 

「お嬢さま、代理人の役目を果たしましたよ」


 ハルパに近づいたレオンシュタインはウインクをして笑顔になる。それを見た瞬間、ハルパは緊張の糸が解け、その場に倒れ込んでしまった。



 §



 その後のことをハルパはよく覚えていない。ハルパが目を覚ましたのは翌日の昼で、最初ハルパはどこにいるのか分からなかった。横を見ると公爵である父の顔が真っ先にとびこんできた。


「父さま」


 笑顔のままカハトラ公爵はハルパを見つめている。その瞬間、ハルパはいつもの寝台に寝ていることに気付いた。


「私……」

「ハルパ。決闘はお前の勝ちだ」


 それを聞いた瞬間、レオンシュタインが側にいるような気がした。


「レオン?」


 ただ、左右を見回してもレオンシュタインはどこにもいなかった。


「ハルパ。まずは、ゆっくり休みなさい」


 そう言われた瞬間、ハルパはまた眠りについてしまった。


 §


 目覚めたのは、さらに翌日の夕方だった。風呂に案内され、メイドたちに念入りにマッサージまでしてもらい、心と体をリラックスさせる。その後、食事の会場に向かうとテーブルの中央で両親がハルパを見つめていた。


「母さま、勝手な真似をしてごめんなさい」


 母親に抱きつきいたハルパは心から謝罪の言葉を述べる。相談なく決闘などを行い、公爵家の立場を悪くしたとずっと謝りたかったのだ。でも、両親は何も咎めることなく笑ってハルパを見つめていた。


「さあ、久しぶりに一緒に食事を楽しみましょう」


 乾杯をしたハルパに父がいろんなことを話してくれた。1つ目はハルパに婚約を申し込んでいたビルキルトのダーグル伯爵家が取りつぶしになりそうなこと、2つ目はレオンシュタインの仲間のフリッツ男爵が活躍し、わが公爵家の財務問題が解決したことなどだった。母親が心からの笑顔になる。


「フリッツさんは言ってましたよ。レオンシュタインさんが、わが公爵家を、そして貴方を救うためにヴィフト卿に頼み込んだんですって」


 それを聞き、嬉しいのと恥ずかしいのでハルパは顔が真っ赤になる。


(レオン。そんなに私のことを……)

「さあ、久しぶりにゆっくりと夕食を楽しもう」

(レオン、ありがとう。明日、お礼を言わなきゃ)


 穏やかな安らぎの時間が過ぎていった。倒れてからというものレオンシュタインと一言も話していない。明日は早めに学園に行き、レオンシュタインとずっと話そうと決めたハルパだった。

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