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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第6章 公爵令嬢ハルパの物語

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122/283

第122話 嵐の前の静けさ

 王国歴163年2月27日 昼 音楽院 大講堂にて――


 翌日の音楽院は「オーロラパーティー」での決闘の噂でもちきりだった。ハルパのパートナーがレオンシュタインだったことはすっかり忘れ去られ、ビルキルトとの確執や公爵家の事情など様々な噂が飛び交っていた。


 それでもハルパはいつも通りだった。


「全く嫌になるわねえ。人の決闘なんてそんなに面白いのかしら?」

「女の子が決闘を申し込んだからじゃないかな? 珍しいし」

 

 毒づくハルパにレオンシュタインがのんびりと答える。結局、ハルパの周りは前と同じようにレオンシュタインだけになった。近寄ってきていた令嬢たちも、今日は遠くから見守るだけだ。 窓ガラスがすっかり氷で覆われ外の景色は見られなくなる代わりに、氷の結晶が花のような形を作り出していた。


「何だか、あんたが留学して来た時を思い出すわね」

「まあね」

「で、演奏会はいつなの?」

「3月28日の金曜日よ。時間は10時からね」

「えっ、28日?」


 その日は、皇帝がレオンシュタイン一行のために別れのパーティーを開催することになっていた。くれぐれも予定を開けておくようにとヴィフトから釘を刺されていた。


「何? まさか、あんた都合が悪いの?」

「11時からだから大丈夫」


 全然、大丈夫ではなかった。絶対に間に合わない。


「本当に大丈夫? 準備とかも必要よ」

「ハルパが勝ったところを見てから行くよ」


 ほっと溜息をついたハルパはレオンシュタインが側にいることに心強さを感じていた。少し前のハルパには思いもよらなないことだった。


「あと1ヶ月しかないんだから、しっかり練習しないとね」


 そう言うとすぐに立ち上がる。


「レオン、じゃあ今日も練習につきあって」

「それはいいけど。別に自分がいなくてもいいんじゃ?」


 技術指導ができるわけもなく(実際はできるけど)、ただ見ているだけのレオンシュタインだった。

 

「レオン。貴方、心細いレディーに一人で練習しろというの?」


 ハルパは何を言うのという顔でレオンシュタインを責める。そんなものかと思い直したレオンシュタインは一緒に練習室に行くことになった。


(バイオリンの腕が落ちてしまうなあ)


 フラプティンナ姫のレッスンも何度か断る羽目になっている。でも、これは師匠の話していた『大事なこと』だろう。それにレオンシュタイン自身、たった一人で戦おうとしているハルパをそのままにはしておけなかった。


 §


 それから、ずっとレオンシュタインはハルパの練習につきあった。それこそ朝から晩まで、ずっとだ。


「どう、レオン! 今の演奏、完璧だったでしょ」

「うん、素晴らしかった。この部分のシンコペーションのリズムが上手くいくと、もっと上手に聞こえるね」

「……あんた、素人のくせに何だか指摘が鋭いわね」

「そ、そう?」


 危うくレオンシュタインの隠していた腕前がばれそうになる。ようやく練習が終わると、そのまま師匠のところでピアノの練習をする。師匠は容赦がなく、4時間はみっちりとレッスンをする。その隙間時間を調整しながらし、フラプティンナ姫の指導も行う。


 眠る時間が極端に減ったけれど、それでもレオンシュタインには充実した日々だと感じていた。ただ、体重はさらに減って85kgになり、ズボンのブカブカをシャルロッティさんに直してもらうくらいになっていた。


 気がつけば明日が本番という日。


 練習も終わり帰ろうとしたときのことだ。練習室を出たハルパが突然その場に座り込んでしまった。


「ハルパ? 具合が悪いの?」

「……怖い、怖いの、レオン。負けたらどうなるの?」


 心配したレオンシュタインが駆け寄ろうとすると、ハルパはしゃがんだまま背中を向け泣きそうな声で話してきた。 ハルパは今までずっと悩んできたのだ。それを全く感じさせず、いつも気丈に振る舞っていた。でも、本当は恐怖と悲しみに押しつぶされそうになっている一人の少女に過ぎなかった。


 ハルパに手を差しのべ、そっと立たせたレオンシュタインは元気づけるようにハルパをそっと抱きしめる。レオンシュタインの鼻腔に、いつものエニシダの香りが漂う。


「大丈夫。あんなに練習したんだ。ハルパが勝つよ。僕が保証する」


 それには何も答えずにハルパはずっと抱きしめられたままでいた。しばらくたって落ち着くとハルパにいつもの調子が戻ってきた。


「あんたも偉くなったわね。公爵令嬢を抱きしめるなんて」

「ご、ごめん」

「別にいいのに。ちょっとカッコ良かったわよ」


 すぐに離れたレオンシュタインをハルパは残念そうに見つめていた。二人で音楽院を出て、レオンシュタインは馬車までハルパを見送った。


「じゃあ、明日、ここで」


 そうレオンシュタインが言うと、公爵家の馬車はゆっくりと走り去っていった。



 §



 翌朝、音楽院にやってくると会場全体が噂でもちきりになっていた。


「ビルキルトさまはフロスティを代理人に立てたらしいぞ」

「これは、もう勝負が決まったな」

「可哀想に。これでハルパも結婚か。俺、憧れてたんだけどな」


 フロスティはグブズムンドルでも名高いピアノの演奏家である。その腕前はグブズムンドルのみならずユラニア大陸にも勝るものがいないと、もっぱらの評判だった。周りの喧噪とは別に控え室のハルパは意外にリラックスしていた。ハルパは昨日、レオンシュタインに抱きしめられたことを思い出していた。


(レオン……。もしかして私のことが好きなのかな?)


 そう思いながらレオンシュタインに目をやる。レオンシュタインは逆に、焦った表情でハルパに飲み物を勧めたり、深呼吸をするようにアドバイスしたり、とにかく落ち着かなかった。


「レオン! 少し落ち着きなよ」


 その様子を見て逆に落ち着いてしまったハルパは、控え室を出て会場に向かうことにする。時間は9時45分。10時からビルキルトの代理人が演奏し、10時30分からハルパが演奏することになっていた。


 二人は無言のまま廊下を歩き、会場のホールを目指していた。いつも見慣れた学園の廊下が別の施設のように見える。最後に中央の階段を降りるときになって、ハルパは突然、何かに躓いてバランスを崩す。


「ハルパ!」


 レオンシュタインが支える間もなく、ハルパは階下に転がり落ちていった。大理石の階段にゴツゴツという鈍い音が響く。慌てて降りていったレオンシュタインがハルパの様子を確認すると、幸いなことに頭は打っていなかった。


「心配したよ」

「へへ、私もびっくりした。緊張してたのかな?」


 ほっとしたレオンシュタインはハルパに手を差し出し、その場に立たせようとした時だった。

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