第121話 悲しい笑顔
王国歴163年2月26日 ケリズ学園「オーロラパーティー」会場にて――
(私、変だな)
感じたことのない気持ちが胸に湧き、ハルパは戸惑っていた。
レオンシュタインが飲み物を取りに行くと、すぐにハルパの周りに男たちが群がってきた。
「ハルパさん、次は私と踊っていただけませんか?」
(絶対、嫌)
「おい、男爵ごときが失礼だ。ハルパさん、伯爵家次男のエルヴァルです。以前から貴方のことをお慕いしておりました」
(はあ? 何、この嘘つき男?)
「大陸から来た商人のディーテリッヒと申します。このような美しい方にお目にかかったのは生まれて初めてです。我がユラニア大陸でも見たことがありません。どうぞ、少しだけ二人きりでお話を」
(うっわ。いきなり二人きりって……キモ!)
心の中では悪態をつきつつ、とびきりの笑顔を作る。
「申し訳ございません。今日はパートナーと参加していますので、他の方と踊るわけには……」
全てを言わせず男たちは、
「では、そのパートナーの許可が出たら」
と話した瞬間、レオンシュタインが戻って来る。
「ハルパ、飲み物を持ってきたよ。相変わらずアイリスのように艶やかだね」
褒めろと言われたから褒めてみたレオンシュタインだった。
「何それ? おじさんっぽい」
足をバタバタさせて、ころころと笑い転げてしまう。その可愛らしい仕草が男どもをさらに惹きつける。
「次はハルパさんと踊りたいんです。パートナーさんの許可がいただきたいのです」
伯爵家次男が優雅に話しかけてきた。レオンシュタインはハルパをチラッと見ると、絶対に許可するなと目で合図をしてくる。
「今日は二人だけで踊ると約束しています。申し訳ありませんが、お引き取りください」
ハルパの顔がパッと明るくなる。男たちを追い払い、さらに2曲を一緒に踊る二人だった。
パーティーも終盤に差し掛かった時、見知った顔が近寄ってきた。真っ直ぐハルパの方へ向かったビルキルトは恭しい声でダンスに誘う。
「ハルパさん、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
どんな風に断るのだろうと思っていたレオンシュタインは、ハルパの様子がおかしいことに気付く。笑うような絶望するような、様々な感情の入り混じった表情をしている。
「ハルパ?」
でも、その声はハルパに届かなかった。
「ビルキルトさま、喜んで」
あれほどビルキルトを拒んでいたハルパが、なぜかあっさりと誘いに乗っていた。二人でゆっくりと会場の中心に歩いて行く。周囲も美男美女のペアに自然とスペースを空けてしまう。
レオンシュタインがずっと不審を抱いている中、ビルキルトがハルパに優しく話しかけた。
「ようやく我が伯爵家に来る決心がついたんだね。嬉しいよ」
笑顔になるビルキルトの顔にバシッと何かがぶつかった。
手袋だ。
「ハルパ?」
投げつけたのはハルパで辺りに響き渡る声で宣言する。
「私は伯爵家のビルキルトに決闘を申し込むわ」
辺りが騒然となりビルキルトが狼狽しているのを見計らい、ハルパは力強く宣言する。
「私が勝ったら、結婚の約束はなかったことにする」
勿論、会場中に聞いてもらうためだ。ようやく落ち着きを取り戻したビルキルトは手袋を拾い上げる。
「私が勝ったら、すぐに結婚してもらおう。決闘は剣か、それとも格闘か?」
バカにするような口調で話してきたビルキルトに向かって、ピアノの演奏で勝負することを宣言する。周囲が騒めくがビルキルトは余裕の表情だ。
「俺はピアノが弾けないが、当然、代理人は立ててもいいルールだよな?」
「もちろん」
「分かった。受けるよ」
パーティー会場は、その話題で持ちきりとなった。公爵家が伯爵家へ決闘を申し込むなど、これ以上のゴシップはない。
そんな中でハルパだけは一人ぽつんと寂しそうだった。その姿が悲しくてレオンシュタインはすぐ近くに駆け寄っていた。
「ハルパ! どうして?」
すると、ハルパはようやく笑顔を見せた。いつものような艶やかな笑顔ではなく、泣いているような笑顔だった。
「だって、嫌なんだもの。嫌なものは嫌なの!」
「でも、決闘だなんて」
「3月までには結論をと言われてるんだもの。もう、時間がなかったの」
レオンシュタインに何が言えただろう。決闘は無理やり結婚させられそうになっている少女の、たった一つの小さな希望だったのだ。
「大丈夫。私は勝つわ。私の腕前を知ってるでしょ」
悲壮な決意を目の当たりにしてレオンシュタインもできる限り応援すると約束する。
そして、好奇の目からハルパを離すように、その場を一緒に立ち去るのだった。




