第120話 レオン、足は右からって言ったでしょ
王国歴163年2月26日 ケリズ魔法学園「オーロラパーティー」会場にて――
ダンスパーティー当日、レオンシュタインは学園の入口でハルパを待っていた。彼もシャルロッテに衣装を仕立ててもらい、一応、貴族らしい装いになっていた。
「レオンはん、以前よりも痩せられましたな」
シャルロッテに言われるくらいには体型が変化していた。宿の食事が美味しく食べ過ぎてしまうのだが、ダンスの練習や演奏の練習がハードなため自然に痩せてしまったのだ。今は90kg程度になっていた。
会場の音楽院は貴族たちが集まり、大混雑だ。
その中でもひときわ華やかな馬車が会場前に到着した。よく見るとカハトラ公爵家の紋章がついている。レオンシュタインは出迎えるために馬車のそばに近づいていく。馬車の豪奢な扉が開き、ドレスを身にまとったハルパがゆっくりと身を乗り出してきた。
頭にはアメジストを散りばめたダイヤモンドの飾りをつけ、紫の髪と淡い紫のドレスにとてもよく合っていた。
「レオン、もっと近くに寄るものよ」
手を差し出しながらハルパはレオンシュタインに命令する。
「お嬢様、どうぞお手を」
「ええ、お願いするわ」
ハルパの華奢な手をそっと握り、降車をエスコートする。
「まあ、及第点ね。もう少し笑顔があるといいんだけど」
いつも通りのハルパだった。それに合わせてレオンシュタインも肩の力を抜く。ところがいつまでたってもレオンシュタインが腕を準備してくれない。
「レオン、腕は?」
「パートナーは、やっぱり自分?」
「他に誰がいるっていうのよ。もっとシャキっとしなさい。公爵家に恥をかかせないでね」
ハルパは怒ったように顔を近づけて話してきた。いつものエニシダに混じってグブズムンドル風の石鹸の香りを感じる。慌てたレオンシュタインは、腕を組みやすいように右腕でアーチをつくる。
「気の利いた一言を言うものよ」
「ハルパ。とっても綺麗だよ」
「だ、だから! そんなストレートに話すのはダ、ダメよ!」
慌てたハルパは思わず、顔を真っ赤にしながらレオンシュタインとは反対の方向を向いてしまう。頭をかいて困っているレオンシュタインを見ながらハルパは大きく深呼吸をする。
(落ち着いて! ハルパ! 今日は大事な日なんだから……)
ようやく落ち着いたハルパは手をレオンシュタインの腕に添える。それなりに様になっているカップルができあがるのだった。
「さあ、会場に乗り込むわよ」
「ただ、踊るだけでしょ?」
「ま、そうだけど。でもね」
ハルパは言い淀むが、すぐに表情を変える。
「まずは楽しみましょう、レオン」
(キラキラだなあ)
宝石もそうだがハルパ自身の放つ煌めきが眩しい。レオンシュタインは少し気後れしながら会場に向かって歩いていく。と、すぐに周囲の男どもの噂になり会場中に広がっていく。
「おい、あの令嬢は?」
「公爵家のハルパさんだよ」
「ええ? あんなに美しいのか?」
会場中の話題と視線をハルパがさらってしまった。周囲の様子を眺めながらレオンシュタインはハルパに話しかける。
「ハルパ、すごいね。視線が集中してるよ」
「そ? あんま興味ないし。それより、あんたステップは覚えたの?」
「一応……」
そう言うとハルパは笑って、レオンシュタインの腰をどんと叩く。
「グブニッシュポルカ(グブズムンドル風のポルカ)はそこまで格式があるわけじゃないわ。楽しく踊れば何でもいいのよ」
会場の端に陣取ったのだが目立つことをこの上ない。主催者の短い挨拶が終わると、すぐに演奏が流れてくる。
「さあ、踊るわよ、レオン!」
令嬢らしからぬ振る舞いでレオンシュタインを中央に引っ張っていく。グブニッシュポルカは伝統的なグブズムンドルの踊りで、足を平行に前に出したり腕を組んでくるくる回ったりと、それほど難しいステップはない。それでもレオンシュタインはハルパの足を何度も踏みつけそうになる。
「ちょっとレオン、足は右からって言ったでしょ!」
「ああ、ごめん、ごめん」
そう言いながらハルパはとても楽しそうに踊っている。その笑顔と優雅なステップが会場の注目を集めている。1曲目が終わると休憩のために壁際の椅子に座ることにした。
「レオン、喉が渇いたわ。何か軽く飲みたいわね」
シルクのハンカチで額を押さえながら、ハルパは飲み物のオーダーをする。会場の一角には飲食のスペースが設けられ、数多くのケーキやカクテルが置いてある。レモンの炭酸水を見つけ出したレオンシュタインは、飲み物をこぼさないように気をつけながら戻ってくる。そして、ハルパにそっと差し出した。
無言で。
「レオン、さっきも言ったけど気の利いたことを言って差し出すものよ」
ハルパに注文をつけられる。
「何て言うのかな?」
「なんでもいいのよ。相手の踊りや立ち振舞いを褒めるのもいいわね」
そう言われて、レオンシュタインは笑顔を作りハルパを見つめる。
「ハルパ。踊っている時の笑顔がとても魅力的だった。会場中の人たちが注目してたよ」
ハルパは慌ててレオンシュタインに苦言を呈す。
「あんたねえ、違うわよ! 何でそんなに真っ直ぐなのよ。貴族なら婉曲に好意を伝えるって昨日も言ったでしょ」
「好意?」
ハルパは思わず目を逸らす。頬も心なしか赤くなっている。
「いい? とにかく面と向かって褒めるのは禁止!」
「ええ? 難しいな」
困ってしまうレオンシュタインだった。
「あんたの伝えたいことって何?」
「ハルパがとても美人さんで笑顔も素敵だってこと」
「それがダメだって言ってるでしょ!」
さらに顔を赤くしてしまったハルパを眺めながら、レオンシュタインは飲み物が温まってしまったことに気づく。
「飲み物を取り替えてくるね」
「……うん」
顔を扇で扇ぎながら、ハルパは椅子に座って天井を見つめる。一度火照った頬はなかなか元に戻らず、レオンシュタインの方は見られそうもなかった。
(馬鹿ね。いっつも鈍感なんだから)




